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第8話 人か人モドキ

「誰ですか、それ」


 ヘレナの口から出たヘンリーという、おそらく男であろう名に対して聞いた俺の質問にシンシアが答える。

「私の友達。魔獣についてなら何でも知ってた。七年たった今なら、もっとすごいことになってるかも」

「ただかなり変人だからな。あんまりうっとうしかったら殴って構わん」


 ヘレナが口を挟む。相変わらず物騒な物言いだが、本人はいたって真剣なようだ。

「あいつはずっとラボにこもって研究してる。案内してやるよ」


 ヘレナが扉に向かって歩き出す。俺はシンシア達と顔を見合わせると、席を立ち、ヘレナの後を追った。





 通りを歩く最中、何度も憲兵とすれ違った。白衣を着た集団も慌ただしく駆けている。あの二体の魔獣による被害と混乱はいまだ影響を及ぼしているようだ。街ゆく人々も心なしか沈んだ顔をしている。

「こんな大事になるのは初めてだ。前にも街に魔獣が出現したときがあったんだが、あれは憲兵だけで対応できたからな」


 ヘレナが思い出したように言う。そりゃあ、あのレベルの魔獣が頻繫に出現していたら困るだろう。さっさとこの事件を解決して、元の世界に戻る術を見つけなければ。この事件で何かヒントを得られれば万々歳なのだが。

「着いた。この薄汚い一軒家がヘンリーのラボだ」


 ヘレナがそういうなり扉を強く蹴る。

「おいヘンリー!」

「蹴るのはちと失礼じゃねえか?」


 エルドが眉をひそめて諫めるが、ヘレナは何でもないことのように言う。

「没頭癖があってな。こうでもしないと降りてこないんだよ」


 その言葉と同時にドタドタと扉の向こうで大きな音がし、扉が勢い良く開く。

「ヘレナ!君も魔獣の分析結果を見に来たのかい!?」


 ロン毛で目の下に黒いクマのある男がヘレナの肩に縋りつくように迫る。

「ちげぇし、歯ァ磨けよくそったれ」


 ヘレナの暴言には目もくれず、その男は後ろであっけにとられている俺たちの方を見る。

「君たちも気になるだろう?ぜひとも上がっていきなよ!」


 あまりの目力に思わずうなずいてしまった。いつの間にかヘレナは消えていた。あの人もシンシア並みの手練れなのではなかろうか、という疑問を持ちながら俺たちはヘンリーのラボに足を踏み入れた。

 ラボの中は想像よりもずっと小奇麗にしてあった。床に本がいくらか散らばっているが、大半は本棚に収まっており、何らかの実験道具と思しき器具類も流し台に整然と並べられている。

 ただその景色に不釣り合いなほどにグロテスクな肉の塊がそのまま机に置いてある。先ほどの魔獣の肉だろう。憲兵か何かがサンプルとして持ってきたのだろうか。

「あれ、魔獣の肉ですか?腐った匂いはしないですけど......」

「流石に消臭魔法をかけたよ。あの匂いじゃ分析どころじゃなかったからね」


 ヘンリーが苦笑いしながら言う。

「あ、ヘンリー、久しぶり」


 落ち着かない様子でシンシアがヘンリーに声をかける。

「ん?シンシアか。ずいぶん久しぶりだな。ご家族に謝ったか?さて魔獣の分析結果なんだが」


 ヘンリーはシンシアとの再会に特別な感情を見せることなく、魔獣の肉の傍に立ちこちらに手招きする。

「そのまま伝えると、この魔獣は人間、あるいは人間を基準に作られた何かを核として造られたものかもしれない」

「は?人間を?気色悪ッ!」


 ゴルドーが顔をしかめる。エルドとクレアも同様の表情を見せる。人をベースに造られた魔獣と聞いて良くなる気分などこれっぽちもないだろう。

「なんでわかったの?」

「なんでって、肉を解剖したら人の手が出てきたから。そっちも解剖済みだよ。だから信憑性はある」


 ヘンリーがケロッとした顔で言い放ち、トレーに乗せてある真っ白な腕を見せる。

「うげ、ほんとに人の腕じゃないですか───人モドキの可能性もあるのか」


 これが肌色だったら胃の中のものを全部吐いていたかもしれない。真っ白なおかげで、どこか偽物のように脳が判断してくれているのだろう。

「そもそも魔獣って造れるんですか?そんな技法聞いたことありませんよ」


 ヘンリーの分析にクレアが異を唱える。

「ま、あくまで仮説だよ。この腕は肉に埋もれていたのを無理やり引きはがしたんじゃなくて、何本かの神経で繋がっていたのを切断して取り出したものだから」

「神経で───この肉が腕の部位だとするなら、人間を基準に造られた魔獣である可能性は高いですね。独立した機能を持った腕が神経を介して肉体を動かしているんじゃ?」


 何を言っているんだかさっぱりだ。あの魔獣を動かすのに人間が一人いるってだけの話なのか?この小難しい話をクレアはあくび交じりにやっている。脳の出来が根本から違うのだろうか。

 こういう時、全知スキルを持ったメガネの力が欲しくなる。俺を無能と罵ったことは忘れていないが、彼のスキルは今確実に必要とされている。主に俺にだが。

「何か思い当たる節が?ずいぶん考え込んでるみたいだけど」

「え、いや、友達のこと考えてた。何でも分かっちゃうすごいやつで。あんまり気の合うやつじゃないけど......」


 ヘンリーが顔を覗き込んでくる。その近さに後ずさりしながら声を上げる。

「何でも分かっちゃうのか、つまらない人だね」


 ヘンリーはそれだけ言うと、肉の塊にかぶりついた。

「な、なにやってんですか!」

「んん、食べたことのない味。紙みたいな食感だ」


 この人、頭おかしい。ナチュラルにこういうことをする人なんだろう。ファッションキチガイにこの狂気は生み出せないだろう。

「それで何が分かるんです?」

「なにも。僕の趣味だよ」

「昔っからだよねー、魔獣の肉を食べるの」


 シンシアが呆れながら肉の塊をつつく。ヘンリーはしっかりと咀嚼し、部屋の隅にある桶を持ってきて、ぶちまけた。

「吐くんだ」


 当たり前のことを頓狂な声で言ってしまう。そこまでやるなら飲み込んでほしかったが、無理は言えない。

「今のところ仮説どまりだし、何か進展があったら伝えるよ」


 ヘンリーはそう言い残して隣の部屋に行ってしまった。そんな訳でヘンリーのラボを後にした俺たちは、これからどうするかを話し合うことになった。

「議会もちんたら動かないだろうし、明日か明後日にはお触れが出ると思う。今日は当面警戒態勢を敷くんじゃないかな」


 シンシアが言う。

「そもそも魔獣を倒したのはシンシアさんだし、聴取とか行かなくて大丈夫なんですか?」

「あぁ───いいんじゃない?」


 絶対ダメな気がするが、もう何も言わないことにした。

「もう日が落ちてきてる。一旦宿屋に行くのは?」


 ゴルドーが空を見上げて言う。クレアも同じように見上げて賛成する。

「ふかふかのベッドに飛び込みたいです」

「じゃ、先に宿屋に行こう」

 

 シンシアも言うと、先頭に立って歩きだした。彼女が紹介する宿屋がまともなものであるのを祈りながら俺たちはそれに続いた。

『造られた魔獣。分かったようで分からないけど、一刻も早く解決して元の世界に───』

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