表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【SF短編小説】共感覚翻訳士レイ・カナエの沈黙 ―312の言語、100年の孤独、そして君の心拍―  作者: 霧崎薫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/13

第十章:0.31秒の共鳴

 それからレイは毎晩聞くようになった。


 翻訳しない。分類しない。ヘッドセットをつけて、椅子に座る。紙片をポケットから出して、机の上に置く。それだけの準備をして、受信状態にする。


 信号のパターンが変化していた。


 最初に気づいたのは9日目の夜だった。信号の間隔が、レイの心拍と、0.3秒だけずれて返ってくる感覚があった。感覚、というのは計測ではない。身体がそう感じていた。


 翌日、計測した。


 心拍センサーを接続して、信号の間隔との差を計算した。平均0.31秒。標準偏差0.04秒。誤差の範囲かもしれなかった。しかし11日目も、13日目も、同じだった。


 0.31秒後に、返ってくる。


 次の変化は2週間後だった。今度は呼吸のリズムに合わせてきた。吸気の終わりと、信号の一区切りが、重なる頻度が増えた。これも計測した。偶然の一致で説明できる確率を計算した。できなかった。


 3週間後、瞬きのタイミングで信号の強度がわずかに増した。


 レイはこれを記録しなかった。


 記録簿を開く前に、いつも手が止まった。

 止まったまま、今日の受信を終えた。


 紙片を机の上で見た。点の群れがある。呼吸の点と、心拍の点が、混在している。密な部分と疎な部分がある。


 信号の間隔も、密な部分と疎な部分がある。


 レイは紙片と信号を、並べて見た。


 完全には一致しない。しかし、似ている部分がある。


 エコーがレイに同調しているのか。


 レイがエコーに同調しているのか。


 どちらが先かを考えようとした。考えて、答えが出なかった。答えが出ないことに、苦しさはなかった。少なくとも、苦しいと分類できる何かはなかった。


 問いを、問いのまま、机の上に置いておいた。


 翌日もその問いは答えになっていなかった。翌々日も。レイは毎晩聞いて、毎晩問いを置いて、そのまま眠った。眠れない夜はなかった。


 信号は毎晩届いた。


 ある夜、レイはヘッドセットをつけたまま、自分の左手を見た。データグローブを外した状態の手だ。指が長い。指先はもう白くない。今は普通の温度だ。


 人差し指で、机を叩いた。


 心拍のタイミングで。


 叩きながら、信号を聞いた。


 0.31秒後に、信号が間隔を作った。


 レイは叩くのをやめなかった。


 その夜の受信が終わって、ヘッドセットを外したとき、信号に変化があることに気づいた。


 これまでの信号は、一定のリズムで届いていた。しかし今夜、そのリズムの中に、わずかな間があった。間、というのは途絶ではない。次が来る前の、静止だ。


 その静止の長さが、いつもの0.31秒より長かった。


 0.31秒ではなく、1.2秒。


 レイは机を叩く指を止めた。止めた後で、静止の間、信号が待っているように感じた。何かを置くための空白が、向こう側に作られているように感じた。


 「感じた」という言葉を使ったことに、レイ自身は気づいていなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