事故調査ファイル_災の共鳴②
「被災者の救助はほとんど完了しています。死者は200名以上、負傷者の三分の一は癒し手によって治療が完了いたしました」
現場責任者を尋ねた清貴は、状況報告を受けて頷いた。
この世界では癒し手とよばれる、いわゆる”回復魔法”の使い手が存在する。
それによって、医療技術は清貴のいた世界にくらべまだ未熟であるにも関わらず、外傷による死者の数は遥かに少ないという奇妙な状況になっていた。
しかし、癒し手が治せるのはあくまでも外傷に限ったものだ。
それに加えて、例えば傷口に石の欠片などが食い込んでいた場合には、事前に取り除く必要がある。
つまり外科的手術も必要とされる。
ここでまた奇妙な捻じれが発生する。癒し手の多い都市部ほど、外科の腕が悪くなるのだ。
それは、多少乱暴な手術であっても異物さえ取り除いてしまえば、あとは癒し手が回復するという状況によるものだった。
故に癒し手の少ない田舎町の外科医ほど腕が良い確率が高いのだ。
だが今回のように犠牲者の多い現場では、いくら手早く外科手術を済ませても癒し手が足りなくなっていく。
被災者のために解放された周辺施設では、傷口が開いたままの患者たちがあちこちで呻き声をあげていた。
「……せめて、トリアージと衛生管理は徹底しておくべきだな。
ゼノン、ヴェネンティカ王国名義で市場にある高純度の蒸留酒と石鹸、それから清浄なリネンを可能な限り買い叩け。
癒し手が傷を塞ぐ前に、中身を腐らせては『奇跡』の持ち腐れだ。泥だらけの傷口を魔法で密閉するのは、細菌に温床を与えるのと同義だからな」
「承知いたしました。あちこちの商会に貸しを作ってでも揃えてみせます。
幸い、清貴様の事故調査委員会の活動のおかげで、我が国の信用力は岩盤のように硬いですからね。
……はぁ、帰国後の報告書の厚さを想像するだけで、胃に穴が開きそうですよ。もう二つくらい開いてるかもしれません」
ゼノンは腹をさすりながらもすぐさま言葉に応じた。
清貴は改めて現場監督に向き直った。連日、働き詰めであるのか、頬はこけ目の下にはどす黒いくまが出来ている。
「もしかしてろくに寝ていないのか? 食事は? ちゃんととっているか?」
ふいの言葉に現場責任者は大きく目を見開く。その瞳が必死に閉じ込めていた感情で揺らいだ。
「だ、……大丈夫です。交代で、休憩を、で、ですが、人員が不足しておりまして……」
「そうか。大した手助けは出来ないが、何か差し入れをしよう。君、名前は?」
「マルティスと申します。聖女様にそのようにお気遣いを頂き光栄です」
「君は立派にやっているんだから当然だ、マルティス。……人員が足りないと言ったが、大崩壊に巻き込まれたのか?」
「い、……いえ、その、……ここ数か月前から、ずっと人手不足の状況が続いていたのです」
マルティスの言葉に清貴の、――事故調査員としての鼻はきな臭いものを感じ取った。
「数か月前から? 何があったんだ?」
「その、運営費用が縮小されたとのことで、造営局の集団解雇が行われたのです」
「運営費が不足していたということか? セレスティア派は潤沢な資金源を持っていると聞いているが」
「それは、あの、……その、……」
マルティスは怯えるように俯いて口ごもる。
清貴は低く唸るとゼノンへ視線を投げた。
「何か知っているか?」
「ああ、……ええ、まぁ存じ上げております。それはですね、大変言いにくいのですが、清貴様、あなたの存在によるものなのです」
「なんだって?」
あまりに予想外な言葉に清貴は眉をはねあげた。
「セレスティア派は、聖女様を信仰の主軸にしております。これまでの聖女様は、召喚された国での役目を終えた後は、このエクレシアの地で過ごす事が慣例となっておりました。
しかし、清貴様はパチュミアン湖の魔瘴を解決されたあと、ヴェネンティカ王都に『大陸事故調査委員会』を設置、そこに留まっておいでです。
これにより、セレスティア派の信徒達は、エクレシアではなくヴェネンティカ王国に巡礼に訪れる者が増加しました。
現に、ここ数か月のヴェネンティカ王国への訪問者は、昨年の同時期に比べ”二割以上増加”しております」
「つまり、……エクレシアの訪問者はその分だけ減った、という事か」
