事故調査ファイル_鋼の狂走④
翌朝、清貴は事故現場付近の切り替えポイントを訪ねていった。
本来ならば、列車のスピードが出過ぎていた時の緊急手段として退避線へ避難させるための場所だ。
切り替えポイントには、鉄道員が寝泊りするための小さな小屋が建てられている。常時二人の鉄道員が詰めており、鉱山からの発車合図が届き次第、線路に出て様子を窺うのが仕事だそうだ。
話を聞くことになった鉄道員二人はひどく恐縮した様子だった。
それも仕方ないことだ。鉱山側は積載量を守っていたと言っている。その事は複数の現場作業員によって確認されていた。
……実際には、鉱山側は重量が増えていた事を見誤っていた訳だが、それは清貴が調査して初めて知れたことだ。
となれば。これまでオルシーニの猟犬たちによって行われた調査で、鉄道員二人はさぞ針の筵であっただろう。
「オルシーニ卿はこたびの事故において、鉄道運行における基本ルールが定まっていなかったという点を憂慮している。
個人責任ではなく、ルールの問題だったのではないかと疑っているという事だ。
私はそのルールを見直すための調査を行っている。君たちの責任を追及しにきた訳じゃない。だからどうか、何があったのかを素直に話して欲しい」
清貴はそう切り出しても、鉄道員二人は、警戒した顔で視線を泳がせていた。
切り替えポイントのそばに建てられた小屋は、寝泊りに必要な最低限の設備が揃っている。ベッドが二つ、魔石ストーブも完備され、簡単な食事ならば作れる程度の簡易キッチンも存在した。しかし窓は薄く、隙間風が吹き込むのか木枠の合間に布切れが押しこまれている。
聞くところによれば、この職務は交代制であるそうだが、それでも泊まり込みの期間は一週間から十日ほどに及ぶこともあるそうだ。二人の男が膝を突き合わせて過ごすのに十分なスペースとは言い難い。
「……サトウキビ収穫の時期は列車の本数が倍以上になるそうだな。そんなんじゃろくに眠れもしないだろう。夜間は交代で起きているんだろうが、寝てる方だって列車の音で何度も起こされてたまらないんじゃないか?」
ふと清貴が話題を変えると、二人の鉄道員は互いの顔を見合わせあった。
そして、おずおずと年嵩の男が頷いた。
「へえ、その通りです。轟音なんてもんじゃねぇ。地響きです。小屋ごとガタガタ揺れるもんで、テーブルの上にカップの一つも置いておけません」
「そりゃ酷い。どんな肝っ玉が太い男だって、そんな有様じゃ眠れるわけもないな」
清貴が同情すると、鉄道員は幾度も小さく頷いた。
「挙句、ちょっとでも運行が遅れれば商人たちが目を吊り上げて殴りこんで来るんだ。たまったもんじゃないな」
この土地に来た際に集積駅で見かけた光景を思い出す。商人は血相を変えて喚いていたが、あの様子を見るに日頃から少しでも遅れれば怒鳴りこんで来ていたのだろう。その窓口をさせられているのは、現場の鉄道員たちだ。そこに緩衝材は何もない。
清貴の言葉に鉄道員二人は膝の上にあった拳を強く握った。思い起こせばいくらでも苦い記憶があるのだろう。
「事前に聞いた話では、ポイントスイッチは常に待避路側に切り替えてある。そして、列車を目視確認した後に安全と判断出来たらカーブへ向かう正規ルートに切り替える運用だそうだな。
――だが実際、そいつは難しかったんじゃないか?」
清貴が身を乗り出しながら問いを投げる。
鉄道員二人は再び顔を見合わせ、そして再び年嵩の男が口を開いた。
「……その通りでさ。この時期は昼も夜もひっきりなしに列車が来る。ろくに寝る事も出来やしねぇ。
それで、去年だったか一昨年だったか、スコットって男がスイッチを切り替え損ねて、列車を待避線に入れちまったことがある。したらまぁ、元に戻すのにえらい時間がかかったんだ」
「それは、さぞ商人たちに怒られただろうな」
「えらい血相で怒鳴られて、『死にてぇのか』なんて脅される奴までいて。
悪い事にその一週間後にも待避線に入れちまったんだ。その時は確かに規定より速度が出てた。けど、大幅にオーバーしてた訳じゃない。そんなもんだから『列車にビビってスイッチもろくに切り替えられない臆病者』だのなんだって」
「臆病者か。……上等じゃないか。現場は臆病なくらいが丁度いい」
清貴が肯定すると、鉄道員は思わず鼻を啜る。
「この土地の連中はそう思っちゃいないんです。カルヴァトリのトップはオルシーニの猟犬達です。
猟犬に加わるための儀式を知ってますか?
