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事故調査ファイル_灯篭の祭⑦

 ケマルダグの惨劇で失われた命は、千五百人を越えた。


 しかし、そこで巻き起こった火炎竜巻という自然の暴威と、極限の過密空間という条件を鑑みれば、奇跡的とも言えるほどに抑え込まれた犠牲とも言えた。

 そして――それは決して、偶然や神の気まぐれによる奇跡などではなかった。


 後に開かれた源流派の上層部、ケマルダグの領主、そして黒蹄衆が一堂に会した歴史的な会合にて、ティムールは「大陸事故調査委員会」に協力を求めていたことを公表した。そして、事前準備と動線設計によってどれほど致命的な二次被害が抑えられたかを詳細に説明した。

 初めての会合はすべてが友好的に進んだわけではなかった。だが、それでも両者の百年の断絶を経ての歩み寄りとしては、大きすぎる第一歩だった。

 何よりも、源流派の中でも聖地に赴くほど熱心だった巡礼者たちが、命がけの救助活動を通してディタルニア人の高潔な本質に触れることとなったのだ。これにより、彼らを一方的に虐げる風潮に明確な疑問の声を上げるようになっていった。


 アレスに救い出された生き残りである老司祭は、生涯をかけてディタルニア人との友好を深めていくと胸に誓ったという。

 ……後に、懇意となったティムールから「あの日、あなたを小脇に抱えて壁を駆け上がった”女性”は、あのセレスティア派の異端審問官<血塗れの狂暴熊(ブラッディマッドベア)>ですよ」と教えられた時には、しばし腰を抜かして動けなくなっていたそうだが。





 清貴たちは、補給部隊の車列に混じり、早々にケマルダグの街から撤退していた。

 瓦礫の山と化した混乱の街の中にあっては、セレスティア派の聖女の身の安全を守り切ることが難しいという、ゼノンたちの合理的な判断からだ。


 それでも清貴は、本拠地であるヴェネンティカ王国に戻って早々、ケマルダグの街の都市構造の脆弱性や今後の防犯・防災課題、今回の火災の物理的メカニズムなどを完璧に網羅した、分厚い”事故調査報告書”を作り上げ、黒蹄衆へと送り届けた。

 これから再建される惨劇の街であるからこそ、復興計画において、清貴の描いた最新の都市防災設計図は大いにその真価を発揮することになるだろう。

 多大な犠牲と引き換えではあった。それでも、大陸事故調査委員会はまた一つ、歴史に刻まれるべき不滅の功績を作り上げたことになる。


 ――しかし。

 当の本人である調査委員長・清貴は、王都にある自室の執務室にて、机に深々と突っ伏して頭を抱え、情けない呻き声を上げていた。


「どうしてだ……何故だ、何故こんなことになっている……!?」


 執務室の机の上に広げられているもの。

 それは、大陸各地で囁かれている噂話やゴシップを集めた、最新の民間伝聞書であった。

 傍らに控えていたゼノンはそっと伝聞書を手に取る。そうして、感情の籠らない声で最初のページを朗読し始めた。


「――『ヴェネンティカ王国にて召喚され、大陸事故調査委員会を立ち上げたという伝説の聖女。なんと驚くべきことに、この聖女は屋根から屋根へと怪鳥のごとく飛び移り、垂直の城壁をも軽やかに駆け上がる。一度に五人の大人を担ぎ上げ、火の粉降りしきる地獄の坂道を疾駆してみせた奇跡の美少女である』」

「僕じゃない!」

「『アムルスヘンの街においては、巨木のごとき丸太を軽々と抱え上げ、まるで大型バリスタのごとき剛腕によって投擲。強固な石橋を一撃で粉砕せしめた』」

「それも僕じゃない!!」

「『ブルタニア公国においては、フリゲート艦ほどの巨躯を誇る海棲竜ラング・オルムの眉間を華麗な飛び蹴りによって打ち砕き、即死せしめた』」

「それはアレスだってやってないだろう! ……いや、あいつならやれば出来るかもしれないが……」

「『カルヴァトリ半島においては、サトウキビ畑に入り込んで悪さをしている子供がいると、どこからともなく現れて激しく叱りつけ、姿を消す神出鬼没の怪異としても語り継がれている』」

「待て待て待て! それじゃあただの妖怪じゃないか!!」


 頭を抱えて悲鳴を上げる清貴の横で、香ばしい珈琲を淹れて戻ってきたアレスは知らん顔だ。

 どこからどう見ても、その伝説の「狂暴熊聖女」の正体はアレスである。


 ケマルダグの街において、刺客や群衆の目を欺くためにアレスに「聖女の影武者」を担ってもらったことが、まさか巡り巡ってこんな噂の混ぜ合わさり方をするとは。いったい誰が予想できただろうか。

 これまでの旅先で、清貴を守るためにアレスが各地で引き起こしてきた様々な超人的戦果が、すべて「事故調査委員会の聖女」という一つのアイコンに集約されてしまっているのだ。

