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事故調査ファイル_災の共鳴①

 聖都エクレシア。

 神話によれば、この地はかつて巨大な岩の塊に過ぎなかったという。

 最初の神が『金の槌』で岩を叩き、その『響き』で地を割り、地下に水の道を通した。その伝承ゆえ、エクレシアの人々は響きを絶やすことを恐れ、街中に無数の鐘を配した。


 中でも、セレスティア派の大聖堂の聖鐘『小さき乙女の祈り』は、その名に似合わぬ怪物であった。

 直径7メートル、二階建ての家屋ほどもある巨大な鋳鉄の塊。

 その過剰なまでの荘厳さこそが、セレスティア派の権威そのものだった。


 だが今、その威光は無残な鉄の礫と化している。

 『小さき乙女の祈り』は聖堂の床を粉砕し、地下三階にわたる貯蔵庫までをも貫通。

 積み重なった石材と血にまみれた瓦礫の底に、沈黙して居座っていた。


 折しもその日は、断食明けを祝う「明星」の祭り。

 数千の信徒たちが鼓を打ち鳴らして謳い、踊り、押し寄せた瞬間、――大聖堂は崩落した。

 いまだ正確な死傷者数すら把握できていない、さながら戦地のようなありさま。

 火野清貴が到着した時、現場にはまだ崩れ落ちた瓦礫が残されたままだった。






「申し訳ございません、聖女様。まさか、このような事が起きようとは……」


 清貴が案内された先は、高い岩壁の中層をくり抜いて作られた、外賓用の客室であった。

 岩肌に突き出したテラスは崩落した大聖堂を一望出来る場所であり、数日前であれば確かにそこは最高級の迎賓室であったのだろう。

 壁には絢爛豪華な金箔がはられ、神話を刻み込んだタペストリーが飾られている。

 窓際には、現世でいうなれば風鈴のように小さな鐘がいくつも吊り下げられており、それは砂漠を渡る暑い風に時折乾いた音を響かせていた。


「被害者の救出作業は?」


 清貴の問いかけに案内役の神官長は目を伏せる。


「夜を徹して行っております。聖都の癒し手も全て集めて治療を行っております」

「そうか。我々のもてなしは二の次で構わない。救出活動に専念してくれ」

「聖女様のお心遣いに心より感謝申し上げます」

「それよりも、私にも可能な事で協力をしたい。事故調査の聞き込みを行っても構わないだろうか?」


 清貴の問いかけに神官長の頬がヒクリっと神経質に動いた。

 僅かな動き。だが好意的な反応ではなかった。

 空気が凍りつくよりはやく、一歩進み出たのはシスター衣装のアレスだった。


「……聖女様は、被災者の皆さまの慰問を行いたいと仰っております」

「ああ、……なるほど、そういう事で御座いましたか」


 その一言に神官長は相好を崩す。


「聖女様の警護は私、第七執行官アレスが責任を持って行います。神官長様はどうかお気遣いなきよう」

「かしこまりました。くれぐれも現場には近づき過ぎないようにお願いいたします。源流派の連中がまだ潜んでいるやもしれません」

「あー、……素人質問で恐縮だが、……源流派、というのは?」


 清貴が小さく手をあげる。神官長は眉間に深くしわを刻むと、口を開いた。


「古き言い伝えに縋りつく連中の事で御座います。こたびの惨劇も源流派による破壊工作ではないかとの噂もございます」

「なるほど」


 全く分からん、と思ったが神官長の口から聞き出すのは無駄足になりそうな予感がした。

 さも納得した顔で頷くと、神官長は恭しく頭を下げて静かに部屋から出ていった。

 清貴が改めてアレスに振り返ると、アレスは頭を垂れる。


「差し出がましい事をいたしました」

「ああ、さっきの”慰問”の言い換えの話か? いや、目的が果たせればそれでいいが、……あー、その、何だ」


 清貴は言葉に詰まる。有体に言えば空気が悪かった。

 大事故が起こった直後であれば当然の事だが、それ以上に奇妙なよそよそしさが突き刺さる。


「その件に関しては私から説明した方がいいかもしれませんね」


 大量の資料を詰め込んだ鞄をいくつも肩から下げてゼノンが部屋に入ってきた。

 その足元には彼の愛犬であるセルジュがまとわりついており、よく転ばずに歩けるものだと感心する。


「私から説明差し上げてよろしいでしょうか?」


 ゼノンは鞄を部屋の隅に降ろすとアレスに向かって問いかける。

 アレスは何とも言えない曖昧な笑みを浮かべながら頷いた。

 清貴も頷くと、ゼノンとアレスとともに、テラスに置かれた席に腰を降ろした。


 エクレシアは砂漠を切り裂くような大地の亀裂に作られた街だ。

 街は断崖絶壁に囲まれ、巨石の合間を抜けていく風は王都にくらべ随分と暑い。

 用意された水挿しは氷の魔道具で冷やされ、中には檸檬に似た果実が浮いている。

 その器も外気温との差で結露し、水滴を滴らせていた。

 足元にやってきたセルジュも暑さに参っているのかべったりと床に広がっており、モップのような毛並みがますますモップじみている。


「この地においてもっとも勢力が大きな宗教、――正教、とされるのが聖ペトラーダ教です。

 多くの国家が聖ペトラーダ教を国教として定め、信仰しております。ここ、エクレシアはその聖ペトラーダ教の聖地です」

