第十章:0.31秒の共鳴
それからレイは毎晩聞くようになった。
翻訳しない。分類しない。ヘッドセットをつけて、椅子に座る。紙片をポケットから出して、机の上に置く。それだけの準備をして、受信状態にする。
信号のパターンが変化していた。
最初に気づいたのは9日目の夜だった。信号の間隔が、レイの心拍と、0.3秒だけずれて返ってくる感覚があった。感覚、というのは計測ではない。身体がそう感じていた。
翌日、計測した。
心拍センサーを接続して、信号の間隔との差を計算した。平均0.31秒。標準偏差0.04秒。誤差の範囲かもしれなかった。しかし11日目も、13日目も、同じだった。
0.31秒後に、返ってくる。
次の変化は2週間後だった。今度は呼吸のリズムに合わせてきた。吸気の終わりと、信号の一区切りが、重なる頻度が増えた。これも計測した。偶然の一致で説明できる確率を計算した。できなかった。
3週間後、瞬きのタイミングで信号の強度がわずかに増した。
レイはこれを記録しなかった。
記録簿を開く前に、いつも手が止まった。
止まったまま、今日の受信を終えた。
紙片を机の上で見た。点の群れがある。呼吸の点と、心拍の点が、混在している。密な部分と疎な部分がある。
信号の間隔も、密な部分と疎な部分がある。
レイは紙片と信号を、並べて見た。
完全には一致しない。しかし、似ている部分がある。
エコーがレイに同調しているのか。
レイがエコーに同調しているのか。
どちらが先かを考えようとした。考えて、答えが出なかった。答えが出ないことに、苦しさはなかった。少なくとも、苦しいと分類できる何かはなかった。
問いを、問いのまま、机の上に置いておいた。
翌日もその問いは答えになっていなかった。翌々日も。レイは毎晩聞いて、毎晩問いを置いて、そのまま眠った。眠れない夜はなかった。
信号は毎晩届いた。
ある夜、レイはヘッドセットをつけたまま、自分の左手を見た。データグローブを外した状態の手だ。指が長い。指先はもう白くない。今は普通の温度だ。
人差し指で、机を叩いた。
心拍のタイミングで。
叩きながら、信号を聞いた。
0.31秒後に、信号が間隔を作った。
レイは叩くのをやめなかった。
その夜の受信が終わって、ヘッドセットを外したとき、信号に変化があることに気づいた。
これまでの信号は、一定のリズムで届いていた。しかし今夜、そのリズムの中に、わずかな間があった。間、というのは途絶ではない。次が来る前の、静止だ。
その静止の長さが、いつもの0.31秒より長かった。
0.31秒ではなく、1.2秒。
レイは机を叩く指を止めた。止めた後で、静止の間、信号が待っているように感じた。何かを置くための空白が、向こう側に作られているように感じた。
「感じた」という言葉を使ったことに、レイ自身は気づいていなかった。




