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事故調査ファイル_深海の顎④

「取舵、北北微東、ラング・オルムと平行走行を維持! バリスタ、装填! 第三関節に照準!」


 軍艦に備えつけられたバリスタの砲座が回転する。

 翼竜は兵士やアレスによって、何頭も撃ち落とされた結果、今は甲板を離れ上空で旋回している。

 完全に諦めたわけではないが、強襲は危険と察知したようだ。

 再び甲板に出て来た清貴達が息をのんで見守る中、バリスタの大矢がラング・オルムの尾に狙いを定める。


「放てッ!!!!」


 鋼鉄の大矢が放たれ、重く空気を裂く音が鼓膜を震わせる。

 矢は見事にラング・オルムの尾に命中し、第三関節を打ち砕いた。

 途端にラング・オルムの巨躯がバランスを失って沈み込む。押し寄せる波が深く潜った尾をもぎ取るように圧をかけ、限界を越えた皮が引きちぎれると同時に、尾が海底へと飲み込まれる。

 同時に、胴体は再び勢いよく浮上した。

 間近で見れば、その胴体にはまるでまだ生きて動いていると錯覚するほどの、多くの第二捕食者が食らいついており、全身が不気味に蠢いている。


「次弾、牽引用の大矢を装填!!  ――放てぇえええッ!!!!」


 二発目の大矢が放たれると同時に、牽引用のワイヤーが鞭のようにしなって甲板を滑っていく。

 鎖ははじめから、三隻の軍艦で牽引出来るよう三又にワイヤーがつけられていた。

 このワイヤーは、ブリスタイン周辺で採取できる植物の蔦を編んだものであり、底引き網などにも使われている。敵戦艦の動きを封じるためにも用いられるほどに強靭だという。

 狙い通り、大矢はラング・オルムの排泄口から体内へと深々と突き刺さった。

 ワイヤーが張った瞬間、三隻の軍艦に一気に負荷が襲い来る。甲板が大きく揺れ、清貴は慌てて手すりにしがみ付く。


「魔石エンジン全開ッ!!!!」

 

 魔石の出力が上がっていく振動が鼓膜を揺らす。

 スクリューが急速に回転し、三隻が一斉に走り出す。

 津波を船体の横で受けるようにしながら、軍艦は加速し半島のように突き出したブリスタインの港を大きく回るようにして迂回する。


「いいぞ、後はこのまま爆破地点まで引っ張っていけばそれで終わる!」


 そう、誰もが作戦の成功を確信していた時だった。

 海原を滑るように引きずられるラング・オルムの遥か後方で、不自然に白波が立ち上がる。


「なんだあれは!」


 ――……グウウウァァアアアアアアオオオオオオオオオオオオンンンッ!!!!


 それは、腹の奥底から、身体全てを震わすような音波の圧だった。

 海面が不気味に盛り上がり、波が爆ぜるように巨体が海面に跳ね上がる。

 爆発音にも等しい音を響かせ、再びそれは波間へと身を躍らせる。


「あれは、……まさか、……まさかそんな、……ラング・オルムよッ!」

「何だって! もう一頭いたのか!? しかも生きた個体だとッ!!!!」


 後方の手すりにしがみ付いて叫ぶアンヌの傍らに、清貴も駆け寄って目を凝らす。


「目撃例はほとんどないんじゃなかったのか!?」

「そうよ、今まではそう。でも、……ああ、分かった、分かったわ、彼らの住処は海底よ。地震があったと言ったわね。きっと、海底火山が爆発したのよ。それで住処を追われた。そして、津波に流されてここまで来た」

「それはいいが、……何故、船を追いかけてくる?」

「船じゃない!」


 アンヌは首を横に振った。


「共食いよ! あの生きたラング・オルムにとっては仲間の死骸もこの上もないごちそうに見えてるんだわ!」

「なんだって!?」

「骨格標本に、骨にまで食い込むほどの噛み傷が残っていた事があるの。あれだけの巨体に、それも生きているうちに噛みつける生物は、竜種にだってそういないわ。でも分かった。あれは共食いだったの! 海底という過酷な環境が、彼らを仲間さえ食らう恐ろしい捕食者へと変貌させた!」

