事故調査ファイル_災の埋伏⑦
アメルスヘンの街の復興作業は急速に進みつつあった。
最たる要因は、上層区の者たちが積極的な投資に乗り出したためである。
その裏では、何やらゼノンが笑顔で動き回っており、……ハブリエルと繋がりがあった貴族たちに対しての何らかの働きかけをしていた形跡が窺われるものの、多くは水路を駆け抜けた異常な熱風を浴びたことによって、災害が他人事ではないと自覚を持った事が意識の改革へと繋がった。
救助作業や瓦礫の撤去に直接加わることがない者たちも、炊き出しや怪我人の手当などに当たっており、街全体が復興へと向けての足並みを揃えはじめていた。
「今回も色々と学びがあったが……自分が考えていた常識が、その土地においての常識であるかどうかは分からないという事は、今後も、何度でも思いなおすべき事柄だろうな」
事故調査を終え、王都への帰還準備もあらかた整った清貴は、飛空艇の甲板で大きく息を吐いていた。
「まことにその通りですね。私も、自分の常識の狭さを痛感いたしました」
傍らのカシアンは、今は漆黒の鎧を脱いでいる。深いグリーンのフロックコートは、幾分か日頃からの鋭い印象を和らげていた。
王都に戻るにあたり、ハブリエルを送還する都合上、カシアンも飛空艇に搭乗する事となったのだ。
溜息を吐くカシアンの視線の先では、アレスが件の巨大な鉄の箍を抱えて、飛空艇の貨物倉庫へと詰め込んでいる。
この世界での金属疲労について調べるためにも、持ち帰る事にしたものだ。
「……清貴殿、彼女は確かに見た目以上の強さを持っているようだが、しかしやはり女性にあのような力仕事を任せるべきではないのでは?」
カシアンは相変わらず戸惑った様子で、アレスの怪力ぶりを見つめている。
確かにぱっと見た限りそれは、可憐なシスターが巨大な鉄塊を運んでいるようにも見えるだろう。
「あー、アレスは、……」
女性ではなく女装である、と言いかけてその言葉を飲み込んだ。
「アレスは、自分の力を使う場所を、自分自身で決めている。それは、誰かが口を出すべきことじゃないだろう」
「なるほど。性別を盾に個人の自由を否定するのは、私の方が無粋という事でしたね」
「いや、まぁ、……そうだな。少なくとも僕は、アレスが嫌がることを押し付けているつもりはない」
「……流石、清貴殿はお優しいですね」
声が響いた方向へ振り返れば、そこには大量の書類を抱えたゼノンが立っていた。
「ゼノン、……その、なんだ、運ぶのを手伝うぞ?」
「ご安心ください。ほとんど終わりましたよ。それに清貴殿に手伝って貰うと書類をもう一度分類しなおす事になります」
「それほど酷くはないだろう。僕はちゃんと置いた場所を説明している筈だ」
「確かに説明はして下さいますし、そこにあるのはあるんですがね。貴方の考える分かりやすさと私の考える分かりやすさは全く違うのです」
それを言われると、思い当たる節があった。
清貴もかつて現世で仕事をしていた際に、パソコンのデスクトップに大量のファイルを置いていた。
それは清貴にとってはどのファイルとどのファイルが関連しているかをきちんと把握出来ていたが、第三者から見ればぎょっとするほど散らかっていると思われたのだ。
当然、もっと物理的な、……例えば、机の上であれば紙の資料が”清貴の中では整然と”しかし他人から見れば”めったやたらに散らかった”状態となっている。
「ゼノン、負担をかけている事は承知している。そうだ、こうしないか? 新しくお前の補佐になる人員を増やすように要請しよう」
「それは大変ありがたい事ですが、……その”新人”が使えるようになるまで面倒を見るのは誰の役割になるのでしょうか?」
「うん、……君だな」
「ええ、そうですね」
そこで会話が途切れた。
視線を反らす清貴に、ゼノンはやれやれと言った様子で肩をすくめる。
