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事故調査ファイル_湖の魔瘴①

同タイトルの短編の連載版となります。

『事故調査ファイル①_湖の魔瘴』は短編版を加筆修正し、『事件ファイル②_死神の手』以降が完全新作となります。

 カーン、カーンっと岩を打ち鳴らす音がする。

 誰かが巨大な槌を振り上げ、幾度も、幾度も、降りおろす。

 そのたびに光が爆ぜ、飛び散る破片はまるで星屑のようだった。

 槌が降りおろされるたび、光は強くなっていく。

 息をするのさえ苦しいほどの、圧倒的な光の奔流に飲み込まれる――。


「――やったぞ! 聖女召喚が成功したぞ!!」

「聖女様、ようこそおいで下さいました、どうか我々を、……ぇ?」


 歓喜の声が戸惑いに代わるまでそうはかからなかった。

 それもその筈である。

 光輝く魔法陣の中心で呆然とした顔で座っているのは、――おっさんだった。

 くたびれた白衣、おしゃれさの欠片もない黒縁眼鏡。寝ぐせだらけの髪に三日は剃っていないであろう無精ひげ。

 まごう事なくおっさんである。


「ま、まさか、失敗したのか!?」

「いえ、魔導計測器によりますと、間違いなく彼女、いえ、彼は聖女としての資質を有しています」


 王族らしき美貌の青年に詰められた神官の男が慌てて被りを振る様子に、おっさん、こと火野清貴はずり落ちかけていた眼鏡をかけなおす。


「では、このおじさ、いや、この御方が間違いなく聖女様だと?」

「はい、数値上は間違いなく聖女様です」


 その場にいた全員の視線が困惑しながらも清貴に集まる。

 清貴はコキリっと首の骨を鳴らすと、気だるげにそっと手をあげた。


「あ~……、素人質問で恐縮ですが、資質としての数値に性別が左右されるか否かについて、今まで疑問視された事はなかったと言うことでしょうか?」

「は?」

「え?」


 戸惑って間抜けに口をあけた王族の青年と神官の男に、清貴はコキリっともう一度首を鳴らした。




 火野清貴、42歳。地球物理学を専門とする大学教授である彼は、意外にも現状を正しく理解していた。

 これはいわゆる『異世界召喚系』の中の『聖女召喚もの』に分類される事象なのだろう。

 なぜ清貴がそんな事を知っているかといえば、知識欲モンスターの悲しき性質によるものだ。知らないものは取り敢えずなんでも喰い漁る。目についた活字は新聞から電車の中のつり革広告にいたるまで取り敢えず読んでしまうのだ。

 当然のこと、SNSで何度も表示される漫画広告も目に入る。その中で幾度か見かけたパターンであると清貴は速やかに分析した。

 分析したが、……自分が聖女だという部分は、清貴の頭をもってしても「ちょっと意味が分からないですね」だった。

 完全に宇宙猫案件である。


「と、とりあえず、聖女様、こちらの御召し物をどうぞ」

「着替えなくちゃダメ?」


 取り敢えず聞いてみたが駄目なんだろうなとも思う。

 ここ数日、研究室で寝泊りをしていた清貴の服はお世辞にも清潔感があるとは言い難く、白衣はあちこちに染みがついている。

 しかし受け取った衣装はどう見ても『聖女様』をイメージしたものだった。

 現世でいうシスターっぽい服である。それもちょっと萌え要素入りの。


「……これって誰が用意したのか分からないけどかなり小柄な子を想定してるよね。その割にやたら胸部はゆとりがある。普通、召喚した相手の体格が未知数な場合は大き目の衣装を用意すべきところを、小柄で巨乳の女の子しか想定していなかったとか、聖女に夢見過ぎな童貞かな?」

