あずさと「術具」の数々
「いいですよ。私に答えられることなら。」
あずさちゃんが言った。
「あずさちゃんは、今は寂明さんに代わっての継承者なの?」
「いいえ、違いますよ。長春流の継承者は変わらず、父の寂明です。」
「では、何であずさちゃんはそんなにも「術」を使いこなせるの?」
「それは「術具」を使っていたからです。」
そう言ってあずさちゃんはカバンから赤い巾着袋を取り出した。
「この巾着袋は、継承者じゃなくても持つことができます。袋の中には様々な「術具」が入っています。さっき使ったのは、「鬼火石」と呼ばれる「鬼火」を出現させる「術具」です。これは、『緋炎の術』と同じ効果を持ちます。
次に使ったものは、「冥枷の錫杖」と呼ばれる、相手の動きを鈍くすることができる「術具」です。これは、『鈍泥の術』と同じ効果です。
最後に使った鈴が「白陽の鈴」と呼ばれる「術具」で、かけられた「術」を解くことができます。これは、『解術の術』と同じ効果を持ちます。」
あずさちゃんが、巾着袋からそれぞれ「術具」を取り出して見せ、一つひとつ丁寧に説明してくれた。
「あと、昼間にはこれを使っていたのです。」
そう言ってあずさちゃんは巾着袋から「眉墨」を取り出した。
「これは、『漆黒の眉墨』と呼ばれる「術具」です。遠くを見通すことができます。いわゆる、千里眼というところですね。「術」の名前で言うと『限視の術』と同じですね。
だから、遠くからでも、いずみさん達の車を見失わずに済んだのです。あとは、車の向かう方向や、喫茶店のマスターに後から情報を聞いて、おそらく夕方近くにここに来るだろうと思ったから少し前に来て張り込んでいたのです。ご主人様には事情を説明して、しばらくお休みをいただきましたから。」
あずさちゃんはそう言って笑った。
「そしたら、鴨が葱を背負ってのこのことやってきたわけね。我ながら情けないわね。」
いずみがションボリと言った。
「そんなに落ち込まなくてもいいと思いますよ。私は、前日から、いずみさん達が来ることを知っていましたしね。それに、土地勘もなく、ノーヒントで1日目でここまでたどり着けていたら上出来だと思いますよ。」
あずさちゃんが俺といずみを慰めるように言った。
「ありがとう。」
「あずさちゃんはこの後、どうするの?」
いずみが聞いた。
「そうですね。今日はもう予定はないのでマンションに帰ってゆっくりします。」
あずさちゃんが言った。
「そしたら、一緒に夕食はいかがかしら?この辺りの美味しいお店があったら紹介してほしいんだけど。もちろんご馳走するわよ。」
「本当ですか!助かります。一人暮らしはいろいろと大変なのです。お言葉に甘えますね。そしたら、この辺りの海で取れた海産物が美味しくいただけるお店がありますので、そこに行きましょう。私がバイクで先行しますので、ついてきてくださいね。」
これは、美味しそうな夕食にありつけそうだ。ただ、お酒を飲めないのは残念だが、まあ仕方ない。まず、俺たち3人は「夕立受山」の山頂から駐車場へと降りて行った。
「では、ついてきてくださいね。」
あずさちゃんがヘルメットをかぶり、颯爽とバイクにまたがりバイクを発進させた。俺といずみも、車に乗り発進した。ハンドルは俺が握っている。
しばらく進み、海沿いの道に出た。海沿いの道を東進していったところにその店はあった。漁港や市場からほど近いところだった。駐車場にバイクと車をそれぞれ停めて店の中に入った。
「いらっしゃいませ。あら、あずさちゃんじゃない。久しぶり!元気にしてた?」
アルバイトらしき若い女性があずさちゃんを見て言った。
「理沙、久しぶりね。元気にしてるわよ。3人いけるかしら?」
あずさちゃんが、その女性、理沙ちゃんに聞いた。
「大丈夫よ。奥の座敷席を用意するわね。」
「ありがとう。」
俺といずみはあずさちゃんに伴われてお店の奥の方に進んで行った。そこには座敷席が数席用意されていた。時間がまだ早いせいか、席は空いていた。俺といずみは4人掛けの座敷席に案内され、奥の座席に座った。手前にはあずさちゃんが座った。
「何かおススメの料理はあるの?」
いずみがあずさちゃんに聞いた。
