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第5話 シンシアの妹

「協力してほしいこと?」


 シンシアが首をかしげている。出会った時とそこまで変わらない様子だが、声が僅かに震えている。よほどショックなことがあったのだろうか。

「僕が元の世界に帰ることに協力してほしいんです」

「元の世界───ごめん、何言ってるかわかんないや」


 シンシアが頬を搔きながら苦笑いを浮かべる。こっちの世界に異世界転移などという概念があるはずもないし、そのような反応になるのは仕方のないことなのだろう。 

 つまり長々と説明する必要はない。

「僕を助けてくれた地点の近くに街がありますよね?」

「え?あそこから一番近いのがアブロッサムだけど───」


 シンシアの言葉に俺は眉をひそめる。

「確かに街は見えましたけど、城壁は見えませんでした。本当にここが一番近いんですか?」

「噓つかないよ。ここが一番近い、あの地点に街なんてあった記憶もないし」


 シンシアが肩をすくめる。じゃあメガネたちが逃げたであろう建物はなんだったのだろうか。美浜がスキルで探知し、俺も肉眼で捉えたあの街。

「魔獣の罠とか?」

「それはない」


 俺の呟きをゴルドーが否定する。

「魔獣が引き起こす事象は大体魔力が由来になっている。街ぐらいでかい幻影を作り出したと仮定すると、その分表出する魔力も半端じゃない。でも私はあの場でゴブリンの群れ以外の魔力を感じなかった」

「つまり、あれは魔獣ではない何かによるものだと?」

「現物を見ないことには何とも言えないが、見に行くつもりはない」


 ゴルドーが俺を見ながら言う。決してお前に協力はしない、と言わんばかりの眼光だ。まだ怪しまれているのだろう。

「手掛かりなしか」


 エルドがため息交じりに言う。クレアも困ったような表情を浮かべる。クラスメイト達の行方は不明。

「あらためて状況を整理したいんですけど、できれば静かなところで」

「じゃあ図書館とかはどう?君の知りたいこと、いくらか知れる場所だと思うよ」


 俺の要望にシンシアが二ッと笑って応える。






 アブロッサム記念図書館は蔵書三千冊を超える、巨大な図書館である。地上三階、地下二階建てとなっており、古文書から絵本まで幅広い種類が揃っているらしい。

 シンシアが懐かしそうに語ってくれた。でもどこか表情に陰りがある。

「地下の談話室で待ってるから、好きに回っておいで」

 

 シンシアに促されて俺は広大な図書館を一人でさまようこととなった。背伸びしても到底届かないような高さの本棚を見上げて、思わず感嘆のため息を漏らした。

 別段、本に特別な感情を持っているわけでもないが、それでも知識をはらんだ威圧感のようなものをひしひしと感じ取っていた。本が持つであろう『知』に圧倒されながら目当てのものを探す。

 本棚を通り抜けることを幾度か繰り返したのち、目当てのものを見つけた。本ではなく、茶色くくすんだ、筒状に丸まっている紙。

 それを手に取ると、机の方に向かう。異世界とはいえど、元居た世界の図書館とそこまで相違はない。

 机の上に紙を広げ、手近な本を四隅において丸まらないようにする。

「───よし」

 目の前に広がっているのはアブロッサム周辺を表した地図だ。古い紙特有の匂いに心地よさを覚えながら、ざっと見渡してみる。

「───アブロッサムの近くにそれらしい街はないみたいだな。山一つ越えたところにフリット王国っていう国があるみたいだけど───」


 一人でブツブツ呟いていると、突如声をかけられた。

「あの、さっき姉さんと一緒にいた人ですよね」

「へっ?」

 見ると、ユガのパン屋でシンシアと険悪だった子が立っていた。名前はベスと言ったか。

「あ、ああ。ベスさん、でしたっけ」

「そうです───失礼ですが、姉さんとはどういう関係で?」

「恩人というか」

「はあ、恩人ですか。あの姉さんが───」


 ベスはしばらく考え込むとおもむろにこんな提案をしてきた。

「ここの三階にカフェがあるんです。そこでゆっくり話しませんか?」

 