線路の上で目を閉じて寝転がってどれだけ耐えられるかを競うんです。毎年、村の若い連中が競いあって、一番長く耐えられた奴が猟犬になれる。たまに死んじまう奴もいるが、そいつの死は勇敢だったと称えられる。それがカルヴァトリなんです」
重い沈黙が下りた。
野蛮な風習だと言ってしまうのは簡単だ。
だがこの土地に生きる若者にとっての未来とは、オルシーニの猟犬になるか、あるいは一生サトウキビを収穫し続けるかの二択なのだろう。
彼らにとってそれは、猟犬になるか、負け犬として生きるかという選択になってしまっているのが現実なのだ。
堅実に生きることの重要さを説いたところで、それに見合うだけの対価がない。
「なるほど。少しくらいスピードが出ていても待避線に入れたら臆病者だと罵られる。だが、いったいどれくらいなら許容されるのかという基準はない。つまり、待避線に入れた事によって事故を防げたとしても、否定されるような環境だったという訳か」
清貴の言葉に鉄道員二人は頷いた。
もし今回、列車を待避線に逃がしていたら、それで事故を防ぐことは出来ただろう。
だがそれでも、鉄道員は批判に晒されていたに違いない。
それは実際に事故が起こるまで何度でも、積み重ねられていっただろう。
「事情は分かった。君たちはただでさえ連日の寝不足でまともに判断出来るような状況になかった。
その上、いざ鉄道を止めれば、事情を問わず臆病者だと罵られ、それを擁護してくれる者もいなかった。そういう事だな?」
鉄道員二人は清貴の言葉に頷いた。
その目には積み重なってきた悔恨があまりにも深く宿っている。
「他にも、何か話しておくべきことはあるか? 少しでも思う所があれば教えて欲しい」
鉄道員二人は、低く唸り、身体を揺らした。
何か知っているが、それを言ってよいものか判断が付きかねているのだろう。
だがやがて、若手の鉄道員が恐る恐る口を開く。
「あの、……聖女様は、オルシーニ卿と直接お話をされたんですよね?」
「ああ、そうだ。卿に何か伝えたい事があるのか?」
「その、……あの、……」
「……もし、外に出せない話ならば、君たちから聞いたという事は伏せておく」
「実は、その、……鉄道の運行が異常に忙しいのは、サトウキビの収穫期だからというだけじゃないんです。本当は、――」
そこから聞いた話は、ゼノンも、そしてアレスも思わず息を飲んでいた。
清貴はそれを聞いて、何故これほどに素早く『遊撃憲兵騎士団』が動いたのかに合点がいった。
それはカルヴァトリに潜む、もっとも深い闇であった。
「アレス、ゼノン、先ほどの話をどう思う? オルシーニ卿が先導して行っていると思うか?」
切り替えポイントを離れ、集積駅に向かう途中、馬の背に揺られながら清貴は二人に問いかけた。
鉄道員二人が語ったもの、それは『麻薬の密売』であった。
サトウキビの刈り入れの時期は、麻薬の収穫の時期とも一致する。都市に送られる砂糖とともに、麻薬を隠して運んでいるというのが鉄道員の話だった。そのために、本来は存在しない集積駅で停車して、積み込みを行っているのだという。
「可能性は五分五分と言ったところでしょうか」
先に口を開いたのはゼノンだった。
「私が調べた限り、カルヴァトリ半島の貴族や商人の多くが麻薬で財産を築いたというのは紛れもない事実です。しかし王国からの規制が厳しくなり、栽培は定められた土地で医療目的のみとされるようになりました。
現在では、密売は厳しく取り締まられており、それを行う主導者は例え貴族であろうとも重罪です。爵位の剥奪や投獄どころか、規模によっては死刑の可能性すらあるでしょう」
「思った以上に厳しく取り締まられているんだな」
