事故調査ファイル_湖の魔瘴②
「あー、これよりパチュミアン湖における重大インシデントの発生原因と現状の危険性について解説する」
円形会議場はかつてないほどの緊張感に満ちていた。
壁際にはすし詰め状態で聴講者が立ち並び、今日という日は貴族派の者たちもずらりと雁首を揃えている。
円形会議場は中央に向かって徐々に低くなっており、今日はその中央に魔導工房で作られた巨大な強化ガラス管が置かれていた。
清貴はガラス管の傍らに立っており、その手にはクリスタルを持っている。
「このクリスタルは、パチュミアン湖の瘴気を聖女の力によってクリスタル化したものです。
これを使って、現在のパチュミアン湖がどのようになっているかを実演する。
なお、この実演は危険が伴うため、見学者の皆さまに置かれましては間違っても上段から移動しないようにして頂きたい」
清貴は会議場の面々を見渡したあとに、クリスタルをガラス管の底に投入した。
「これより、ガラス管の中に高濃度の魔力抽出液を抽入する。
水ではなく、魔力抽出液を使用するのはパチュミアン湖の”水圧”を再現するためだ。
このガラス管サイズでは、水底と同じだけの水による重量は再現できない。そのため、水よりも重い魔力抽出液を使用する」
複数人の魔術師たちによって運ばれてきた魔力抽出液がゆっくりとガラス管に注がれていく。
「さて、この状態でクリスタルを元の状態、……瘴気に戻すとどうなるか……」
清貴の言葉に会議場は緊張に包まれた。すぐにでも逃げ出せるよう身構えている者も多数いる。
清貴がさまざまな文献を読み解いて知り得た聖女特有の能力とは、魔法によって性質を変化させた物体を”固定”するというものだった。
つまり、大地を豊かにする豊穣の祈りは、育成魔法をかけその状態を”固定”するもの。万病を治す奇跡の祈りは、回復魔法をかけた状態で”固定”し、つまり永続的にリジェネ効果を付与することで、病を治し続けるというものだったのだ。
ただ、残念ながら清貴はこの”固定化”の才能に優れているとは言い難かった。
神官アレス曰く、「神のお力を借りた奇跡は、その信仰心に比例する」ものらしく、信仰心とはいかに”疑わない”かが大きく関わるものらしい。つまり、清貴の性格を鑑みれば使用は絶望的だった。
だが、解除は出来る。得てして世の中に存在するものは、壊す方がよほど簡単だ。
清貴は指先に力を籠めると、”事象の固定化”を解除する。
瘴気のクリスタル化は、現代風に言うならばガスをドライアイス化した状態で”固定”しているものだった。
外殻が崩れるように溶けだしたクリスタルからゆっくりと白い瘴気が溢れ出す。
「……ご覧の通り、噴き出した瘴気はまず魔力抽出液に混ざりこんでいきます。
しかし、それが一定量を超えると、……混ざり切らなくなった瘴気がガラス管の底に沈殿する。
例えるならば、そう、……紅茶に砂糖をどんどん加えていくと、途中から混ざり切らなくなり、カップのそこにざらざらと溜まっていく、それと同じ状態です」
なるほど、と貴族たちも納得した様子で頷いた。
「その状態のまま、カップに砂糖を注ぎつづけたらどうなるか。
砂糖ならば、沈殿していくだけですみますが、瘴気はもともとは気体です。
気体は水の重さによって圧し潰され、ある程度までは圧縮された状態を保ちますが、これは安定してるとは言い難い。
ちょっとした振動、あるいは何も起こらずとも”どこかの時点で必ずバランスが崩壊”する。
そうして、水底に溜まった瘴気が一気に溢れ出す」
瘴気が十分に溜まった頃合いを見計らい、清貴はガラス管を拳で叩いた。
ほんの僅かな振動。だがその瞬間、水底に溜まった瘴気が揺らぎ、その一部が浮き上がってボコリっと爆ぜる。
ヒィっと方々で悲鳴があがった。
「落ち着いて下さい。この量の瘴気であれば危険はありません。しかし念のため、下段には降りないようにしてください。
瘴気は空気より重いため足元に溜まっていきます。
高地で寝泊りをしていた羊飼いが無事だった理由がそれです」
清貴がぐるりっと会議場を見回してから、再び口を開いた。
「これが、パチュミアン湖で繰り返されている悲劇の正体です」
会議場はしばし騒然となった。
顔を見合わせ早口でまくし立てる者もいれば、思考を整理しようと沈黙している者もいる。
最初に手をあげたのは有力貴族の男だった。
「原理は理解できました。ですが、それが何だと言うのでしょうか。今まで通り聖女様のお力で瘴気をクリスタルに変えてしまえば、なんの問題もないのでは?」
