第9話 デートのお誘い......?
シンシアが案内した宿屋は普通の安宿だった。とりあえず三部屋取ると、各々は部屋に入った。
俺は同室のエルドに訊ねる。
「ヘンリーさんの言ってた、魔獣についての仮説、どう思います?」
「どうって、分からん。本人も仮説どまりって言ってたしな」
エルドはベッドに座り込むと、腕を組んで考え始める。
「ただそんな魔獣が自然発生するとは考えられんし、裏で何者かが糸を引いているのかもな」
「それもそれでなんのためにって疑問がありますけどね」
しばし沈黙が流れる。その沈黙は扉をノックする音で破られた。
「はーい」
そう言って部屋を開けると、シンシアが立っていた。後ろにクレアとゴルドーも立っている。
「晩御飯を食べに行くよ。シキモリ君のオテント加入祝い次いでだね」
「え、いいんですか?」
「悪いことないでしょ。私の奢りだから、好きなの食べな!」
シンシアが俺の腕を引っ張って部屋の外に連れ出す。宿を出たタイミングで、冒険者らしき格好の集団が駆け抜けていった。
「なにかあったんですかね?」
「魔力探知に異常はないぞ、この街のどこにも。大方、夜警で小銭稼ごうってんじゃないか?」
ゴルドーが走り去る冒険者集団の背中を冷ややかに見送る。かなりきつい物言いに俺は曖昧に頷くことしかできない。
通りは薄暗く、昼間の賑やかさが噓のようである。あんな事件が起きた後で賑わうほうがおかしいだろう。
「冒険者ギルドでご飯食べられるから。歩いて五分もかかんないんじゃないかな」
シンシアが言う。事実、五分ちょっとで大きな煉瓦造りの建物に到着した。扉を開けると、ギルドはかなり繫盛しているようで、耳が痛くなるほどの騒ぎだった。何人もの冒険者がジョッキを合わせてどんちゃん騒ぎをしている。
「想像してたまんまのギルドですね」
「へえ、君の元居た世界にもギルドがあったの?」
「現実には無いです。創作物の中だけですね」
俺の答えにシンシアは肩をすくめると、空いているテーブル席に座る。俺やエルド達も同じようにする。ウェイターたちが慌ただしく料理やドリンクを運ぶのを横目に見ながら、俺はメニュー表に手を伸ばす。『鶏の照り焼き』というド直球な料理が目に飛び込んでくる。
「鶏の照り焼きで」
「え、そんな安いのでいいの?気遣ってる?」
シンシアが目を丸くする。
「いや、なじみのある料理なんで」
メニュー表をシンシアに渡す。オテントのメンバーもそれぞれ頼む料理を決めると、シンシアが代表してウェイターに注文を伝えた。
十分ほど経ってから、料理が運ばれてきた。鶏の照り焼きは、そのまんま照り焼きで、逆に新鮮に感じてしまう。一口食べても普通の照り焼きである。
「美味い。照り焼きって感じだ」
カスみたいな感想を呟きながら、俺はシンシアたちが注文した料理を見てみる。よくわからない炒め物、よくわからないスープなど、こちらの世界の特色が色濃く出ている料理ばかりだ。
何もわからない。こちらの世界の特色ってなんだ?家に帰って母親の作るハンバーグが食べたい。
なんで俺がこんな目に合わなければならないのだろう。ほかのクラスのやつはこっちに転移してきているのだろうか。今頃、高校は俺たちの失踪の一報を受けててんやわんやだろう。
照り焼きを食べたせいか、グッと心が現実に引き戻される。どうせこれも夢なのだろう。この後眠って起きたらバスの中で、既にホテルに着いているんだろう。
「どうした?暗い顔してるな」
エルドが心配そうに声をかけてくれる。クレアも心配そうな表情でこちらを見ている。ゴルドーも一応こちらを見ているが、興味なさそうだ。シンシアはこちらに目もくれないで、料理にがっついている。
「すいません、色々考えちゃって」
