太一郎と黒焔院
一方、こちらは京都に向かった柴﨑太一郎である。行き先はもちろん、「嘉笑苑」である。こともあろうに、とき江さんが寄付したピアノを強引に返してもらい、売り払おうとしているのである。
太一郎は休憩するのももったいないといわんばかりに、高速道路をひた走り、3時ごろには京都南インターに着いていた。インターを降りると、そこは京都市内の道路である。高速道路を走るのとでは訳が違い、ゆっくりとしか車は進まなかった。
「ええい!イライラするな!もっと早く進まんのか!」
太一郎は独り言を言った。そこからしばらく車を走らせていると、「萌黄堂」という大き目の仏具店の看板が目に入った。
「ちょうど数珠を失くしたところだったな。少し休憩もしたいし、あの仏具店で一息入れるとするか。車も進まなくてイライラしてたしな。」
太一郎は「萌黄堂」の駐車場へと車を入れ、車を降りて店内へと向かって行った。
「いらっしゃいませ。」
紺色のスラックスに白い半袖シャツを着用した初老の男が太一郎を出迎えた。
「ちょうど数珠をなくしたのだが、安くて良いものはあるか?」
太一郎が野太い声で言った。
「こちらにいろいろとありますよ。どうぞご覧くださいませ。」
初老の店員が数珠を置いてあるコーナーに太一郎を案内した。
「ほう、いろいろとあるな。ところで店主、ちょっと聞きたいんだけどいいか?」
「何でしょう?」
初老の店員が警戒するように言った。
「実はな、俺のおふくろが昔、老人ホームに入所していたんだけどな、死んでからピアノをその施設に寄付したんだよ。そのピアノ取り戻すことはできるのか?」
「そうですね、一旦寄付したとなると「寄付した物やお金は返還請求できない」ということになるのが一般的だと思われますよ。」
「そうなのか。何か方法はないものかな?」
「難しいと思いますよ。もしよければ、私の知人で法律や骨董品に詳しい者をご紹介しますがいかがでしょうか?」
初老の店員が言った。
「金はいるのか?」
今度は太一郎が警戒するように言った。
「成功報酬という形になります。首尾よくピアノを取り戻すことができれば報酬を頂くことになります。」
「そうか、分かった。俺一人で行くよりは良さそうだな。すぐに手配できるのか?」
「大丈夫だとは思いますが・・・。連絡を取ってみますので少々お待ちください。」
初老の店員は奥に消えて行った。そして、数分もしないうちに戻ってきた。
「すぐに対応できるとのことです。まだ若いですが、知識や経験は大丈夫ですよ。30分もすれば、ここに来れると思いますので少しお待ちください。そう言って、初老の店員は椅子を用意し、缶コーヒーを持ってきた。
「おお悪いな。少し待たせてもらうとするか。」
太一郎が長い運転の疲れを癒していると、その男はやってきた。まだ若い、30歳前後の男性だった。身長は170~175cmぐらいで、さらっとした少し長めの黒髪をした男性だった。服装は黒いスラックスにワイン色の半袖シャツを着ていた。ネクタイはしていなかった。
「お待たせしました。私の名前は黒焔院と申します。」
その男性が名乗った。
「この男が、店主の言っていたヤツか?えらく若いが大丈夫か?」
太一郎が心配そうに言った。
「大丈夫でございます。法律の知識はもちろんのこと、骨董品にも精通しています。」
黒焔院が言った。
「確認しとくが、成功報酬ということでいいんだな?」
「それで結構です。今回は取り戻せたら3万円ということでいかがですか?」
「3万円か・・。まあ、いいだろう。よろしく頼む。」
「分かりました。それでは、私の車で行きましょう。お客さまのお車はここに置いていてください。」
「大丈夫なのか?」
「はい、ここに置いていただいて大丈夫ですよ。」
初老の店主が言った。
「それでは参りましょうか。」
黒焔院と太一郎が並ぶようにして「萌黄堂」を後にして車に乗り込んだ。
「では、今から向かう旨を電話してください。「取り返しに来た」ではなく、「ピアノについて話したいことがある」とだけ言ってくれれば大丈夫です。電話はスピーカーにして私に聞こえるようにしておいてください。」
黒焔院が運転しながら太一郎に言った。
「おお、分かった。」
太一郎が電話番号を確認して電話を掛けた。
「はい、「嘉笑苑」です。」
「もしもし、俺は、昔、そこに入所していた柴﨑とき江の息子の柴﨑太一郎だ。」
「どういったご用件でしょうか?」
「おふくろが死んだときに、そこにピアノを寄付しただろう?そのピアノについて話があるのだがな。」
「あなたもですか?」
「どういうことだ?」
「あなたは、紫王院さんの関係者ではないのですか?」
「いったい何の話だ?詳しく聞かせろ。」
太一郎が偉そうに言った。
「実はですね・・・。」
電話の受け手は柏原施設長だった。柏原施設長は「ピアノが独りでに音が鳴る」という話を包み隠さず太一郎に言った。
「なんだか、面倒くさそうな話だな。それで、その紫王院という奴らがピアノの調査をしているのか?」
「そうなのですよ。備前の方に向かっているはずだと思うのですがお会いになられましたか?」
「いや、俺は会っていない。おそらく篤二の奴のところへ行ったのだろう。何?ちょっとまってくれ。」
太一郎が、スマホを話して黒焔院の方を向いた。
「どうしたというのだ?」
「そのピアノの情報を教えてもらいたいから用意しておいてくれだと。分かったよ。」
「もしもし、待たせてすまんな。俺もそのピアノの関係者として、ピアノの情報を教えてもらいたいから準備しておいてくれ。」
太一郎が柏原施設長に言った。
「分かりました。夕方はバタバタしますので、資料をお渡しするだけになりますけどよろしいですか?」
「ああ、大丈夫だ。急にすまんな。」
太一郎は電話を切った。
「黒焔院よ、これで良かったのか?」
「大丈夫ですよ。良かったらこの調査も、私がお引き受けしましょうか?」
黒焔院が運転しながら言った。
「調査費用はどうする?」
太一郎が言った。
「成功報酬でいいですよ。最終的にピアノやそれにまつわる金額の二割をいただくことでどうでしょう?」
「100万なら20万か。でも、ヘタするとタダ働きになるかも知れんぞ。構わんのか?」
太一郎が言った。
「構いませんよ。その時はその時です。よくあることですよ。」
黒焔院が言った。
「では、そうしよう。「嘉笑苑」での話が終わったら俺は岡山に帰るぞ。」
話がまとまり、二人を乗せた車は「嘉笑苑」へと向かって行った。