「大ありです」
清貴は即座に切って返した。
「まず、実質的な問題点についてお話しましょう。
現在まで大量の瘴気が聖女の力によってクリスタル化され、それはパチュミアン湖の水面に浮かんでいます。
そのサイズはこの城と同じくらいの大きさまで巨大化しているとか。
ここ数年、パチュミアン湖の周辺の気温が上昇し続けているのはご存じですか?」
問いを投げると、多くの者たちが頷いた。
「それは、巨大なクリスタルが太陽光を集めるレンズの働きをしており、それによって湖の温度があがっているからです。
この状況が続けばどうなるか。
湖の温度が上昇すれば、瘴気が溶け込むことの出来る許容量が減少します。
さらに、瘴気を硬化させたクリスタル自体も融解する可能性が出てきます。
もしあれほど巨大なクリスタルが崩壊し、湖に落下した場合、……瘴気はパチュミアン湖周辺だけでなくこの国全体を覆い尽くすことになるでしょう」
ひっと誰かが息を飲む音が聞こえた。
王都で暮らす者たちはパチュミアン湖の危険性を理解しつつ、自分たちにまで被害が及ぶとは想像していなかったに違いない。
「ですので”瘴気をクリスタル化する”という手法は将来的に、より大きな危機を招くことになりかねない」
貴族たちは怯えた顔で囁きあい、魔術師や学者たちは低く呻きながら頷いた。
「第二に、聖女召喚という外部の存在に頼るしかないというシステムの脆弱性です。
十年ほど前には召喚の儀式が失敗し、瘴気が溢れ出したこともあると聞いています。このような方法は解決策とは言い難い。
国家が主体となって恒久的に管理可能な方法を模索することこそ、真の解決策と言えるでしょう」
「聖女様の仰りたいことは理解できました。しかして、その恒久的な管理方法とはどういったものでしょうか?」
即座に反応を示したのは財務大臣で、さすがは金の匂いに嗅覚が鋭いようだった。
「もっとも簡単な方法は、物理的なガス抜きです。湖の底へ管を刺して瘴気を常時抜き続ける。
この方法を用いれば瘴気が人体に危険を及ぼす濃度になる前に放出することが可能です。
ただし、湖底まで届く長さと強度を兼ね備えた”管”をどのように調達するかは、今後の重大課題となります」
すぐに解決法がないと聞けば、あちこちで落胆の溜息が漏れる。
そんな中で手をあげたのは騎士団長を務めるいかにも無骨な男だった。
「聖女様のお役にたてるかは分かりませんが、……一つ思い当たることがございます。
数年前に、ココラド山に巣食う火竜の退治に向かった時のことでございました。見事、火竜を退治せしめたのは良いものの、その帰路にて山道が崩壊し、騎士団の一部が洞窟に転落してしまったのです。
内部には防具も溶かしてしまうような危険な瘴気がたまっており、それを排出しなければ後にも先にも進めないという有様。
しかし同行した学者の機転によって、退治した火竜の”腸”を使って瘴気を抜くことに成功したのでございます」
「なるほど!」
清貴は興奮して身を乗り出したが、別の学者が首を振った。
「しかし、火竜の腸はせいぜい20メートルほどしかありません。湖の底まではとうてい足るものではないでしょう。
繋ぎあわせれば長さを確保することは出来ますが、経年劣化の可能性は否めません」
「……火竜、……火竜の退治と言ったね。つまり火竜とやらは人や家畜を襲う、肉食性という認識で間違いないかい?」
「はい、その通りですが……」
「ふむふむ、なるほど。それじゃあ、草食性の竜というのも存在するのかな? 火竜と同じくらいの大きさの」
「それならば、王国北部にグランガラムという草食性のドラゴンが存在する。サイズも一般的な火竜の3倍以上だ」
即座に答えたのはナサニエル王子だった。
清貴は思わず手を叩く。
「素晴らしい! 草食の動物の腸は肉食動物よりも5倍~10倍以上の長さがある。消化中の発酵ガスを排出させるために筋肉層があつく伸縮性も高いんだ。これ以上ないほど、相応しい!」
「では!」と立ち上がったのは先ほどの騎士団長だ。「我ら白鳳騎士団がすぐにでもグランガラムを狩ってご覧にいれましょう!」
「グランガラムの討伐費用と、聖女召喚にかかる費用とでは、前者の方が安上りにすみますな」と財務大臣も頷いた。
「それじゃあ僕は一足先に現地へ向かって瘴気溜りの正確な位置を計測する。調査に協力してくれる者はいるか?」
清貴の声に、会議場にいた魔術師と学者はこぞって同行を申し出た。




