「柴﨑窯苑」② 聞き込み開始!
こちらは、柊太といずみである。約束の時間の5分前に「柴﨑窯苑」に到着し、お客様駐車場に一旦車を停めて、店舗ではなく自宅の方へ回り、インターホンを押した。
「おかしいわね。反応がないわ。私、間違えたのかしら?」
いずみがインターホンの前で訝しげに言った。
「そんなことはないと思うよ。もう少し待ってみようよ。」
こちらは柊太である。
「そうね。少し待ちましょう。」
いずみも大人しく同意し、二人は暫しの間、インターホンの前で佇んでいた。とんでもない暑さだった。しばらくすると、インターホンではなく玄関のドアが開いて、「柴﨑窯苑」と刺繍されたエプロンを着用した若い女性が姿を現わした。背は少し高めで160㎝後半ぐらいはありそうだった。細身の体型で長く伸ばした黒髪を後ろで一つに束ねていた。
「どちらさまですか?」
その若い女性が誰何してきた。
「おはようございます。私は先日お電話で本日10時にお約束をさせていただきました蒼ノ京と申します。こちらは、紫王院といいます。ご主人様は御在宅でしょうか?」
いずみが丁寧に言った。
「蒼ノ京様に紫王院様ですね。かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」
若い女性はそう言って奥に消えて行った。
「随分と若い方が出てきたわね。あの感じだと娘さんではないわね。一体誰なんでしょうね?」
いずみが不思議そうに言った。しばらくすると、先程の若い女性が現れた。
「お待たせしました。こちらへどうぞ。ご主人様がお待ちです。」
俺といずみは自宅の玄関から客間へと通された。
「こちらでお掛けになって少々お待ちください。」
若い女性が客間のソファーを案内してくれた。俺といずみは下座へと腰掛けた。しばらくすると、先程の若い女性と同じ「柴﨑窯苑」と刺繍されたエプロンを着用した50代後半と思われる男性が姿を現わした。
「遠いところをわざわざすみませんね。それに、こんな服装で申し訳ない。本日も営業をしているものでね。それで、母やピアノに関する話とはどういったお話でしょうか?」
その男性が座りながら言った。
「そうですね。まずはご挨拶させていただきます。私は蒼ノ京いずみと申します。こちらは紫王院柊太です。つまらないものですが、こちらをお納めいただけましたらと思います。」
いずみは自己紹介をして、カバンから菓子折りを取り出した。いったい、いつの間に用意していたのだ?俺はうっかりと忘れていた。こういうところも、もっとしっかりしなくてはと思った。
「ご丁寧にありがとうございます。後ほどいただきます。私の紹介がまだでしたね。私は、ここ「柴﨑窯苑」を経営しております柴﨑篤二と言います。」
男性が穏やかに言い、名刺を2枚、俺といずみに差し出してくれた。俺といずみは丁寧にそれを頂いた。
「ご挨拶ありがとうございます。車についてですが、お客様駐車場に一旦止めさせていただきましたが、よろしかったでしょうか?」
「大丈夫ですよ。それでは、お話を伺いましょう。」
ちょうどそこへ、若い女性が3人分の冷たいお茶を持って現れた。
「あずさちゃん、ありがとう。こちらは頂き物です。後ほどみんなでいただきましょう。」
「分かりました。」
若い女性が下がろうとしたところ、男性が引き留めた。
「こちらの女性ですが、私のところのアシスタントをしてくれている女性です。」
「あずさと言います。よろしくお願いします。」
若い女性がニッコリと笑いながら自己紹介をした。
「では失礼します。」
あずささんは礼をして下がっていった。
「あずさちゃんはね、備前大学で音楽を専攻している学生さんなのです。あなた方と同じ京都の方ですよ。今はこちらで一人暮らしをして、うちの店でアシスタントとして働いてくれています。」
篤二が補足するように言った。
「そうだったのですね。娘様にしては少しご様子が違うなと思いました。」
いずみが納得した感じで言った。
「私には娘はいませんよ。息子が二人ですが、いずれも独立して、働いています。次男はいずれは後を継ぎたいと言ってくれています。長男は東京で、次男は広島でそれぞれ仕事をしていますよ。だいたいあなた方と同じぐらいの年齢かなと思います。」
「私は27歳です。」
「僕は28歳です。」
俺といずみで声が重なるように言った。
「そうなのですね。私の長男は30歳で、次男は26歳です。だいたい同じぐらいですね。」
篤二が頷きながら言った。
「それでですね、本日お伺いさせていただきましたのは、先日お電話で少しお話させていただきました。お母様とピアノについてお話をお伺いしたかったからです。」