 わざわざ断る理由もない訳で、俺はベスと連れ立って三階のカフェへと向かった。カフェは本などの持ち込みは大丈夫らしいので、地図を丸めて脇に抱えておく。

 ウェイターに案内されるまま席に着いた俺とベスはメニュー表を見る。おそらく紅茶の名前なのだろう、カングリーやポイネットなど聞いたことのないものばかりだ。

「何かおすすめはありますか?」

「オススメですか───ならダルクーフティーかな。口当たりが滑らかで、あっさりとした苦味が特徴なんです。苺のコンポートと合わせると絶品なんですよ」

「コンポートと合わせる、確かにおいしそうですね」


 俺の言葉にベスが怪訝そうな表情を見せる。

「えっと、今おいくつですか?」

「え、十七歳です」

「なんだ同い年じゃない、敬語なんて使わなくていいよ」


 ベスがはじけるような笑顔を見せる。パン屋でシンシアに見せた険しい表情が噓のようだ。こうして見ると、シンシアに顔がよく似ている。

「同い年なのか。俺式守って言うんだ」

「シキモリ?珍しい名前だね。これからよろしくね、シキモリ君」


 ベスがまたこちらに笑いかける。その笑顔の眩しいこと。

「それで本題なんだけど、姉さんとはどこで知り合ったの?オテントってパーティ組んで世界を旅してたって本当なの?」

「俺は平原で助けられただけで、オテントのことはよく知らないんです。シンシアさんが七年前にここを飛び出していったことは知ってるんだけど───」

 シンシアがアブロッサムを出た時、ベスはおそらく十歳。シンシアはなにを想って両親と妹を置いていったのだろう。

「本人から聞いたのかな。あの時は大変だった。もともと両親と姉さんは仲が悪かったの。まあ、愛情の裏返しみたいな感じだったけど。人より魔力も多くて、力も強かった姉さんは人を助けたいって言って魔物狩りになろうとしたの。

 当然両親はそれを許さなくって、昔からお世話になってた男爵の子息と婚約させたの。姉さんはそれを当然嫌がって逃げ出したって訳」

「貴族との婚約を破棄したってこと?大丈夫だったの?」

「向こうの子息もそこまで乗り気じゃなかったみたいだし、何も言われなかったよ。思うところはあったと思うけど。なんなら姉さんがいなくなったときなんか率先して捜索してくれたしね」


 ベスが息をつくと、店員を呼ぶ。

「ダルクーフティーと苺のコンポートのセットを一つ、シキモリ君は?」

「俺も同じのを」

「じゃあ同じのをもう一つ」


 また少しの間があく。

「俺も聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

「答えられることなら」

「この近くに街があると思うんだけど、知らない?」

「近くに街?フリット王国のこと?」


 地図にあった国を言うベスに俺は地図を広げて見せる。

「このアブロッサムとフリット王国の中間あたりの平原に街があると思うんだけど」

「聞いたことないわ」


 尚更あの街の存在が不可解になってきた。クラスメイト達と連絡を取る手段があれば───。

「スマホ!」


 思わず叫んでしまう。目を丸くしているベスをよそに、ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出した。

 電源を付けると、圏外の表記を確認した。当然だろう。

「あ、ダメだった。ごめん、いきなり大声出して」

「大丈夫だけど、それ何?」

「ああ、スマホ。こっちじゃただの板同然みたいだけど」

「ふーん、外の世界にはそんなものもあるんだね」


 店員が注文の品を置く。示し合わせたわけでもなく同時に手に取って紅茶を啜る。苦みが強いが不快ではない。美味しさとして機能している。ピックで苺のコンポートを口に入れる。まごうことなき絶品であると確信した。

 しばしの間、紅茶とコンポートを楽しんだのち店を後にした。当然ベスの奢りだ。お金を持っていないのだからしょうがない。

「ごちそうさまでした」

「おいしかったね。この後用事ある?」

「シンシアさんたちと合流しようかなって」

「あー、そうなんだ。じゃあまたね」


 ベスが気まずそうな表情を見せて去って行ってしまった。姉との関係は想像以上に難しくなっているようだし、下手に首を突っ込むべきではないだろう。

 俺はベスの後ろ姿を見送った後、階段を降り、地下一階にある談話室へと向かった。

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