「ああ、そこまでは把握している」


 清貴は頷いた。

 今回、清貴が聖都エクレシアを尋ねる事となったのは、聖女として聖都の祭典に参加することになったからだ。

 そうして、海を渡って遠路はるばる訪れたわけだが、――その矢先のこの大事故である。


「聖ペトラーダ教はとても古く、信者も多い。その長い歴史において様々な宗派が登場しました。

 そして今、もっとも大きな勢力を持っているのが、”聖女派”と呼ばれるセレスティア派です」

「聖女派?」

「そうです。セレスティア派は聖女召喚を行い、各国の窮地を救うことによって莫大な資金と信仰心を集めてきました」

「……なるほど」


 清貴は思わずアレスの顔を伺った。ゼノンの言葉は清貴にとって明解だが、信徒であるアレスにはいささか毒だ。

 しかしアレスは微かに笑うばかりで、否定も肯定もしなかった。


「聖女派というのは、召喚された聖女様は神の代弁者である、という教義を持っています。……”表向き”には」

「表向きには?」

「はい、そうです。表向きには。

 しかし、清貴様自身がそうであるように、聖女様は必ずしも聖ペトラーダ教の信徒という訳ではありません。

 そのままでは教義に反するお言葉を口にしてしまう可能性もある。

 そこで、セレスティア派は聖女召喚を行った後、聖女様に”この世界においての正しさ”を学んで頂きます」


 清貴は口をへの字に曲げた。

 宗教と科学の対立は、清貴のいた世界でも果てしなく根深い問題だった。

 セレスティア派の説く”正しさ”が清貴の思想と相反したであろうことは想像に難くない。


「しかし、……清貴様は教育が行われる前にパチュミアン湖の魔瘴を解決し、事故調査委員会を設立してしまった」

「セレスティア派からしてみれば、便利な駒どころか教義を脅かしかねない危険分子という訳か」

「しかし清貴様にはナサニエル王子という強力な後ろ盾がついており、……執行官アレス殿もあなた様の行動を黙認という形で付き従っています」

「形式として聖都に招きはしたが、余計な事はしてくれるな、と」

「そういう事になるでしょう」

「源流派、というのは聖ペトラーダ教の宗派の中の一つ、という解釈で間違いないか?」

「さようでございます。彼らの教義をおおざっぱに言えば”聖女はただの人間であり神の代弁者ではない”というものですね」

「ふむ、その通りだな」


 清貴は納得して頷いた。

 だが勿論、大人しく指を咥えて見ているつもりはない。


「事情は概ね理解した。それじゃあ早速、……”慰問”に出かけるとしよう」






 セレスティア派の大聖堂を襲った悲劇。

 それは巨大な鐘の落下により床が抜け落ち、建物全体が崩壊したという連鎖的な事故であった。

 聞き取りをもとに事故を時系列で並べると、以下の流れであったという。


 その日、エクレシアは「大篭り」と呼ばれる断食の明けの日であった。

 「明星祭」と呼ばれるこの日は、セレスティア派の多くの信者たちが歌い、踊り、行進しながら大聖堂へ詰めかける。

 大聖堂では、「大篭り」の明けを告げるために、巨大な鐘が打ち鳴らされる習わしとなっていた。


 当然、こたびの「明星祭」においても、巨大な鐘が朝から幾度も打ち鳴らされた。

 大通りを歌い、踊り行進していた信者たちは気が付かなかったが、異変は朝の時点から現われていたと言う。

 

 大聖堂の近隣に住む者たちは、奇妙な震動と不穏な耳鳴りを感じていた。

 また、鐘が鳴り響くたびに食器や棚が揺れたという報告も届いている。


 セレスティア派の神官たちもまた、この異変に気付いていた。

 大聖堂がいつになく震動している、と感じていたのである。

 しかし彼らはそれが致命的な事故の予兆だとは思わなかった。


 理由は複数存在する。

 一つは、聖ペトラーダ教の教義そのものにある。


『この地はかつて巨大な岩の塊に過ぎなかった。

 最初の神が”金の槌”で岩を叩き、その”響き”で地を割り、地下に水の道を通した』


 それが最も古い、教義の根底となる伝承だ。

 つまり聖ペトラーダ教にとって”響き”とは神託に等しいものであった。

 大聖堂全体が異常な震動を繰り返す間も、彼らはそれが祈りに応えた”神の声”であると信じていたのだ。


 正午。

 多くの信者たちが大聖堂に入場し、その祈りの声が最高潮に達したその瞬間、――悲劇は起こった。

 突如として鐘を支えていた天井が崩壊。

 落下した鐘は、大聖堂の荷重を支えていた地下のアーチ構造を次々に貫通した。

 だがそれは始まりに過ぎなかった。


 支えを失った外壁は、内側へ向かって雪崩を打つように自重で崩れ落ちたのだ

 身動きが取れないほど集まった信者たち。そこに降り注ぐ数トンにもなる石の塊。

 悲鳴をあげて逃げ出そうとした人が人を圧し潰し、踏みつぶし、あるいは石に潰され、崩壊した地下に落下し、大聖堂は地獄と化した。


 後に「落涙の祝祭日」と呼ばれたこの大事故が、清貴にとっての新たな重大インシデントであった。

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