「心配なさらなくても、私は仕事人間です。そしてどうせ働くならばやりがいがある方がいいに決まっています。この仕事も、やりがい搾取だと思っている訳ではありません」
「だがその、なんだ、ハブリエルに不満を漏らしたんだろう?」
「漏らしました。でもそれは、……昼に飲んだ紅茶が濃すぎて少し苦かっただとか、誰にでもある日常の不満のようなものです。紅茶が多少苦過ぎたところで、一日が不幸になりますか?」
「……そうだな。僕は、……朝の珈琲が薄かったら、半日くらい拗ねるかもしれないな」
笑って答える清貴に、ゼノンもまた眉尻を落として穏やかに笑う。
その些細なやりとりは、二人が培ってきた信頼の証であり、ひどく心地よいものだった。
「不満はありません。いえ、小さな不満は言えばきりがないですが、……それでも私は現状に満足しています。貴方が、私に信頼を置いて下さる限りは」
「勿論、信頼しているとも!」
清貴は力強く拳を握って一歩前に踏み出した。
その様子に、ゼノンは心の底から楽しそうに笑いながら、重たい書類を一度甲板の上に降ろす。
そして、覚えたてのそれを促すように、胸元まで右手を持ち上げた。
「では、これからもよろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそ、宜しく頼むぞ」
清貴はその手をパチン、と重ねて軽快に“ハイタッチ”を交わす。
二人が顔を見合わせて笑った瞬間、ふわりと大きな影が音もなく滑り込んできた。鉄塊を倉庫に納め終えて戻ってきた、アレスの姿である。
「……私も、その信頼の輪に加えていただけますか?」
美しく小首を傾げて手を掲げるシスター。だが、清貴は引きつった笑みを浮かべたまま、掲げていた手をスッと下ろした。アレスとまともにハイタッチをしようものなら、自分の手骨は小枝よりも脆く粉砕される未来しか見えない。
ゼノンにいたっては、あからさまに怯えた顔で両手を背後に隠し、完全に凝り固まった営業スマイルになっている。
「ふふ、冗談ですよ。……優しく、軽くだけ」
いたずらっぽく微笑んだアレスの言葉に、清貴は意を決して再び手を持ち上げ、パチン、と小さく音を響かせた。
続いてゼノンも小さく吹き出しながら、そっと掌を重ね合わせる。
それは風に消えそうなほど小さな音。
だが、地獄のような災害現場を生き延びた三人の間では、これ以上ない祝砲のように小気味よく響いた。
「さて、……出発するぞ。戻ったら事故報告書と、酒造工場に関する新基準の提案書を仕上げないとな」
意気揚々と胸を張る清貴の傍らで、早くもデスクを埋め尽くすであろう膨大な書類の山を予感したゼノンが、額を押さえて首を振る。
「……酒税の監査方法に関しても、改善提案を出した方が宜しいでしょうね」
「それは助かるな。……よし、王都に戻ったらナサニエル王子に、お前の給料を倍にするよう直接掛け合ってやる」
「ありがたいお話ですが、私は給料よりも前に、まずは一週間の長期休暇をいただきたいものですね」
「……残念だがそれは、あと二つくらい大仕事を片付けるまで待ってくれ」
あからさまに視線を逸らして渋い顔をする清貴に、ゼノンが唇を尖らせ、アレスが鈴を転がすような笑い声を響かせる。
動き出した飛空艇の甲板の上。
どこまでも広がるアメルスヘンの青い海を背に、お互いの信頼を当たり前のように言葉にし、笑い合う姿を――カシアンはどこか眩しそうに、そして心からの敬意を込めて、静かに見つめていた。
『災の埋伏』編はお楽しみ頂けましたでしょうか?面白かったと思って頂けましたら、是非、評価ボタンを押してくださいますと励みになります。
明日からは第二部の最終章である『灯篭の祭』編となります。
引き続き、清貴の活躍を応援してください!




