第10話 浮遊スキルの使い方
喉元に突き付けられたナイフの冷たさが体中に広がっていく。
「───なんでも話すよ」
「話が速くて助かるわ。まず、あなたがどこから来たか」
「俺は日本っていうところから来た」
「二ホン? 聞いたことがないわ。真面目に答えて」
「大真面目だ。別の世界から来たんだよ、俺は」
俺の言葉に、ベスは一瞬考えるそぶりを見せ、次の質問を投げかける。
「あの魔獣について知っていることをすべて話して」
ヘンリーの唱えた仮説を言っても大丈夫なのだろうか。ここは知らないと言った方が賢明か。
「何も知らない」
「あなた達がこの街に来てから、あの魔獣が出現した。一番怪しいのはあなた達なの。知らないはずはないわ」
何を根拠に知らないはずと言うのだろう。
「あの魔獣を倒したのはシンシアさんだ。仮に俺たちが魔獣の出現に関わっていたとして、シンシアさんを止めなかった理由は?そもそもあんなことをして俺たちに何のメリットがあるんだ?」
「私達は、先の事件をフリット王国の引き起こしたテロ行為だと仮定した。あなた達がフリット王国の手の者であるとして、取り調べをするように命令されているの」
ベスの言葉に俺は余計に混乱する。
「フリット王国と仲が悪いのか?いくら仲が悪いからってテロはやらないだろ。そんなことしたら戦争待ったなしだし」
「だから魔獣を使ったのよ。姉さんを使ったのは信用を得るためでしょ」
「そもそもあの時、シンシアさん含めた全員が図書館にいたからさ。魔獣が出現した位置からかなり離れてるだろ?」
ベスが後ろの茂みに向かって声をかける。
「ハルパ」
「確かに、魔獣が出現した時刻、この者を図書館にて姿を確認しています」
茂みから黒ずくめの人影が現れた。こちらの世界における特殊部隊のような立ち位置に相当する組織なのだろうか。改めて見渡すと、何人もの黒ずくめが包囲するようにしてこちらの様子をうかがっていた。
「そこまで信用してないならなんで図書館であったときに聞かなかったんですか?どこから来たのかって」
「───議会から命令が出たから、それに従っているだけ。私情は挟まないわ」
「逃げるかもしれないのに、拘束もしてないのは私情じゃなくて?」
「今はベスじゃなく、いち尋問官としてここに立っているの。そもそもあなたの命は我々が握っていることを忘れたの?今このナイフをあなたの喉に突き刺してもいいのよ」
明確な命の危機であるが、不思議と心は落ち着いていた。自分のスキルに絶対の自信があるわけではないし、この場を上手く切り抜ける策があるわけでもないが。
『ゴルドーさん、魔力に敏感そうだし、嫌な魔力を感じたとかいって助けに来てくれないかな』
それを望むならやることは一つ、時間を稼ぐ。
「ていうかベスって俺と同い年だよな。尋問官としてはヒヨッコなのか?」
「自分がどういう立場なのか分かってるの?無駄話に付き合う気はない」
ベスの表情が物凄く険しくなる。図星をついてしまい、状況はさらに悪化したようだ。まさかこのまま処刑などという暴挙に出たりはしないだろうが、なんせヒヨッコである。手柄欲しさにとんでもないことを言い出すかもしれない。
「やっぱり怪しい。ハルパ、自白魔法でケリをつける」
「ほぼ拷問になるけど、いいのか?」
とんでもないことを言い出した。一般人に拷問に近い魔法をかけるとか、正気の沙汰ではない。これでなんの情報も出てこなかったらどうするんだ?
謝って済む問題ではないだろう、馬鹿でもわかる。
「人の心ってもんがないのか?あんたらは!」
俺は浮遊スキルを発動、滑るようにしてベスから距離を取る。この動きはベスに引っ張られているときに会得したものである。
こういうところに、自分のスキルを成長させるヒントが転がっている。使えば使うほど成長していくのがスキルなのだろうか。
「逃げるつもり?大人しくして!」
ベスが地を蹴って懐に飛び込んでくる。間一髪、飛び上がってそれを避ける。
『速いし、魔力も感じられない。素でこの身体能力?』
ベスが驚愕する。だがすぐに気を取り直す。
「高く飛んだって、墜ちるだけなのよ。べつに殺しはしないんだから───」
すぐに想定外の事態であることに気が付く。上にいる男から魔力が一切発されていない。
「ベス、あいつどうなってるんだ?なんで魔法なしで浮いてるんだ?」
「知らない!こっちだって飛べばいい話!」
ベスが焦りの表情を浮かべながら、飛び上がる。
「あ、来た」
俺は浮遊スキルを自在に操り、空をあり得ない軌道でかける。やはり意のままだ、こう動きたいと思えばその通りに動いてくれる。何が無能だ、メガネの罵倒をそっくりそのままお返ししてやりたいところだ。
「取り押さえろ!多少の怪我は構わない!」
ベスがいよいよなりふり構わなくなってきた。初任務で張り切りすぎているのだろうか。下をサッと確認すると、黒ずくめが何人もこちらに飛んできていた。
『飛行魔法的なのがあるんだな、一方的に有利を取れるわけじゃなさそうだ』
俺は浮遊スキルで飛ぶ以外に何ができるかを考える。いや、考えている暇はない。常に土壇場でやらなければならない。
「なんでこんな状況に適応してるんだ、俺は───」
自嘲気味に笑って、近くを飛ぶ黒ずくめに指を向ける。指先に『浮遊』を収束させる。別に『浮遊』を物理的に捉えたことがあるわけでもないし、できるとも思ったことはない。
「やれなきゃ終わりなんだよな」
指先から何かが放出され、黒ずくめを捉えたのを見る。黒ずくめはバランスを崩して地面に吹っ飛んでいった。
ベスが動きを止める。
「な、何も感じなかった───シキモリ君、君はいったい」
魔法なら発動前に魔力の起こりを察知して避けられたはず。重なるイレギュラーにほかの尋問官達も距離を取る。
雲間から満月が顔をのぞかせる。その月明かりに照らされたシキモリが言う。
「ベスのおかげで分かってきた、浮遊スキルの使い方!」
その顔は不敵な笑みで満ちていた。




