事故調査ファイル_鋼の狂走③
清貴たちが通された迎賓室は、これまた贅を尽くした部屋だった。
高い天井から吊り下げられたシャンデリアが宝石のような輝きを放ち、壁は鮮やかなグリーンで彩られている。柱や窓枠には金箔が貼られ、繊細な刺繍が施されたビロードのカーテンが垂れ下がっていた。
差し出された紅茶は口の中でほどけるような爽やかな甘さが広がり、珈琲派であるはずの清貴ですら素直に美味しいと感じさせるものだった。
「それではお話しいただけますか。なぜ、大陸事故調査委員会を呼び寄せたのですか?」
カップをソーサーに戻しながら清貴が口を開いた。
ルドヴィコは優雅に紅茶で舌を湿らせてから、深く頷く。
「貴方の才覚に、深い尊敬の念を抱いているからです」
「……才覚、ですか?」
「ええ。貴方は事故調査委員会として、国内の鉱山に『公共安全保障法』を打ち出した。鉱山の者たちは、はじめは皆、渋い顔をしていましたよ。炭塵の定期的な除去や、滑車の定期点検、瘴気測定装置の導入など、時間も資金も多く削られる事となった、とね。
しかし実際に運用を開始してみれば、前年との事故発生率は一目瞭然だった。ここ半年の間、鉱山での死亡事故率は大幅に低下しました」
「それは、私としても大変嬉しい限りです。ですが、今回の件との関係性が見えてこない」
「なに、簡単な話ですよ。鉱山事故はこの『公共安全保障法』によって定められた手順による運営を行い、事故が軽減された。しかし今回の鉄道事故には、基準となる法が存在していなかった」
「なるほど、……」
清貴にもようやく話が見えてきた。
そして改めて、ルドヴィコという男の底知れなさを肌で感じ取る。
「つまり、貴方が言いたいのはこういう事ですね。基準が存在しなかった以上は、こたびの事故における責任を追及される『根拠』が政府には存在しない。それを盾に、王国からの利権侵害を防ごうという訳だ」
率直すぎる清貴の言葉に、ルドヴィコは一拍の間を置いてから、愉快そうに笑い声を響かせた。
「いや、まったく、歯に衣を着せるという事をなさらない方だ。だが、貴殿の言う通りだ。……しかしね、それだけではないのですよ」
「他にも意図があると?」
「責任追及から逃れられれば、事故の損害が消える訳ではない。我々も内々に事故原因を調査したが、明確な答えが得られなかった。答えが得られなければ、次の防止策も作れない。違うかね?」
「その通りです。……では、我々に事故原因の調査をさせてくれるという事ですね」
「無論だ。そのためにわざわざ来て貰ったのだ。原因を明確にし、次の事故を防ぐことは、我らにとっての益に繋がる」
ふむ、と清貴は頷いた。
経営者の多くは外部の口出しによりルールが変えられることを忌避しがちだ。
だがルドヴィコは、将来性のある改革であれば、それが中央からもたらされたものであっても柔軟に受け入れるという、経営者としての冷徹なまでの器の広さを持っていた。
「お話は分かりました。しかし、全てのご期待に沿う保証はいたしません。
貴方の言う通り、鉄道運行における規定は未整備に等しい状態です。だからといって、現場の怠慢や詐称が許されるという訳ではありません。
もし、今回の事故原因において、明らかに現場に非があった場合は、私はそれを嘘偽りなく報告します」
「もちろん理解しているとも」
「随分と自信がおありですね」
清貴の言葉に、ルドヴィコはテーブルの上で指を組み、緩く息を吐き出した。
その目から、先ほどまでの好々爺の光が消え、冷酷な『ボス』の眼光が覗く。
「事故が起きて五日。サトウキビの収穫という大事な時期に、カルヴァトリの生命線が止まっている。
どこぞの誰かがサボったか、あるいはトチ狂った誰かが『やらかし』をしたのなら、我が猟犬どもがとっくのとうに首根っこを掴んで、この部屋に引きずり出しているところだ」
「……」
「だが、いくら調べてもそいつが見つからない。現場の誰もが、必死に義務を果たそうとしていた。
……つまり、そう単純な『犯人捜し』では片付かないという事だ」
「――なるほど」
すでにルドヴィコとその猟犬たちが、身内を徹底的に嗅ぎ回ったという訳だ。
その上で「身内の過失」が出てこなかったのであれば、原因はシステムそのものか、あるいは別の不可視な物理現象であるに違いない――ルドヴィコはそう踏んでいるのだ。
「分かりました。では、炭鉱や鉄道関係者に調査に協力するようにお伝え願います」