「ぐはッ!!」


 吐血でもしそうな擬音を吐いて倒れたのは妙に見目のいい神官の青年だった。

 これがゲームなら『攻略対象』とやらの一人だろうが、いい年こいたおじさんからすれば青臭すぎるガキだった。


「取り敢えずおじさんがこれ着ると犯罪になりそうだから君の衣装を貸してくれる?」

「な、なぜ、そのような無体を!?」

「いや、驚くところじゃないでしょ。君の聖女様理想像が童貞過ぎた結果なんだから責任とってこっちを着なさいな」

「……仕方ない、アレス、聖女様にお前の衣装をお渡しして、君は用意した衣装を着るんだ」


 王族らしき青年の無慈悲な発言に神官アレスは分かりやすいほどに絶望した。


「っく、仕方ありません。これもまた神の試練、……」


 別に神様はそんな試練与えてはいないだろうと思ったが、あえて口には出さなかった。

 かくして神官衣装を身に着けた清貴は、改めて聖女召喚に関しての説明を受ける運びとなった。


「……はぁん、つまり話をまとめると、とある湖で定期的に発生する瘴気をクリスタルに封印するために聖女召喚を行っている、と」


 宇宙猫案件ではない。現場猫案件だったことが判明する。


「その通りです、聖女様。突然のことに戸惑っているとは存じ上げますが、是非ご協力を頂きたく……!」


 王族の青年はなぜかおじさんの手をぎゅっと握って顔面偏差値の高さをむやみやたらに振りまいてくる。

 神官アレスはシスター衣装で恥ずかしそうにくねくねしており、それ以外の者たちは表情が完全に死んでいた。

 清貴は情報を整理し終えると、「なるほど」と大きく頷いた。


「それじゃあ、現状把握(ブリーフィング)から始めよう。

 周辺地域の等高線入り地図、直近十年の気候ログ、それから……あぁ、人的被害だけでなく、家畜の全滅地点をプロットした分布図も用意してくれ。農作物の枯死状況もだ。

 各部門の専門家は後回しでいい。僕が今すぐ話したいのは、現場責任者と第一発見者、それから遺体を検分した奴の生の声だ」


 てきぱきと話をはじめる清貴に、皆が唖然とした顔になる。

 清貴は構うことなく急かすように手を叩いた。


 「急げ、災害は待ってくれないぞ! まずはタイムラインの組み立てを優先する」


 火野清貴。

 一見冴えないおじさんであるこの男は、別名「事故調の野良犬」の異名を持つ、災害現場のプロファイラーであった。





 事故調、こと、事故調査委員会とは。

 複数の要因が絡み合って発生した大規模事故、大規模災害を調査し、原因の究明、再発防止策を検討する機関である。

 委員会では初動調査のスピードを重視し、調査が必要と思われる案件が発生するとただちに調査員を派遣する。

 清貴は、特定のインシデントにおいて、国家から調査権限を委嘱される外部スペシャリストであった。

 たとえば雪崩を原因とした複数車両による玉突き事故が発生した場合、なぜ雪崩が防雪柵を乗り越えたのか、車両の損傷から雪崩発生当時の状況を推測する、などが役割となる。

 つまり清貴にとって、定期的に瘴気を発生させる湖は、『恒久的な対策がなされていない、放置された重大インシデント』であった。


「聖女様、こちらが現地の出来る限り詳細な地図になります。聖女様の言う等高線入りの地図、というのはございませんでした」

「分かった。それじゃあ現地に詳しい人間から聞き取りを実施する」


 王宮の一室、通常、予算の取り決めなどの話し合いに使われる会議室は、すっかり清貴のブリーフィングルームになっていた。

 テーブルには所せましと様々な資料が積み上げられ、慌ただしく人の出入りがある。


「聖女様、ここ十年の気候ログに関しまして、王宮内での資料はございませんでした。ですが、現地付近の教会の神父が毎日かかさずにつけている天候記録があると申し出てまいりました」


 分厚い記録帳を何冊も抱えてやってきたのは神官のアレスだ。

 なぜか未だに「これも神の試練」と悲痛な顔で語りながら、シスター衣装を身に着けている。そこそこに体格がいいものだから、全身ぱつぱつだし、スカートの裾からは逞しい生足がお目見えしている。

 だが年齢よりも幼い顔立ちと、輝かんばかりの金髪と長すぎる睫毛に縁どられた碧眼は文句なしの美貌で、かろうじて衣装とのバランスを保っている、……かもしれない。

 清貴は「きっと神官もストレスが多いのだろう」と見て見ぬふりを決め込んでいた。


「それじゃあ、記録をもとにしたヒストグラムを作成してくれ。特に、噴出時期と気温の相関が見たいから、可能なら散布図も頼む。

 それと、早朝に霧が出ていたか、風が止まっていたかの記録も拾い出しておいてくれ。空気の停滞を確認したい」

 

 清貴は一度言葉を切って思案する。


「神父なら日記に私見を書いてるはずだ。『湖の魚が浮いた』とか『鳥の鳴き声がしなくなった』とか、些細な違和感をすべて書き出せ。井戸水の水位や温度の変化、あるいは濁りについての記述がないかチェックしてくれ。地熱の影響を絞り込みたい」