「そんな、ことが、……」

「火山活動によって縄張りを追い出されたラング・オルムは気がたっている上に極度の飢餓状態になってるのよ!」


 魔石エンジンが唸りをあげる。

 艦隊はさらに速度を上げるがラング・オルムは猛然と背後から迫りくる。

 爆破ポイントはまだ遠い。今、この場で死骸を爆発させてしまえば、湾へと入ってくる船舶に多大な被害が出るだろう。


「予備エンジンも起動ッ!! 隊列乱すなッ!!!!」


 船首ではオベール少尉が弾ける白波に打たれながら、必死に指揮を取っている。

 もし一隻でも足並みが乱れれば、船同士が衝突し海の藻屑になるだろう。

 一秒、そして次の一秒を、死と隣り合わせに駆け抜ける。


「凄いわ! 見て聖女様! ラング・オルムは海底ではあの長大な尾を左右に振る『側方蛇行(そくほうだこう)』で推進力を得て、一気に強襲する狩りをすると論文には書かれていたの。でも、今の動きはまるで違う!

 海面という気液海界では、横うねりだと尾鰭が空気を噛んで空洞現象(キャビテーション)を起こして速度が出ない。だからイルカと同じ『縦方向の起伏運動(ドルフィン・キック)』に泳ぎ方に切り替えているのよ! これは歴史的大発見だわ!!

 それに、見て、尾の付け根の排泄口! 物凄い勢いで海水が沸騰してガスが噴き出してる! 

 ああ、そうか分かったわ! 通常海域の造波抵抗を相殺するために、海底火山で蓄えた重金属汚泥を燃料として噴射させてるのよ! 凄すぎる、なんて美しい生存戦略なのかしら!!」

 「落ち着け、アンヌ! 何が美しいんだ、海に落ちるぞ!」


 興奮のあまり船尾の柵から転げ落ちそうなほど身を乗り出すアンヌを、清貴は慌てて引きずり戻す。


「無理よ、そんなの無理! 落ち着いていられる訳がないでしょう!?

 だって、死体(サンプル)じゃなくて『生きた生体リアクター』が、文字通り命を燃やして戦っているのよ!? これを見届けるのが学者じゃなくて何だっていうの、離して聖女様、もっと近くで内臓の煮える音を聞かせて!!」

「勘弁してくれ! どこの世界でも、生物学者ってやつはこうなのか!?」


 清貴は思わず悲鳴をあげた。

 かつていた世界でもそうだった。 鯨の座礁事故の調査に呼んだ専門家は、腐敗ガスの大爆発のリスクを知って尚も、クジラの胃袋の中身をなんとかして漁ろうと必死だった。


「おい、アンヌ、正気に戻れ! 好奇心で恐怖を上書きするな、死ぬぞ!!」


 興奮状態のアンヌを、アレスが柵から引き剥がしたところで、オベールが血相を変えて走ってきた。


「聖女様、アンヌ博士! 至急、艦内に戻って下さい! もう一頭のラング・オルムが死骸に食いついた瞬間に爆破します!」

「そんな! せっかくの生きた個体なのよ!?」

「勘弁してください! あんなものがブリスタインの海域で暴れ回っていたら、どんな被害が出るか分かったものではありません! あの個体はここで殲滅します」

「でも!!」

「落ち着けアンヌ」


 オベールに噛みつくアンヌの間に清貴が割って入る。


「いいか、アンヌ。あの個体がもとの海域に戻れる可能性はどれだけある? どのみち、ここで餓死して死ぬのが関の山だ」

「分かってるわ、……でも……」

「今、この場でラング・オルムを爆破すれば、死骸はまず海底に沈む。その地点は海軍が正確に把握している。これがどういう事か分かるか? 腐敗ガスがたまって浮上してきた時点で死骸を発見できる。その時点であれば、近隣の浜に運んでガス抜きをして、胃の内容物を確かめることだって出来るぞ」