「ええ、そうですね。表面上はその通りです。しかし、現実的には麻薬の入手はさほど難しくはありません。王都でも裏通りに入ればいくらでも売人がいますし、貴族の間での”嗜み”などと宣って楽しむ者がいるのも現実です」
ゼノンは深くため息を吐き出した。
その様子から、彼自身が王都の治安維持や麻薬の取り締まりにおいて苦労した過去があるのだろうと察せられた。
「――オルシーニ卿に話を戻しましょう。卿も麻薬で一財産築いたというのは、暗黙の了解とも言えるでしょう。しかし、今のオルシーニ卿には鉱山とサトウキビという”真っ白な”資金源がある。今さら麻薬に拘り続けるのはハイリスクすぎます」
「その通りだな。鉱山とサトウキビだけでも十分すぎるほどの利益があるだろう。アレスはどう思う?」
「そうですね、……私の立場からお話いたしますと、教会において麻薬は医療用として一般的に使用されています。しかし、医療目的ではない麻薬の摂取は、”異教徒の魔術”として取り締まられることが多々あります」
「異教徒の……?」
訝し気な顔をする清貴に、アレスは静かに笑う。
「幻覚、高揚感、……そして無気力。これらは信徒にとって好ましい状況ではありません。とくに無気力は、神への勤勉さを説く教義を支える上で大きな障害となり得るからです。
オルシーニ卿も同じように考えるでしょう。鉱山とサトウキビ畑の労働者を支えるために、麻薬の流行は障害となる、と」
「一理あるな。とくにオルシーニ卿は麻薬中毒者の状態にも詳しいはずだ。そんなものが鉱山や畑で流行すれば、労働力の減退や事故の増加に繋がると理解しているだろう」
それはオルシーニ卿が優れた経営者であるがゆえの、冷徹な視線に基づいた判断になるだろう。
「オルシーニ卿が加担しているのかどうか、まずそれを確かめた方が良さそうだ。麻薬密売は卿の指示ならば、この件は事故調査だけではすまなくなる」
「でしたら、密売人を捕獲し直接話を聞いてみましょう」
にっこりと笑うアレスに清貴の眉間に皺が寄る。
「そんな簡単に言うが、……いや、お前が言うともしかして簡単な事のような気もしてくるな。出来るのか?」
「ええ、勿論。先ほど話しました通り、医療目的外の麻薬は”異教徒の魔術”として取り締まっておりました。つまり、異端審問官の役目なのです」
「なるほどな、……そうか、可哀そうにな。うん、それじゃあ、お前に任せる事にする。頼んだぞ」
「はい、お任せください。アレス・レクイシムが必ずや異教徒を捕らえて参りましょう」
「――しかし、その後はどうなさるおつもりですか?」
再びゼノンが口を開いた。
「オルシーニ卿が黒幕であったならば話は簡単です。しかし、オルシーニ卿が関与していなかった場合はややこしい事になる。
どちらにせよ『遊撃憲兵騎士団』は、オルシーニ卿の過失として卿を更迭し、鉄道の利権を回収しようとするでしょう。
しかし、……清貴殿はそれを望まれてはいないように思えます」
「オルシーニ卿は優れた指導者だ。彼がこの地の支配者であれば、鉱山や鉄道運営の模範として様々な取り組みが出来るだろう」
「そうですね、それ以前の問題として、カルヴァトリという土地は、オルシーニ卿ほどの人物でないと手に余る。
いくら有能な人物が派遣されたところで、この地に根付いた独自のルールは早々覆せるものではありません。
僕の見立てでは、王家から後任が派遣された場合、半年も経たずに暗殺される、そして、――それを皮きりに王国全土を巻き込んだ内乱が発生するでしょう」
「それは、考えたくない状況だな」
清貴は事故調査員であり、国そのものの情勢を読むのはゼノンの方が遥かに優れている。
だが、ゼノンの話を聞いていれば、それが机上の空論でないことは肌で感じ取っていた。
「参ったな、……僕は政治的な駆け引きは苦手なんだが」
清貴は眉尻を下げながら、大きなため息を吐き出した。