「そうですね。ここの『磯御膳』は人気ですよ。アナゴの天ぷら盛り合わせに、刺身の盛り合わせ、あと、焼きエビに海鮮のお味噌汁が付いています。ひょっとしたら、売り切れているかも知れませんね。聞いてみましょうか?理沙!ちょっといい?」
あずさちゃんがさっきの女性、理沙ちゃんを呼んだ。
「あずさ、どうしたの?」
「今日は、『磯御膳』はまだ出来る?」
「大丈夫よ。もうちょっと遅かったらアウトだけど、今なら大丈夫よ。」
理沙ちゃんが言った。
「どうしますか?少し高いですよ。税込みで2,950円です。他のお料理でもいいですけど。」
あずさちゃんが確認するように聞いてきた。
「それなら、折角だからそれをいただきましょう。柊太もそれでいいわよね?」
いずみが聞いてきた。
「いいよ。美味しそうだね。あずさちゃんもそれでいいかな?」
俺が言った。
「ええ!いいのですか?こんなに高いものをご馳走になっても!」
あずさちゃんが目を見開いて言った。そりゃ、俺といずみだけ高いものを食べて、あずさちゃんが安いものを食べるという訳にはいかないだろう。
「いいわよ。遠慮なく食べてちょうだいね。」
「ありがとうございます!理沙、『磯御膳』を3つお願いね。」
あずさちゃんが理沙ちゃんにオーダーを通した。
「『磯御膳』3つね。ありがとうございます。少々お待ちくださいませ。」
理沙ちゃんは俺といずみに丁寧に言って下がって行った。
「彼女は同じ大学の友人なのです。兵庫県の出身で私と同じで一人暮らしをしていて、ここでアルバイトをしているのですよ。」
あずさちゃんが説明をしてくれた。料理が来るまでの間、あずさちゃんが「備前大学」について教えてくれた。「備前大学」は岡山県備前市に本拠を置く大学であり、文学部・教育学部・国際関係学部・音楽学部・医療技術学部を置く総合大学である。
あずさちゃんは音楽学部の音楽学科に在籍しており、そのなかで邦楽を専攻している。邦楽の勉強は勿論のこと、音楽の教員免許の取得も目指しているそうだ。そんな話をしていると料理がやってきた。
「お待たせしました。『磯御膳』でございます。」
理沙ちゃんが、料理を運んできてくれた。ずっしりとして重たそうだった。あずさちゃんの説明や写真で見ていたが、想像以上の迫力があった。
アナゴの天ぷらはお皿からはみ出ているし、お刺身もハマチにサーモン、エビにイカ、赤貝等と盛りだくさんだった。焼いたエビもとても大きく、掛けられた塩が食欲をそそった。あと、海鮮のみそ汁にごはん、お漬物、小鉢が一品ついていた。これで、2,950円は安いと思った。
「いただきます。」
俺は、まずアナゴの天ぷらを一口いただいた。揚げたてのアナゴの天ぷらは、外はカリッと、中はふんわりとした食感が楽しめた。こんなに美味しいのにお酒が飲めないのがつくづく残念だなと思った。いずみも、美味しそうにアナゴの天ぷらを頬張っていた。ある程度、食べ進めたところに、理沙ちゃんがデザートを乗せたお盆を持ってやってきた。
「これ、大将からのサービスです。」
そう言って理沙ちゃんは「桃のパフェ」を3つ置いてくれた。
「いいのですか?ありがとうございます。」
いずみが恐縮しながら言った。
「理沙、ありがとう。大将によろしく言っといてね。」
あずさちゃんが言った。
「あとね、ドリンクも1杯サービスしてくれるって。何がいい?」
理沙ちゃんが言った。
「ありがとう。そしたら、私はオレンジジュースにするわね。いずみさん達は何にしますか?」
「本当にいいのですか?何か申し訳ないですね。」
「大将がせっかく言ってくださっているのですから、ありがたくいただきましょうよ。それで何にしますか?」
あずさちゃんが重ねて聞いてきた。
「そしたら、私はアイスコーヒーをいただくわ。柊太はどうする?」
「俺もアイスコーヒーにするよ。」
食後のデザートにアイスコーヒー付とはとんでもなく贅沢だなと思った。
「理沙、オレンジジュース1つに、アイスコーヒーを2つお願いね。」
「了解!」
理沙ちゃんが下がって行った。それからほどなくして、理沙ちゃんがドリンクを持ってきてくれた。
「さて、デザートを食べながら、明日の行程を確認しましょうか?」
あずさちゃんが言った。