いずみが真剣な表情で言った。
「それは、どういったことでしょうか?」
篤二が緊張気味に言った。
「まずは、こちらをご覧いただけますか?」
いずみがそう言ってカバンから一通の封筒を取り出した。「嘉笑苑」の柏原施設長の紹介状だった。
「これは、母がお世話になっていた「嘉笑苑」の施設長の紹介状ですね。拝見します。」
篤二は封筒を受け取り、封を開けて紹介状を開いた。
「なるほど。そういうことだったのですね。母が寄贈したピアノがお騒がせしているようですね。申し訳ないです。なんでも、ピアノの中に写真や地図が入っていたそうですね。見せていただいてもよろしいでしょうか?」
篤二が警戒を解き、興味を惹かれた感じで言った。
「はい、こちらです。」
いずみが、2枚の写真と地図が書かれた紙を机の上に置いた。
「これは、随分古い家族写真ですね。私も写っていますね。この風景写真は、おそらくこの辺りの風景だとは思いますが、具体的な場所までは分かりませんね。あと、この地図はいったい何でしょう?私には全く心当たりはないですね。」
篤二が写真や地図を見ながら言った。
「ご確認ありがとうございます。こちらの風景写真ですが、何故この辺りだと思われたのですか?」
いずみが聞いた。
「何となくですよ。この辺りの風景によく似ているなと思ったからです。何となく既視感がありますからね。おそらく間違いはないと思います。時期はいつの頃かは分かりませんし、何の意図があるのかも分かりません。」
篤二が確信を持ったように言った。
「ありがとうございます。場所はまた、私たちで特定してみます。あと、こちらの家族写真の5人目はどなたですか?」
いずみが聞いた。5人目ってどういうことだよ?写真には4人しか映っていないんだぞ。いったい、いずみが何を意図しているのか俺には分らなかった。
「5人目とはどういうことですか?」
それは篤二も同じだったようで不思議そうにいずみに聞き返した。
「これはすみません。この写真はおそらくは誰かが撮ったかと思われるのですが、その方がどなたかを聞いておきたいと思いまして。」
いずみが補足説明をしながら言った。
「ああ、そういうことですね。これは、私の祖父が撮ったものです。よく5人目がいると分かりましたね。恐れ入りました。ちなみに件のピアノは祖父が母に買ったのらしいです。そう考えると、随分と年季の入ったピアノですね。いいピアノは100年以上もつことがあるらしいですね。」
篤二が得心して言った。
「そうなのですね。それはそれは思い出のたくさん詰まった良いピアノなのですね。」
いずみが同意するように言った。
「これからどうされるのですか?」
篤二が聞いてきた。
「そうですね。まずは、この風景写真の場所を突き止めたいと思います。その結果によっては、またお話をお伺いすることになるかと思ますがよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。そしたら、私も紹介状を準備いたしましょう。役に立つかどうかは分かりませんが、こう見えても私は「備前焼」の窯元として長年やってきていますからね。少しは、この辺りで顔が利きます。では、2~3通準備しますので少しお待ちください。」
篤二はそう言って部屋を後にした。部屋には俺といずみが残された。
「ね、私の言った通りでしょ。あの風景写真はこの辺りの風景写真だったのよ。」
いずみが得意げに言った。
「そうだね。さすがだよ。でも、どうやって特定していくんだい?」
「そうね。まずは、この辺りの喫茶店か定食屋さんでお昼ご飯を食べましょう。その時に、お店のマスターにまずは聞いてみましょう。」
しばらくして、篤二が戻ってきた。
「こちらが紹介状です。「柴﨑窯苑」の紹介ですと言えば、だいたいは大丈夫だとは思いますが・・。」
どこか自信なさげに篤二が言った。地元ではかなりの名士だと思われるが、ご本人の人柄というか、人の好さや自信のなさが表れている感じの口ぶりだった。
「ありがとうございます。ありがたく活用させていただきます。」
いずみがお礼を言いながら紹介状を受け取り、カバンにしまい込んだ。
「それでは、本日はお忙しい中お時間をいただきましてありがとうございました。また、ご連絡させていただきます。」
「何かあったら、いつでも連絡ください。お手伝いできることであれば、お手伝いしますよ。」
「ありがとうございます。それでは、失礼いたします。」
俺といずみは礼を言って、「柴﨑窯苑」を後にした。




