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事故調査ファイル_災の埋伏③

 ハブリエルの協力により、作業員たちへの聴取が可能となった。

 とはいえ、作業員の中には下層区から通っていた者も多く、亡くなった者もいれば復旧作業に追われている者もいる。

 結局、話を聞くことが出来た相手は工場の瓦礫撤去作業に訪れていた、数名の作業員のみだった。

 清貴がゼノンにハブリエルを引き離しておくように依頼すると、ゼノンは快く頷き「政府に提出する被災状況の報告書作成のための現場検証」と言って、言葉巧みにハブリエルを誘いだした。

 そこでようやく、清貴は作業員を一人ずつ呼び出して、散乱した瓦礫の合間で事情を聞く運びとなった。


「職長のニコラスと申します。蒸留技師も務めており、工場内全体の総括管理を任されておりました」


 最初に話を聞くことになったのは40代ほどの男だった。

 アメルスヘンの住人はヴェネンティカ王国の中でも背が高い者が多く、ニコラスもまた長身のカシアンと並んでも頭一つ抜けるような巨躯の持ち主だった。

 技師というよりも肉体労働者と見まごう体格の良さをもちながらも、ニコラスは何かに怯えるよう身体を縮こまらせている。


「火災が起こる直前の工場の様子を知りたい。何か気付いた事があれば教えて欲しい。なんでも構わない」


 清貴に促され、ニコラスは記憶をたぐり寄せるように口を開く。


「そう、ですね、……あの日は、いえその数日前からなのですが、樽の中の酒がおかしなことになっていました」

「おかしい、とは?」

「はい、あの、我々は浮き秤で濃度を測るんです。濃度によって税金が変わるし、加水する時の目安になりますから。それで、定期的にチェックしているんですが、火事の前の数日はいつもより目盛りが不安定で……つまり、度数が落ち着かない状態でした」


 清貴は片眉を上げた。度数が不安定ということは、外的な要因が存在したのか、あるいは──。


「原因に心当たりは?」

「気温です。ここいらじゃ、秋の終わりになっても稀に夏みたいに暑くなる事がある。あの嵐が来る前はそうでした。二週間ほど日照りみたいな日が続いて、工場内はかなり暑くなっていました」

「なるほど。その時期にしては珍しい高温で、樽の中のアルコールが濃厚な蒸気で満たされ、気化したものがじっくりと外へ逃げていた。だから液体の度数が安定していなかったという訳か」

「ええ、そういう事だと思います。お陰で工場の中にはえらく酒の空気が混ざっていて、ただ働いているだけで酔っぱらって使い物にならなくなる奴もいたくらいです」

「……換気用のファンは回っていたんだろう?」


 問いかけに、ニコラスの視線が僅かに揺らぐ。


「ええ、日中は回していました。ただ、……夜間は人がいないから魔石がもったいないと、ハブリエル様に止めるように言われていて。そんなもんで、朝一番に扉を開けた時には思わず吐きそうになるくらい、濃い酒の匂いが溢れ出してくるんです」


 清貴は内心で苦い舌打ちをした。夜間の空調停止、それが引き起こしたのがガス滞留だ。


「そうか、……他に気付いたことは?」

「樽職人のヤンから、(タガ)にヒビが入っているという報告を受けました。勿論ハブリエル様にはすぐに報告しましたよ」

「それで、ハブリエル殿はなんと?」

「よくある事だから気にするな、今ある在庫をすべて詰めろ、と。一応、修理するための職人は手配しているとは言われましたが……」

「なるほど、よく分かった。他になにかあるか?」


 ニコラスは首を横に振る。

 清貴はニコラスに礼を言うと次に樽職人のヤンを呼び出した。

 ヤンはニコラスに比べれば背は低いが、それでも清貴からすれば見あげるほどに大きい。


「ええ、その通りです。大ダルの箍にヒビが入っていたんでニコラスさんには報告しましたよ」


 箍とは、木製の樽を固定するための金属部品の事である。

 貯蔵桶は、何枚もの分厚い木材を円筒状に張り合わせ、それが内部からの凄まじい液圧で弾け飛んでしまわないよう、何十本もの頑丈な鉄帯(タガ)を巻きつけ、巨大なボルトで締め上げて固定する。

 つまり、箍の部分には常に凄まじい負荷がかかっており、万が一にも破断すれば、樽そのものが一瞬で「爆発」するように崩壊してしまう急所だった。

 ヤンの仕事はこの箍やボルトにゆるみがないかをチェックし、締め直したりの調整を行うというものだった。


「ハブリエル殿は手配を約束していたらしいが、すぐに交換は出来なかったのか?」

「ここじゃ箍が外れるってのはそう珍しいことじゃありません。数か月に一度は起こることです。今回、ヒビが入っていた箍も先月に一度外れたんです。そん時は締め直して済ませましたが、今回はヒビだったんでいい加減に交換が必要だと思ったんですよ」

「確かにな。予備の箍はなかったのか?」

「ありません。特注で作らせているんで、報告しても新品が届くには時間がかかります」

「そうか。……他に気付いたことはあったか?」

「……これは、俺が言ったって秘密にしておいて下さい。火災の前に箍の合間から酒が染みだしてました。けどハブリエル様は下に小さい樽を置いて零れた分を受け止めて、後で戻せばいいと言っていました」

