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第7話 ガラ悪いっすね、シスターさん

 魔獣が出現したと聞いたので、野次馬根性を発揮して来てみたのだが、どうも解決してしまったようだ。白くて臭い肉の塊が二つ転がっている。件の魔獣だろうか。

 街の壊れ具合を見るに、相当な暴れっぷりだったのだろう。是非とも討伐した奴のツラを拝みたいものだ。

「───にしても臭すぎて敵わん。葉巻が不味くなる」


 鼻をつまんで肉の塊の脇を通る。剣を持った血濡れの女が立っているのが見えた。若い男と魔法使い、大男となよっとした女と何かを喋っている。魔物の討伐を生業にしている連中なのだろうか。

「なあ、魔獣を倒したのはあんたらか?」


 集団に声をかけた瞬間、見覚えのある顔に気が付いた。人形のように整った目鼻立ち、金色の美しい髪。

「そうだけど───」


 血濡れの女が答えて動きを止める。





 魔獣がどこから入り込んだのかを口々に言うオテントのメンバーを見ていた俺は、こちらに近づいてくる人影に気が付いた。

「なあ、魔獣を倒したのはあんたらか?」

「そうだけど───」


 答えたシンシアが固まる。

「知合いですか?」


 俺はシンシアの前に立っている修道女をちらと見てシンシアに訊ねた。敬虔な修道服に身を包み、葉巻を嗜む姿は誰が見ても清楚な修道女だろう───何かおかしい。

「え、葉巻?ガラ悪いっすね、シスターさん」


 葉巻をくゆらせる姿に驚いて、思わず口走ってしまった。

「なんだ坊主、やさぐれたシスターさんなんて珍しいか?」

「いや、割といます」

「いてたまるかよ」


 やさぐれたシスターなど、誰しも一度は想像するものではなかろうか。優しさの中に光るバイオレンスさは不思議と人を惹きつけるものがあるように思う。

「ヘレナ?ヘレナよね、久しぶりじゃない!」


 シンシアはそう叫ぶなり血まみれの身体でシスターに抱き着いた。

「だっ、汚えっ!くせぇ!」


 ヘレナはシンシアを蹴っ飛ばすと、懐から取り出した瓶の封を開け、中身をぶっかけた。

「ぶべ、これ酒じゃん!」

「臭み取りにはピッタリだろ」

「酒だって臭いじゃん」


 アルコールと魔獣の血の腐臭でとんでもないことになっているシンシアに目もくれず、ヘレナは俺たちの方に話しかけてきた。

「まさかとは思うが、こいつと旅してんのか?」

「そのまさかだ」


 ゴルドーが頷く。それを聞いたヘレナは納得したように言う。

「苦労が滲んでる」

「ご明察」

「私との旅が楽しくなかったって言いたいわけ⁉」

「ンなことは言ってない」


 わちゃわちゃやりだした三人を見てクレアがパッと声を上げる。

「こんな所で立ち話もなんですし、どこか腰を落ち着けません?」

「そうだな、じゃあうちの修道院に来るといい。大したもてなしはできないが」

「平気平気!ヘレナが私のことを覚えてくれてたからー!」

「お前なんかもてなすかよ」


 シンシアとヘレナがべたつきながら歩き出す。

「シンシアさん、精神ぶっ壊れてないですか?」

「家族関係であんなにごたついてんのにな」


 俺の言葉に、エルドがため息交じりに言う。そして一行はシンシアの漂わす腐臭を追って歩き出した。





 ヘレナに案内された修道院は特筆することもない、凡庸な修道院であった。唯一と言ってはアレだが、修道院に小さな小屋が併設されている。聞けばヘレナの住居らしい。勝手に入るなときつく釘を刺された。いったい俺を何だと思っているのだろうか。

 シンシアは修道院に着くなり浴場に叩き込まれ、ヘレナ直々に洗浄を受けている。きゃいきゃい騒いでいる声が応接間にいる俺たちのところにも聞こえてくる。

「遠路はるばるようこそお越しくださいました」


 年老いたシスターが淹れた茶を持ってきてくれた。

「ありがとうございます」


 礼を言ってありがたくいただく。麦茶とダージリンティーを混ぜたような、変な味がする。こっちの世界ではこういうのがベターなのだろうか。

「シンシアさんとヘレナさんはどういう関係で?」

「幼馴染、生まれた時からずーっと一緒だったのよ。とっても仲が良くてね、だからシンシアちゃんがいなくなったときは大層悲しんでたよ。シンシアちゃん、誰にも言わずに外へ行ったもんだから」


 ヘレナはあのときよく手を出さなかったな、と心の底から思う。というかシンシアがあまりにも人間の尺度にいないというか、人格が入れ替わっているかのような感情の振り方になっているような気がする。

 一丁前に悲しんだり、反省したりするけれど、深いところでその意味を理解していないような態度。

「うひー、いい湯だった」


 シンシアが頭をタオルで拭きながらこちらにやってくる。下着姿で歩いてきたシンシアを見てシスターが頓狂な声をあげる。

「ンマー!二十七歳がなんてはしたない格好!」

「いっつもこんな感じですよ!エルドも私の豊満ボディに興味ないみたいだし───」


 シンシアの目が俺に向く。途端に顔を紅潮させてタオルを振り回す。

「わっ、若い子にはまだ早いぞ!そういうのは大人になってから!」


 あんたも大人になれてないだろ、というツッコミはさておき、その肉体美には目を見張るものがあった。全身に程よく、しなやかな筋肉がついている。また自分で言うだけあってデカメロンだし、薄く割れた腹筋を惜しげもなく披露する様は、女神に勝るとも劣らないだろう。 

 しかし、その肌に残る無数の傷痕を見ると、彼女が潜り抜けてきた死線を、過酷な旅というものを鮮明に想像することができ、劣情を上回るある種の畏敬の念を抱く。

「えっと、心豊かな少年には刺激が強かったかな?」

「そんなことはないです」

「そんなことあってよ」

「ンなことはどうでもいいんだよ。シンシアが倒したあの魔獣はなんだ。アホほど臭かったが」


 ヘレナがシンシアに訊ねる。

「さあ、私たちもよく分かってない。いきなり出てきて暴れだしたから」

「へぇ、なるほどね。お前、ヘンリー覚えてるか?」

「ああ、あの魔獣好きの?あの人なら何か知ってるかもね」


 ヘレナのだした名前にシンシアがポンと膝を打つ。

「誰ですか、それ」


 全く知らない情報ばかりが開示されていくので頭が混乱してくる。しれッと魔獣の襲撃事件を追うことになっているようだが、警察なり憲兵なりに任せた方が安全ではなかろうか。

 亡くなった方がいるのは重々承知しているが、俺にもやるべきことがある。できる限り早くクラスメイト達と合流し、元の世界に帰る手段を模索せねばならないのだ。

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