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事故調査ファイル_死神の手⑦

 長く雪に閉ざされるスウェンディラの王城はどっしりとかまえた石造りの構造をしており、城というよりは豪奢な砦のようでもあった。

 高い天井には一面に絵画が描かれている。光を多く取り込むよう窓は高く、壁は白を基調としており、いたるところにクリスタルが飾られていた。

 一際目をひくのは氷の結晶のような巨大なシャンデリアだ。

 足元は磨き上げられた寄木細工で作られており、大理石とはまた違った心地よい靴音が反響する。


「聖女様、こたびの件、よくぞ解決して下さいました。貴方の導きがなければ、我が国は目に見えぬ死神に怯え続ける事になっていたであろう。スウェンディラは貴方に対し、返しようのない恩義を負うこととなったな」


 清貴の功績を称えるダミアン三世はその瞳に聡明さと、奥に潜む好奇心の輝きがシグリと同じ色を宿していた。

 用意された晩餐会は、清貴が気兼ねなく楽しめるよう、貴族たちの招待も最低限に抑えてあり、並べられた料理もその一つ一つが心尽くしの品である事が窺える。

 ニシンの塩漬けやスモークサーモンは清貴の舌を楽しませ、ザリガニにはいささか苦労したものの、食べてみればなかなかの美味だった。メインディッシュはヘラジカやトナカイのジビエ料理で、コケモモやベリーなどを用いた甘酸っぱいソースがかけられている。