「随分と杜撰なんだな」


 清貴の言葉にヤンは肩をすくめた。

 現世の記憶を持った清貴からすれば衛生管理としてもありえない事だが、この世界ではあらゆる事の常識が異なっている。酒造工場においては、それが当たり前の光景なのだろうか。

 去っていくヤンを見送りながら、清貴は溜息を漏らす。


「参ったな。……ここでいう”常識”の範疇が分からなくなってくる。僕が思っている、いや、思い込んでいる”状況”が、”実情”とかけ離れていたとしても、その違和感に気付けない可能性がある」

「どういう事ですか?」


 カシアンの問いかけに清貴が唸る。


「先ほどゼノンが指摘した安酒の件もそうだ。僕と君はこれが安酒の匂いだと知らなかった。だが、ゼノンは当たり前のように知っていた。もしゼノンが指摘しなければ、僕らはこれが酒の匂いと突き止める事に時間を費やしただろう。

 他にも、僕が想像している実情とまったく異なるものがあるかも知れない。想像する前提条件が異なれば、そこから起こりうる事故もまったく別のものになってしまう」

「そう言われれば、……そうですね。私も先ほど、工場長が”一年分の酒がなくなった”と話していたのが引っ掛かっています。この工場内には、それほどの酒を保存するスペースはないように思えます」

「確かにな」


 清貴は改めて工場内を見回した。周囲には木片が散乱しているが、大量の樽を並べて保管していたとして”一年分”は難しい。

 違和感があった。何か見落としている気がしても、それが何だか分からない。

 二人が唸っていると、三人目の作業員がやってきた。最初の二人よりもさらに筋肉隆々とした男で、立っているだけで圧迫感が凄まじい。


荷役(ポーター)をやってるオットーです。自分はその、難しい事は何も分かりません」

「いや、構わない。僕が知りたいのは火災の前になにか普段と違うことがなかったか、という部分だ」

「そうですね。……前日の朝も、いつも通り大樽から酒を汲み出すために、梯子をかけて上に登ったんです。そしたら、下から三番目の箍のあたりに足をかけたとき、足元から『ピシッ』って……、嫌な音が聞こえて」


 ポーターの男が何気なく放ったその言葉に、清貴はピクリと眉を動かした。


「待て。今、なんと言った?」

「え? ああ、ですから、いつも通り酒を汲み出すために、樽に梯子を立てかけて上に……」

「──カシアン」


 清貴は隣に立つ騎士を振り返った。その目は、獲物を見つけた猛禽のように鋭く光っている。


「お前たちの言う『酒樽』は、作業をするのにわざわざ梯子を登らなきゃいけないほど、巨大なものなのか?」

「は……? いえ、一般的な酒樽であれば、大人が二人で転がせる程度のものですが……」


 カシアンもまた、自分の言葉の途中でハッと息を呑んだ。エリートである彼は、下層区の工場の実態など見たことがなかったのだ。

 清貴は再びポーターに向き直る。


「お前が登ったその樽は、高さがどれくらいあった?」

「どれくらいって……天井に届くほどですよ。大人が五、六人はすっぽり入れるような、家一軒ぶんくらいある化け物みたいな大樽です。それが工場の真ん中に三つ置かれていて……」

「天井に、……だって?」


 清貴とカシアンは同時に天井を振り仰いだ。

 高さはおおよそ10メートル、家に換算して3階分の高さがあるだろう。

 その天井に届くほどの巨大な樽が、三つ。

 一樽で優に50万リットル──三つ合わせれば150万リットルを超える計算になる。しかも中に詰まっているのは、加水前の、度数80度を超える純粋なアルコール。

 背筋にどっと冷や汗が流れ落ちる。それは、街のど真ん中に無防備に巨大小麦粉倉庫(サイロ)や弾薬庫が置かれているのと同義だ。

ふと、清貴の目に大量の木片に混じった、異様に分厚く湾曲した金属の塊が目に入る。


「アレス、……あの金属を引っ張り出せるか?」


 清貴の言葉にそれまで影のように控えていたアレスが頷いた。


「いや、清貴殿、女性にあんな巨大な金属を出せというのは無謀です。我ら憲兵騎士団を数人呼び、……」


 ──ガゴンッ!!!


 あり得ない金属音が響き、まるで乾いた小枝でも拾い上げるかのように、アレスがその巨大な鉄の塊を軽々と持ち上げた。

 その明らかに世界の物理法則を無視した光景に、冷徹な黒騎士カシアンですら目を剥き、完全に言葉を失って固まった。


 清貴が駆け寄って見てみれば、その金属片は大人が両手を広げたよりも遥かに長く、装甲艦の装甲板と見まごうほどの厚みを持つ、強固な鉄の帯だった。到底、清貴やカシアンの知る「樽の箍」と呼べる代物ではない。

 だが、今ならば分かる。この歪に引き千切れた巨大な金属片こそが、ヤンの言っていた「ヒビの入っていた箍」の成れの果て──この工場を消し飛ばした、爆弾の安全ピンだったのだ。


「カシアン、事件の全貌が見えたぞ。これは、――防ぐことが出来た人災だ」

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