「謝ることないよ。君ぐらいの歳の子に悩みはつきものだろうしね」
クレアが優しい声色で言う。女神か、この人。バスで会ったあいつよりよっぽど神聖だ。
「俺たち大人がいるんだから、どんどん頼れよな」
エルドが笑いながら自身の胸を叩く。今日会ったばかりの、見ず知らずの子供をパーティに迎え入れ、優しく寄り添ってくれる大人たち。ゴルドーも怖いところはあるが、俺のことを受け入れてくれているように感じる。シンシアは言わずもがなである。
「───はい!」
「どした?いい返事して」
シンシアが口をもごつかせながら訊ねてくる。
「口に物入れてしゃべるなよ、きったねぇな」
ゴルドーが顔をしかめて言う。その遠慮のない物言いにシンシアがブチギレる。
「ずっと思ってたけど、言いすぎじゃない!? 私女なんですけど? 傷つくんですけど!」
「私だって女だバーカ! てめぇが傷ついたって知ったこっちゃねぇわ! マナーの問題なんだよ!」
シンシアとゴルドーが大喧嘩を始める。それを見た周りの冒険者達がガンガン囃し立てる。エルドとクレアはため息をつくだけで止めるそぶりも見せない。おそらく日常茶飯事なのだろう。
「あの、ギルドを色々見て回ってもいいですか?」
「ん?依頼でも見に行くのか。俺たちはこの街のギルドには登録してないから依頼は受けられないぞ」
「へぇ、街ごとに登録が必要なんですね」
「そうだ、登録せずに依頼を受けると罰せられる場合があるからな」
「あの時、ゴブリンの群れをぶっ飛ばしたのは大丈夫なんですか?」
「緊急だったからな。仕方ないさ。帰る時にまた呼ぶからな」
「はい、ありがとうございます」
俺はエルドに礼を言うと席を立ち、紙がいっぱい貼ってある掲示板のところへ向かった。
『薬草採取』
『サラマンダーの捕獲』
『荷馬車の護衛』
ファンタジックな依頼が所狭しと貼られている。いざ目にすると、どれも魅力的に感じる。
「依頼受けるんですか?」
聞き覚えのある声が耳に入ってくる。耳が痛くなるほどの喧騒の中でもその声ははっきりと聞こえた。振り向くと、ベスがこちらを見て微笑んでいる。
「図書館ぶりだね」
「こんなに早く再会するなんて、思ってなかった」
「ふーん、運命ってやつなのかな?」
ベスがいたずらっぽい笑みを魅せる。不覚にも心臓が高鳴る。
「シキモリ君、今暇?実はさ、一緒に行きたいところがあって」
「行きたいところ?でも───」
俺はエルドたちの方を見る。エルドと目が合う。クレアもその陰からニヤニヤしながらこちらを見ている。エルドが片眉をクイッと上げる。
「許可は出たみたいだね」
ベスが俺の手を握って走り出す。扉を開けて暗くなった街を走る。よもや知らない世界で甘酸っぱい青春を経験することになるとは。
「どこに?」
「星降りの山ってところ」
ベスが息を切らせながら答える。観光名所のようなものなのか、それとも知る人ぞ知る的な場所なのだろうか。
「全然星出てないけど───っていうか脚速くないか⁉」
ベスが手を引いて走っているが、あまりに速すぎて俺は浮遊スキルを発動させてこけないようにしていた。
「そんなことないよ」
ベスは前方を見据えて一言つぶやく。五分程、通りをそして山道を走ったのち、星降りの山に到着した。と言っても夜空には一つ瞬いていない。
「───星、見えないね」
「そりゃあ、星降りの山なんてないもん」
ベスが懐からナイフを取り出して俺の喉元に突きつける。
「昼に発生した魔獣襲撃事件について話がある。これはアブロッサム議会に許可を得ての行為だ」
ベスの瞳は驚くほどに冷たかった。美人局の類ではなさそうだが───返答を間違えれば星にされるかもしれない。
「───なんでも話すよ」