「分かりました」


 王宮の貴族たちは清貴のやり方に懐疑的であったが、真っ先にその有用性に気付いたのは魔術師たちだった。

 彼らは未だ自分たちが解明出来ていない事象を分かりやすく噛み砕いて説明する清貴にいともあっさり傾倒した。

 魔術師たちもまた知識欲モンスターであり、彼らにとって新しい知識の匂いは極上のスイーツだったのだ。

 お陰で清貴は、知識欲旺盛な魔術師たちにすっかり懐かれ、テーブルの周囲には彼らが持ち込んだちょっとした休憩用のお茶やお茶菓子で溢れている。

 なによりも助かったのは、彼らが進んで清貴の研究を手伝いたいと名乗りをあげたことだった。

 実際には名乗りをあげたどころの騒ぎでなく、国中の魔術師という魔術師が押しかけてきた。

 その中から選りすぐった魔術師たち、……本来ならば、魔塔で教鞭をとるような魔術師が手足となって働いてくれているのだから、これほど頼もしいことはない。


「やぁ、僕の小鳥! そろそろ休憩にしないかい!?」


 バァンっとドアを開け、紅茶セットを片手に入ってきたのはヴェネンティカ王国、第一王子のナサニエルだった。

 緩くウェーブがかった白銀の髪にアイスブルーの瞳。白磁の肌は透き通るようで、まるで精巧に作られた人形のようだ。

 その無駄に高すぎる顔面偏差値を全開に、きらきら笑顔を振りまいて訪ねてくるナサニエルは、清貴にとって目下、一番の難題だった。


「お茶は助かるよ。そこに置いておいてくれ。君は回れ右して帰って欲しい」

「つれないじゃないか、僕の小鳥! 少し休んで僕と一緒に愛を囀るのは如何かな。君の愛らしい眉間に皺が寄ってるのは見てられないんだ」

「僕の顔に皺が寄ってるのは加齢のためか、君が邪魔をしにきて鬱陶しいと思っているかのどちらかだよ」


 清貴はいかにも煩わしい様子で溜息を吐くが、ナサニエルからしてみれば十分に注意をはらうべき存在だ。

 胸元を寛げた神官服から覗く鎖骨のラインは意外なほど鋭く、不摂生な生活が生んだ痩身は、王宮の華やかな男たちとは違う、枯れた男の危うさを醸しだしている。

 計算尺を操る指先はいかにも男らしく節くれ立っていたが、爪先は清潔に整えられていた。

 その長い指が、時折眼鏡のブリッジを押し上げる仕草を盗み見ている者の多い事と言ったら。


「相変わらず僕の小鳥は手厳しいな。……そうそう、僕の小鳥が喜びそうなお土産も持ってきたんだよ。はい、これがパチュミアン湖で歴代の聖女がクリスタル化させた瘴気だ。これがあれば、……」

「助かる」


 清貴はナサニエルの手から問答無用でクリスタルをぶんどった。

 清貴にとってこの王子の厄介なところは、ただの阿呆ではないところだ。

 必要な事をわきまえている。

 聖女に対して懐疑的な貴族を抑えるために、あえてブリーフィングルームから距離を取りつつ、必要があればやってくる。そうして何故か、「王子は聖女を口説くもの」だという強すぎる義務感を持っている。

 最後がひたすらに余計だった。


「なるほど、これが聖女のクリスタルか。予想通り、内部温度はかなり冷たい。魔法で無理やり結晶格子の形を保たせているが、内部の応力は安定してるとは言い難いな。……こいつが、湖の上に浮かんでるんだって?」

「ああ、その通りだよ、僕の小鳥。この城と同じくらいの巨大なクリスタルが湖面の上で輝いていてね。その美しさから遠方からわざわざ訪れる観光客もいるほどだ」

「……なんつった? この城と同じサイズだって?」

「そうだよ小鳥、この城と同じくらいのサイズのクリスタルだ」


 ナサニエルはにっこりと笑う。ただ瞳の奥は怜悧な色が宿っていた。彼は本能的に危険性を察知しているのだろう。

 清貴はつい先ほど魔術師によって書きあげられたヒストグラムに視線を走らせる。


「年々の気温上昇はクリスタルがレンズの役目を果たして圧縮された太陽光が湖面を温めているせいだな。水温が上がればガスの融解度は減少する。こら、思ったより不味い状況だぞ」


 壁一面に貼りだされた様々なグラフ、届けられたクリスタル。


「パチュミアン湖は切り立った断崖に囲まれたカルデラ湖、周辺地域は年間を通しての気温差が少なく温暖な気候。

 風は周囲の断崖によって防がれ、湖面はさざ波すらほとんどたたず、”鏡面のように美しい”とも言われている」


 清貴は書きだされた事象を一つ一つ読み上げていく。


「瘴気の噴出はかつては50年周期だったが、昨今では徐々に周期が早まってきている。

 10年前、聖女召喚に失敗し、瘴気が放出された際には周辺区域の村々が家畜を含め全滅、ただし、湖より高地に寝泊りをしていた羊飼いは生き残った。

 被害者は睡眠中に突然死したものが大半。肌の一部に熱傷のような痕跡が見られた者も存在する」


 それらが導き出した答えに清貴は唸るような声を漏らす。

 自然科学、あるいは地質学を齧ったことのあるものならば誰でも知っている有名な事象。

 定期的に瘴気を吐き出す湖は、ニオス湖のインシデントと酷似していた。

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