「清貴様、晩餐会は楽しまれていらっしゃいますか?」


 聞きなれた声に振り返ると、そこにいたのはドレス姿のシグリだった。

 緑のレースを重ね合わせてつくられた衣装はまるで妖精のようであり、彼女の少女と少年の境を彷徨うような繊細な美しさを引き立てている。

 陶器のような白い肌に、唇には鮮やかな紅が引かれ、それは雪解けの野に咲く花のようだ。


「これは、……シグリ様、……随分と、その……」

「見違えましたか?」

「いや、ああ、……はい、その、驚きました」


 清貴は口ごもりながら、結局は正直に頷いた。

 シグリは鈴を転がすように笑い声を響かせると、デザートのメレンゲ菓子に手を伸ばす。


「明日にはお帰りになるとお聞きいたしました。もう少しゆっくりしていかれれば宜しいのに」

「それはそうだが、……僕はどうも、休むというのが苦手でね。常に何かをしていた方が落ち着くんだ」

「残念ですわ。あなたの知識を聞きながら、この国の名所を案内したかったのに。あなたの持つ沢山の知識は本当に素晴らしいわ」

「――その知識は、誰かの墓標なのです」


 ふと声を落とした清貴に、シグリはゆっくりと目を瞬かせた。


「墓標?」

「ええ、そうです。我らを救った知識は、過去に誰かの命が奪われたことによって得られた知識。その積み重ねなのです」

「だから、墓標だと」

「はい、そうです。一つの知識を得るために、多くの命が失われてきた。だから僕は、その知識を一つとして無駄にしたくない。

 それは、……誰かの墓を踏み荒らすのと同じことです」

「……それが、貴方が急いで国に戻る理由なのね」

「僕が救える範囲は、限られていますけどね」

「そう、では引き留める訳にはいかないわね。私も、誰かの墓を踏み荒らしたくはないもの」


 シグリは目を伏せ、恥じ入るように曖昧に笑う。


「貴女は、立派な王になられますよ。ああ、いや、貴女が王位を継ぐかどうかは分からないが、その、何というか……」


 上手く言葉が見つからず、清貴は思わず低く唸る。

 調査員としての弁論であればいくらでも話す事は容易いが、一人の人間として向き合う言葉は難しい。


「貴女は、……正しい力の使い方を知っている。恐れず立ち向かうことを選びとる。その姿勢こそが、知識を繋いでいくのです」


 シグリは俯いたまま清貴の言葉を反芻する。

 そうして幾度か繰り返したあと、顔をあげて微笑んだ。


「ええ、清貴。私は正しく力を使う。そのために、学び続けるわ」

「最高の答えだ」


 清貴も満面の笑みで頷いた。






 翌朝、スウェンディラの港では、ハンクや水夫たちからの盛大な見送りを受け旅立つ船の姿があった。

 ゆっくりと遠ざかる岸辺には、祝砲のかわりに外輪船が水面を勢いよく攪拌し、腹の底から突き上げるような力強いよいリズムを響かせている。

 甲板で手を振っていた清貴は、彼らの姿が米粒ほどに遠ざかると冷たい潮風から逃れるように、客室の中へ入っていった。


「ん、なんだこれは?」


 客室には昨日まではなかった筈の木箱が積み上げられている。


「国王からの贈り物です。シグリ様の発案にて選択されたとお伺いいたしました」


 アレスの声に頷きながら、さっそく木箱を開封した清貴は、その中身に飛び上がって歓喜した。

 スウェンディラの鉄鋼技術の粋を集めた、歪みのない鋼で作られた数々の計測器。

 それらはこの世界に来てからというもの、清貴が喉から手が出そうなほど求めていたものだった。


「……この震動感知器の針の挙動は実に素晴らしい。いや、この傾斜観測計の軸受けの精度も大したものだ。これなら、船底が砂を噛む音すら可視化できる」


 次から次へと、まるで新しい玩具を手に入れた子供のように、清貴は目を輝かせる。


「聖女様、夢中になるのは結構ですが、……向かい側で灰になっている男はどうにかなりませんか?」


 アレスが指差した先には、豪華な装飾の施された「スウェンディラ国王名義」の封筒を握りしめたまま、魂が抜けた顔で座り込むゼノンの姿があった。


「……専属。……『事故調査委員会・技術補佐官』。……任期、無期限。……しかも、スウェンディラから他国への『出向扱い』。……つまり、給料は据え置きで地獄の出張が永遠に続く……」


 連日の徹夜に続いての急な出向命令に、ゼノンはまさに燃え尽きていた。


「まぁその、何だ。異動なんてものは、組織という歯車におけるただの潤滑油のようなものだ。良かったじゃないか。家族の同伴も許されて」


 同情しながらも、現世において出向が日常茶飯事だった清貴の言葉はいかにも軽い。

 うなだれたゼノンの腕の中には、彼の唯一の家族である、まるでモップのように巨大な、――コモンドールによく似た犬が嬉しそうに呼気を散らしていた。

 その瞳は窓の外の海鳥にすっかり夢中になっており、主人の不幸などまるでどこ吹く風だった。


「よくないですよッ!! セルジュは繊細なんです! お肉だって新鮮なものじゃないと食べないし、お水にも拘りがあるんです! ああ、可哀そうなセルジュ! 私が国家の奴隷であるが故にお前までこんな不幸に巻き込んでしまった!」


 嘆くゼノンの顔を、セルジュは大きな舌でべろりと舐め上げる。


「セルジュは文句はないようだぞ?」


 笑う清貴に、ゼノンの恨み言は止まらない。

 船は死神の手をすり抜けて、波間を切って進んでいく。

 空はどこまでも晴れ渡り、大海原の境界線も青の彼方へと溶けていた。








ここまで読んで下さりありがとうございました。

『死神の手』編は如何でしたか? 面白かったという方は、高評価を頂けますと大変励みになります。

デッドウォーターは実際に寒い地方などで発生する、自然現象です。現在では船のエンジンが高出力になりほとんど影響を受けることはなくなりましたが、南極探査船などではノウハウを活かした構造にしているそうです。


明日からは新たな事件『災の共鳴』編をお届けいたします。

聖ペトラーダ教の聖地エストリアにたどり着いた清貴たち。

そこで待っていたは祝祭の最中に突如として崩壊した大聖堂という重大インシデントだった。

果たしてなぜ大聖堂は崩壊してしまったのか。清貴は事故調査委員会として、そして聖女として、事故の原因解明に乗り出していく――。

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