 そしてそれは、――すなわち今後アレスが巻き起こすであろう数々の超人的偉業もまた、聖女のものとして語り継がれるであろうと予測が出来る。


「まぁ、良いではないですか?『美少女』と書かれておりますし」

「慰めるポイントがそこじゃないだろうゼノン!?」


 ゼノンのズレた慰めに、清貴はますます不平の声を漏らして身悶えする。


「よく考えてみろ! 今後、僕たちが『大陸事故調査委員会』として新しい現場に出向くとするだろう!? どうなると思う!? 相手は噂を聞いて『どんな恐ろしくも可憐な美少女聖女がやって来るんだろう』と期待して待っているんだぞ!? そこへ現れるのが、この僕だ! 四十歳過ぎの、疲れ切った髭面のおっさんだ! 失望されるに決まっているだろう! 理不尽だ、なんで僕が現場に入るだけで落胆されないといけないんだ!」

「では……聖女様も、ドレスとメイクで美少女に挑戦されてみますか?」

「そうじゃない!!」


 アレスの大真面目な提案に全力で首を振りながら、清貴は差し出された珈琲カップを受け取った。

 つい先日、カルヴァトリ半島から届けられた高級豆の香ばしいアロマに、眉間に寄っていた皺が少しだけ緩む。

 アレスは銀のトレーから、ブルタニア公国から取り寄せたという名物の焼き菓子をそっとテーブルに並べた。


「ですが……これで『聖女様は恐ろしい腕利きの武闘派である』と広まり、不審者が害をなそうと近づくリスクが減るのでしたら、安全管理上、良いことなのでは?」

「それは……まあ、防犯上の威嚇効果としては正解かもしれないが……いや、だがなぁ」

「私も、聖女様の安全と威光をより高めるために、今後も『可憐な美少女』であり続けることに全力を尽くします」

「あー……うん。それは、あれだ。お前さんがそうしたいなら、励んでくれて構わないが……」


 溜息をつきながら甘いお菓子を一つ摘み上げたところで、足元にゼノンの愛犬であるセルジュがすり寄ってきた。

 「僕にもちょうだい」とばかりに期待に満ちた大きな瞳で見つめられ、清貴は低く唸って首を振る。そうしてデスクの引き出しを開けると、特注で作らせた頑丈な牛皮の犬用ガムを取り出した。期待のあまりヒューヒューとか細い音をたてる、涎塗れの大きな口へと放り込んでやる。

 そこに軽やかな足音が響き、勢いよくドアが開け放たれた。


「やぁ、僕の愛しい小鳥!」


 相変わらずの圧倒的な美貌を輝かせながら現れたのは、ナサニエル王子だった。

 第一王子という立場上、息をつく暇もないほど多忙を極めているはずなのだが、何故かこうして事あるごとに清貴の執務室へと足を運んでくる。


「なんだナサニエル。僕は今、人生単位で落ち込んでいるんだ。あっちへ行ってくれ」

「ふふ、アンニュイな君も実に素敵だよ。……だが安心して欲しい。そんな君が飛び上がるほど喜びそうな、最高のニュースを持って来たんだ」


 その言葉に、ゼノンがあからさまに疑いの眼差しを向け、清貴の眉間にも再び深い皺が寄る。

 何かとんでもない面倒事を持ち込んできたのではなかろうか。


「なんと、我が国の裁定により、大陸事故調査委員会に新しく『巨大生物対策部』が新設されることになったのさ! もうじき、その責任者がここへやって来るはずだよ」

「……そら、誰だか一瞬で想像がつくな」


 清貴の強張っていた表情がふっと和らぎ、ゼノンも可笑しそうに肩をすくめてみせる。無表情を貫くアレスの口元にも、どこか柔らかい微笑が浮かんでいた。


 廊下の向こうから、軽やかな足音が近づいてくる。

 執務室の外では、豊かな金の巻き毛をなびかせて、一人の女性が跳ねるような足取りで廊下を進む。

 その瞳は抑えきれない探究心と好奇心でキラキラと輝き、溢れ出す笑みを今にも弾けさせそうだ。


 それは、新たな風。

 大陸事故調査委員会が、未知なる世界へさらなる飛翔を見せるため。

 かけがえのない追い風となるだろう――。






第二部の最後までお付き合い頂きありがとうございました。

ここで物語は一区切りとなりますが、今後もまた書きたいお話が出来れば第三部にも挑戦したいと思っております。ここまでのお話が面白かった、また続きが読みたいと思って下さった方は是非、高評価頂けますと励みになります。

また、今回も誤字脱字の報告を下さりありがとうございました。心より感謝もうしあげます。


今後の活動に関しましては『活動報告』を更新しましたので、そちらをご覧ください。

それではまた次回作でお会いしましょう!

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― 新着の感想 ―
記名されない被害が多数あったことでしょう。けれどこれにて第二部、大団円!! お疲れさまでした。毎日の更新を楽しみにさせていただいておりました。期待していたよりもずっとよい読後感&面白さでした! ありが…
この不憫さ!!!! なかなか癖になる読み心地で、大好きです!! にやにやしてしまい、電車の中で読むんじゃなかったwww
毎回楽しく拝見してます 目撃情報がwww 聖人という言葉を使わない世界と アレスの女装の進化が生み出す カオスっぷりに 毎回 脳内がバグリますwww 時折過去事故のこれかなと思い浮かぶ事もありますが …
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