事故調査ファイル_鋼の狂走⑦
「我々、『遊撃憲兵騎士団』はヴェネンティカ王国の治安維持を最優先とし動いている。このたび、カルヴァトリに訪れたのは国家施設の鉄道にて麻薬の密輸入が行われている情報を得たためだ」
火事の鎮火から丸一日。サトウキビ畑からは未だ燻っており細く煙があがっていたが、延焼の危険性は少なくなった。
今も見張り小屋には昼夜問わず農夫が詰め、畑に目を光らせている。
カシアンをはじめとする『遊撃憲兵騎士団』は、サトウキビ農家の集まる村の一角に野営地を構えており、清貴が訪れたのもその天幕の一つだった。
改めて会談の場を用意したカシアンは、清貴が訪れると今度は真の目的を隠すことなく口を開いた。
「理解している。鉄道事故の調査という名目で、麻薬の密売ルートを調査しに来たという事だろう。焦げ付いた糖分を剥がしてでも車両内を調査しようとしたのは、確かな痕跡を見つけ出すためだった」
清貴もまた包み隠さずに応じれば、カシアンは眉間に皺を刻んだまま頷いた。
実用性を重視した天幕は、質素といえるほど無駄を削ぎ落してあり、唯一、深紅の布地に刺繍を施された憲兵であることを示す旗だけが名誉ある騎士団であることを告げている。
カシアンと清貴が向き合って座っているテーブルも、組み立て式の簡素なもので椅子もまた座り心地が良いとは言い難かった。
「我らの知識不足により、二次火災を引き起こした事に関しては重く受け止めている。だが、麻薬密売に対しての調査の手を緩めるつもりはない。
その上で、聖女様にお伺いいたします。貴方は調査の過程で麻薬密売関しての情報を手に入れたのではありませんか?」
「現段階において、その質問に対しての返答は黙秘する」
「……聖女様、我が国の法では公吏には犯罪告発の義務があります。事故調査委員会である貴方も例外ではありません。麻薬密売という重大犯罪が行われているならば、それを秘匿することは公務の放棄です」
「その法律に関しては理解している。だが、法の解釈上、“即座の告発が公務の遂行を著しく妨げる場合、その猶予が認められる”」
なぜ、即座の告発が免除される場合があるのか。
例えばそれは、潜入捜査官が犯罪の証拠を掴んだからといって、すぐに告発を行えば一斉検挙の妨げになる場合があるからだ。
事故調査委員会の視点で言うならば、即座の告発が「正しい証言の取得」の妨げとなる可能性がある。
「聖女様、貴方の仕事は事故調査です。麻薬密売に関して、貴方の権限が及ぶとは考え難い」
「承知している。調査書類は規定に則った形で提出する。密売に関して、僕の権限で何らかの処置を行うつもりもないし、君たちの調査の邪魔だてをするつもりもない」
「その調書を今すぐ我々に開示して欲しいと言っているのです」
カシアンの声が僅かに尖る。
だが清貴は静かにその視線を受け止めた。
「僕の仕事は、事故の再発防止に対して最善を尽くすことだ。そのために調査を行い、報告書を作成した。報告書は、法に則った形で然るべきタイミングで提出する」
カシアンの放つ空気が張り詰める。
この光景は、現世でも幾度も経験してきたものだった。
事故の“原因究明と再発防止”を優先する事故調査委員会と、事故の“責任追及と処罰”を目的とする警察機関とはどうしても意見の食い違いが生じてしまう。
事故調査委員会としては、正しい証言を得るために証言者の発言を守ることが重要となり、警察側はその証言から”犯人”を探し出そうと考える。
最終目標は国家の保安である二つの機関が、異なる視点を持つが故のジレンマだった。
凍りついた空気は、だがふいにカシアンが緩く溜息を吐いた事によって和らいだ。
「実のところ、先ほど部下より報告を受けた。オルシーニ卿が麻薬密売に関与していた者たちを捕縛し、厳しく処罰を下したそうだ。
我ら憲兵はオルシーニ卿に出し抜かれた形になった訳だが、……率直な感想を言えば、私は安堵している」
てっきり問い詰められると思っていた清貴は思わず毒気を抜かれながらも、カシアンに続きを促した。
「私はここを訪れるまでカルヴァトリという土地に良い印象は持っていなかった。今も、好印象を持っているとは言い難い。
しかし、ここにきてカルヴァトリの特異性に関しては理解できた。……その必然性に関しても。
”カルヴァトリの事はカルヴァトリが決める”、――これは、中央政権から離れた地である故の生存術でもあったという訳だ」
「ああ、そうだな、僕もそう感じている」
「カルヴァトリは危険で、そして野蛮な面もある。しかし自浄作用も持っている。
それは、徹底された鉱山の運営や、一面に広がるサトウキビ畑が証明している。
カルヴァトリは、とくにオルシーニ卿による統治が始まってからのこの地は、彼らなりの流儀を持ちつつも、より良い方向に進んでいると言えるだろう」
カシアンの言葉に、背後に控えていたゼノンが深く頷いた。
「私は楽観主義者ではない。こたびの密売にオルシーニ卿が無関係だとして、カルヴァトリが一切の密売ルートを持っていないとは到底思えない。だが、卿を潰せば全ての密売ルートが潰せると考える事も楽観が過ぎる」
「うむ、その通りだな」
「何よりも、オルシーニ卿を麻薬密売の罪で告訴すれば、カルヴァトリ半島は火薬庫に変わる。
間違いなく、状況は”より悪く”なる。それも、ヴェネンティカ王国には致命的と言えるほど悪化するだろう。