「勿論だとも。ああ、それと、滞在中は遠慮なくこの館に留まってくれたまえ。すでに部屋を用意してある」
「……感謝いたします」
清貴は逡巡したが、結局のところ頷いた。
ルドヴィコの屋敷に留まれば、行動の一部始終を見張られる事になるだろう。
しかしこの街に、……いや、カルヴァトリにいる限り、ルドヴィコの目から逃れることは不可能なのだ。
ならばいっそ、懐に潜り込んでしまった方が、彼らの考えや現場のデータをより深く知る機会もある。
事故を知るには、人を、そしてその土地を知る必要があるのだと、清貴は前世の経験則から痛いほど知っていた。
鉱山に訪れた清貴は、整備の行き届いた内部に驚かされていた。
かつて坑内火災が起こった際に訪れたグロッケンフェルスとは比べ物にならないほど、現場は整備されている。
鉱夫たちを乗せるトロッコや、石炭を運び出すためのクレーンには惜しみなく魔石が使われている。それどころか、削岩機の原型とも言える機械まで稼働していた。
それは現世でいう、1900年代中盤の技術力にも迫っているだろう。
ルドヴィコは魔石という高価なエネルギー源を投入してでも、大量の石炭を掘り起こせばお釣りが来ると見越したのだ。その先行投資にはオルシーニ家が傾きかけるほどの金が動いたに違いない。
そして、当人の言葉通り、坑道は定期的に清掃がなされており、炭塵が降り積もっている場所は見当たらない。清貴は巨大な機材の裏側を覗き込んで確認したが、そんな人目につかない場所であっても、塵はほとんど残っていなかった。
「こちらが集積場です」
鉱山の中を先導してくれたのは、現場責任者の男だった。
集積場は鉱山から外に出た開けたスペースに、山のように石炭が積み上げられており、本線から分けられた何本もの引き込み線が走っている。鉄道運行が止まっている今、規定量まで石炭を詰め込んだ貨物車はまるですし詰め状態になって並んでいた。
「な、……なんですか、この異常な暑さは……」
最初に声を漏らしたのはゼノンだった。
その言葉通り、集積場は異常な熱気に包まれていた。
積み上げられた石炭の山や貨物車からはもうもうと湯気が立ち上っている。その熱気は、もうじき冬に向かう季節とは思えないほどに周囲の空気を熱していた。
「雨が降ったのは、事故の前か?」
しばしその光景を眺めていた清貴は、やがてぽつりと口を開いた。
その問いかけに、現場責任者は僅かに驚いた顔をしたあとに頷いた。
「ええ、その通りです。冬の走りみたいな雨が半日ほど降りやした。……よくお分かりになりましたね」
「雨が降って数日後は、いつもこんな調子で湯気が出てるだろう?」
「まったくその通りです。酷い暑さになるもんで、現場は地獄ですよ」
清貴はその言葉に頷いた。
立ち上る大量の湯気――それは石炭特有の化学反応が引き起こす酸化熱である。
石炭は見た目の印象とは異なり、その内部はまるでスポンジのような『毛細管現象』を引き起こす微細な隙間が無数に存在する構造を成している。
この構造が、雨によって大量の水分を奥深くへ溜め込むのだ。そしてその溜め込んだ水分が数日かけてゆっくりと有機物と化学反応を引き起こし、温度を上げていく。
それにより蒸発した水分が、今まさに周囲を包み込んでいる大量の湯気の正体だった。
「貨物に詰め込んだ石炭の量は規定通りだった、というのは間違いないな。それは、貨物車の内側に描かれたラインまで詰め込んでいたと聞いたが」
「間違いないです。ドンにも散々聞かれやしたが、俺たちはきっちり基準を守ってやした」
「なるほど。……では、水に濡れた石炭は重さが一割から一割五分程度増えることは知っていたか?」
「――へ?」
現場責任者は虚を突かれた顔になった。
そうして、周囲にいた作業員たちの顔を見回した。
会話を聞いていた作業員たちは互いの顔を見合わせながら「そういえば」「確かに雨の後の貨車はいつもより重くなるな」と頷き合う。
つまり現場では”感覚としては知っていた”のだ。
だが、それがどのような結果を及ぼすかまでの想像には至れなかった。規定量を守るというルールに盲目的に従っていたということだ。
絶対的なルールがあるからこそ、それを疑おうともしなかった。
僅かな違和感がノイズとしてかき消されたのは、オルシーニの猟犬に対する恐怖心もあっただろう。
容積としての『ライン』は守られていても、大雨を吸ったせいで貨車全体の自重は想定の遥かに上をいっていた訳だ。
「ふむ、事故の輪郭が見えてきたな」
清貴は顎をさすりながら頷いた。




