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【SF短編小説】共感覚翻訳士レイ・カナエの沈黙 ―312の言語、100年の孤独、そして君の心拍―  作者: 霧崎薫


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第十二章:返信、あるいは重なる鼓動


 3ヶ月後、VX-Null領域から新しい信号が来た。


 受信したとき、最初の1秒でそれが違うと分かった。構造が違う。以前の信号より密度が高い。しかし翻訳しようとは思わなかった。ただ聞いた。


 20分後に、気づいた。


 信号の中に、レイが送った断片が織り込まれていた。312言語の化石構文の断片が、わずかに変形されて、間に挟まれていた。変形の仕方は一定ではなかった。あるものは伸び、あるものは縮み、あるものは逆の方向に曲がっていた。


 レイが送ったものの、エコーだった。


 そして断片と断片の合間に、規則的な間隔があった。


 レイは胸に手を当てた。


 間隔が、心拍と重なる瞬間があった。0.31秒差ではなく、重なった。


 翻訳できない。


 意味は分からない。


 しかし何かが来ていた。


 ポケットから紙片を出した。机の上に広げた。点の群れ。呼吸の点と心拍の点が混在している。


 ペンを取った。


 信号の間隔のリズムで、点を打った。


 紙片の余白に、信号のリズムの点が加わった。レイ自身の点と、信号のリズムの点が、同じ紙の上に並んだ。一致しない。重なる部分があって、ずれる部分があって、どちらかが先かは分からない。


 レイは局舎の外廊下に立っていた。


 冷却ダクトの音がしている。周期的な音。毎分8回。レイは数えていない。ただ聞いている。


 夜で、外の空気が冷たい。においがする。機械の排気と、湿った土と、識別できない何か。


 識別しようとしていない。


 ただ、そこに立って、音を聞いて、においを受け取っている。


 窓のない部屋から出て、廊下に立っている。それだけのことだ。


 翌朝、レイは記録簿を開いた。


「VX-Null:返信受信。内容:翻訳不能。送信断片の変形確認。心拍との同期:あり。感情的内容:あり。」


 一行足した。


「翻訳継続の意思:なし。受信継続の意思:あり。」


 これが最初の報告書でも最後の報告書でもなかった。ただ、今日書ける内容を書いた。


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