それは、我々の掲げる国家の保安維持とは真逆の状態と言えるだろう。かといって、麻薬密売に目を瞑るのは憲兵として主義に反する」
「難しい話だな」
清貴が低く唸ると、カシアンは微かに笑みを浮かべて肩を揺らす。
「ああ、本当にな。故にオルシーニ卿が素早く密売組織を検挙した事に安堵してもいる。それが、……貴方の狙い通りである事がいささか不満ではあるが」
ふいの指摘に清貴が黙り込むとカシアンは目を細めた。
「まさか私がそれに気付いていない間抜けだとでも思っていましたか?」
「いや、……そういう訳じゃないが、……気付いていたならば、もっと、その、激怒するかと」
「状況によります。少なくとも、此度は収まるべきところに収まったと納得している。
サトウキビ畑での二次火災についても、オルシーニ卿は我々に責任追及をせず、怪我人の手当も申し出てくれた。今も、重傷者の何名かは、卿の屋敷で手当を受けている状態だ。
――個人として、卿には恩義を感じている」
「ああ」
「だが、あくまでも今回に限った事です。今後も捜査方針が異なった場合は、厳しく追及させて貰う事もあるでしょう」
清貴はカシアンを見た。
その漆黒の目に宿っているのは、敵対者に向けるものではなかった。
どちらかと言えば、尊敬に値する好敵手に向けるものの方が近いだろう。
「勿論だ。その時は、僕自身もまっこうから受けて立とう」
清貴もまた背筋を伸ばすと、まっすぐに視線を返す。
その背後ではゼノンが口を真一文字に結んでおり、アレスが指の関節をパキリと鳴らす音が響いた。
ルドヴィコから土産の珈琲豆を貰い受けた清貴はご機嫌だった。
しかし、それは帰りの列車を前にして、無惨にも打ち砕かれる事になる。
「そう、だった、……帰る手段は、これしかなかった、か……」
より正確に言うなれば、馬車や船という選択肢もあったが、最速でいうならば列車だった。
しかしその乗り心地といえば、カルヴァトリに訪れるまでの間に嫌というほど経験した。
「清貴殿、……鉄道事故についての是正処置はもっともですが、列車そのものの仕組みを見直しませんか?」
ゼノンもまた、長時間の列車旅を前にして、その鋼鉄の車両の前で立ち尽くしていた。
「ああ、うん、それはそうなんだがな。僕は列車そのものを改良するための知識はあまり持っていないんだ」
「……なんということでしょう……」
戦々恐々とした表情で列車を見つめる清貴とゼノンに、荷物の運び入れを終えたアレスが顔を出す。
「お二人ともどうなさいましたか? そろそろ出発の時間ですよ」
「そうだな、分かっている」
清貴は重くため息を吐く。
「ゼノン殿も、早く帰って差し上げないとセルジュが寂しがっていますよ」
「ああ、そうでした、セルジュ、……うう、セルジュ、一刻も早く帰ってセルジュを吸わなくては」
先に車両に乗り込んでいったゼノンを見つめ、清貴は諦め悪く唸っている。
しかしこれ以上粘ったところで、最後はアレスに抱え上げられる落ちだろう。
「分かった、……分かってるさ」
清貴はしぶしぶと列車に乗り込み、固い椅子に腰を降ろす。
ほぼ同時に、魔石エンジンが起動する振動が鉄の車体を震わせると、ゆっくりと列車が動き出した。
事故現場の車両は火事の翌日には撤去され、鉱山からの列車運行も再開された。それにともない、線路沿いのサトウキビ畑では、猛スピードで刈り取りが再開されている。
動き出した車窓の先で、刈り倒されたサトウキビの青臭い匂いが、列車の巻き上げる風に乗って鼻腔をかすめる。
見渡す限りの緑の壁が切り開かれ、運ばれていく。それはこの地に根付く命の強さを体現しているようだった。
その先にある精製工場からは、カルヴァトリの呼吸そのもののように煤けた黒煙が絶え間なく立ち上る。
これから刈り入れは最盛期を迎える事になるだろう。
貪欲で逞しいカルヴァトリの地。
サトウキビの刈り入れは、その息吹をもっとも強く感じる事が出来る光景と言えるだろう。
「そうだ、ゼノン。列車の改良は専門外だが、……ダイヤグラムに関してなら分かる部分もあるぞ」
「ダイヤグラム? なんですかそれは」
「列車の運行をグラフで表して、最適化する技術だ。こいつを活用すれば、列車同士の衝突事故の確率を格段に減らすことができるだろう。そこでだ、今回は事故調査記録に加えて、このダイヤグラムの知識共有のための資料を作成したい」
「……待ってください。それはもしかすると、アレですか。この私に新しい知識を詰め込んで、政府上層部でも理解できるようなプレゼン資料を作り上げろという話をしていますか?」
「ああ、その通りだ! まるで以心伝心じゃないか!」
清貴がゼノンの肩を親しげに叩くと、ゼノンは頭を抱えて列車の床に崩れ落ちた。
「見える、ああ、見える……私には地獄が見えます! うわぁああああ! 帰ってもしばらく徹夜になるやつじゃないですか、これぇえええええええ!!!!」
悲鳴をあげるゼノンに呼応するようにして、列車の汽笛が一段と高く鳴り響いた。
これにて『鋼の狂走』編は終了となります。
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明日からは『深海の顎』編を投稿いたします。
清貴の新たなインシデントはなんと深海から浮上した巨大〇〇!?思わず清貴も「これは、僕の仕事なのか……?」とつぶやいてしまう、その正体とは……。