「それに加えて各国の献金先にも変化が生じております。すなわち、エクレシアの大聖堂ではなく、『大陸事故調査委員会』に対しての献金が増加している。
聖女派のエクレシアに対する『奉納金』は、事実上、ヴェネンティカ王国への『分担金』へと流れています」
清貴は低く唸った。
それは清貴としてみれば不可抗力であったが、自身の働きがエクレシアの地の食い扶持を奪っていたなど考えもしなかったのだ。
清貴が科学の光を掲げるたびに、聖地の石壁から黄金が剥がれ落ちていた。
「なるほど、……事故当日、大聖堂にあった複数の扉に閂がかけられており、脱出口が制限されていたと聞いたが……。これも人員削減が原因か?」
問いかけに対して、マルティスは恐縮しながらも小さく頷いた。
大聖堂には、正面の大扉以外に合計八の扉が存在していた。崩壊がはじまった直後、民衆は間近な扉に詰めかけたが、それらは固く閉ざされており開くことが出来なかった。
開かない扉へ殺到した民衆により、先頭にいた者達から押しつぶされ、圧死した者も多く存在したという。
たとえ圧死を免れたとしても、その後にあるのは大聖堂そのものの崩壊だ。
「は、はい。もともと八あった扉のうちの二つは、一か月前ほどから開けるのも閉めるのも困難なほど固くなっていました。
ですが、残りの六つの扉も警備兵も不足しておりまして、全ての扉を警備することが出来ない状況にありました。
そこで、扉を締めて閂を降ろすことで礼拝客は奥殿に入らないように取り図っていたのです。
崩落が始まった際に、即時、扉を開門するよう指示を出したのですが、……」
「何があったんだ?」
「そ、その、……鍵を持っていた当番者の神官が勤務から外れており……」
「なぜそんな事が起こったんだ?」
問いを重ねるとマルティスの顔は紙のように白くなっていく。
「は、はい、その、じ、人員の不足により、造営局の人員は勤務時間が大幅に超過しておりました。
そこで前日夜間まで仕事をしていたものは、その居残り分を翌日の勤務から差し引く、つまり多めに休憩をとるという運用が習慣化しておりまして。
事故当時も、鍵担当の神官もちょうど休憩時間に入っていたのです」
「そうか……」
清貴の頭にはハインリッヒの法則が思い浮かんでいた。
一つの重大インシデントの裏には、29件の軽微な事故があり、さらにその裏には300件のヒヤリハットが存在する。
鍵担当の不在は、本来ならばさしたる問題にはならなかった。”問題にならない事こそが癌だった”のだ。
些細な問題であるが故に、誰もがそれが惨劇をより加速することになるなど、想像もしなかった。
「鍵担当の不在は、本来なら誰にも気づかれない程度の小さな綻びに過ぎなかった。
だが、その綻びが重なった先に、開かない扉が待っていたという訳だ」
「はじめの頃は、おかしいと声をあげる者もいたんです」
マルティスは震えながらも声を絞り出した。
「この運用は危険なんじゃないか。勝手にルールを増やしていいのか。警備が足りないからといって、扉を締めればそれでいいのか。
ですが、そういう声をあげた者から、解雇の対象になっていきました。何故なら、彼らが主張することは、すべて金がかかるものだったからです。
そうやって真っ当に仕事をして来た、責任感のある者たちがどんどん消えていった。
やがて、誰も口を開かなくなりました。おかしいと思っても見てみないふりをする。点検中にひび割れを見つけても報告しない。どうせ、資金がないと言って無視されるのは分かり切っていました」
「大崩壊以前にも、ひび割れが発生していたのか?」
「はい。その通りです。少なくとも自分は、複数個所で石壁にこまかな亀裂が走っているのを発見しました。口頭での報告はしていませんが、日誌には全て残してあります」
「その日誌を見せて貰っても構わないか?」
「ええ、構いません。どうせ上層部は読んでもいないでしょう」
マルティスが懐からとり出した日誌は、几帳面な文字がびっしりと並んでいた。
だがそこにある筈の責任者印の欄はどれも空白になっている。
「この事故は、まだまだ根が深そうだな……」
それは長年、重大事故と関わってきた男による、極めて精度の高い予感だった。