「胃の内容物を?」

「ああ、そうだ。骨や肉塊だけじゃなく、もっと多くの部位を保存できる」

「……分かったわ」


 アンヌは名残惜しそうにラング・オルムから視線を外すと、急に真面目な顔になって顎に手を当てた。


「――港に戻ったらすぐに内臓保存用の氷と、巨大なメスを鍛冶屋に発注しなきゃ。ガス抜きのタイミングを1時間でも誤れば、腐敗ガスで胃袋ごと吹き飛んでデータが消えるわ。聖女様、浜に引き揚げたらあなたも手伝って欲しいの」

「……分かった、分かった。僕もラング・オルムの対策を練るためにサンプルは必要だ。手伝うから今は避難してくれ」


 清貴はため息をつきながら、アンヌの背中を押して大急ぎで艦内への退避を開始する。


「爆破予定水域まであと三〇〇!」


 檣楼の兵が拡声器で悲鳴をあげる。


「爆破ポイントに届く前に追いつかれます!」

「構わん! この距離ならば許容範囲(マージン)内だッ!!!! 魔石爆破、即時実行(カウントゼロ)ッ!!!!」


 次の瞬間、海面から巨大な口が飛び出した。それは、ワイヤーの先の死骸へと猛然と喰らいつき、その凄まじい質量エネルギーのまま、一気に海底へと引きずり込んでいく。

 戦艦が異常な力でもって軋み、悲鳴をあげ、海面に生まれた巨大な大渦へと引き寄せられる。


「爆破ッ!!!!!!」


 ドォオオオオオオンッ!!!!


 水面下での大誘爆。海底火山から蓄えられた高圧ガスが連鎖反応を起こし、数千トンの海水がクッションとなって爆風を上方へと撥ね上げた。

 激しく立ち上がった水柱から、肉片が雨あられと降り注ぐ。はじけ飛んだラング・オルムのあばら骨が、戦艦の外壁にバリスタの大矢のように突き刺さった。


「やったか!?」


 肉片を避けて、オベールが海面を覗き込んだ瞬間だった。

 沸騰する白泡の底から、まだなお巨大な顎が迫っていた。

 息を飲み、だが、オベールは軍人としての本能で、甲板に身を投げるように転がった。


 次の瞬間、爆発によって半ば骨がむき出しになったラング・オルムの頭部が、戦艦の後部デッキに喰らいつく。


 ――しかし、そこまでだった。


 鉄杭のごとき牙で、甲板を貫き喰らいついたまま、ラング・オルムの動きが完全に停止した。

 引きちぎられた長大な尾が、ゆっくりと、今度こそ水面から沈んでいく。

 戦艦は大きく後方に傾き、浸水の警報が鳴り響いたが、なんとか沈没の危機は免れた。


「……脳が消し飛んでも、顎の閉鎖神経だけが死後反射で動いたか。まるで深海のサメだな」


 清貴はそう呟くと、張り詰めていた緊張の糸が一気に切れ、ずるずるとその場にしゃがみこんだ。


「良かったな、アンヌ。予定変更だ……わざわざ浜から引き揚げなくても、『生きのいいサンプル』が船に飛び込んできてくれたぞ」

「そうね……」


 その傍らでは、アンヌもまたすっかり腰を抜かしていた。

 興奮状態から抜け出した反動で、一気に疲労が押し寄せたのだろう。

 二人は顔を見合わせると、思わず同時に笑い出した。

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― 新着の感想 ―
>「勘弁してくれ! どこの世界でも、生物学者ってやつはこうなのか!?」  迫力ある異世界巨大生物との海戦の描写も良かったですが、今回一番ツボったのは、この台詞でした。  生物学者だけじゃなくて、学者…
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