第4話 この世界ですべきこと
道を歩いていると、露店からたくさん声がかかる。
「シンシアじゃないか」
「随分と久しぶりね」
「何年ぶりだよ、シンシア」
会う人みんながシンシアに手を振って挨拶している。勝手にこの街から飛び出していったことから考えて、当時はかなり大事になったのではないだろうか。俺の元居た世界でも行方不明事件が大々的に取り上げられることは多い。
そもそもなんでこの人はこの街を飛び出していったのだろうか。おそらく七年の旅のなかで手紙一つよこしていないだろうし。
「何も言わずに旅に出たのはあれですけど───旅の途中で手紙とか送らなかったんですか?両親に」
「あー、送ってない。送った方がよかったなって、今後悔してる」
シンシアの言葉にエルドが目を丸くする。
「お前、旅してること親に言ってなかったのか?」
「うぅ、だから悪かったって思ってるし、いま後悔してるから」
シンシアがどんどん委縮していく。クレアもジトッとした目つきでシンシアを見ている。
「じゃあご両親にあいさつに行かないとな」
エルドがそう言うと、シンシアは真っ青になって首を振る。
「いやいや、それとこれとは話が別じゃん」
「別じゃないですよ。ちゃんと話してあげてください」
出会ってから一日も経っていない女の家庭事情に首を突っ込んでいる自分に大変な奇妙さを感じている。
というか俺にも両親がいる。元居た世界に帰れないとするならば、俺は両親と今生の別れになってしまうのだ。バスに乗って逃げたクラスメイト達も。そもそもあいつらは無事に逃げおおせたのだろうか。
自身を取り巻く状況が落ち着いてきたせいで、さまざまな事象が脳裏を駆け巡り、思考を強制する。あいつらと合流できればいいのだが。
「ご両親はどこに住んでるんだ?」
「パン屋の真上」
「めちゃくちゃ近所じゃねえか」
シンシアとエルドのやり取りを聞き流しながら俺はひたすらに歩く。どうしようもない焦りが脚を早める。
ふと、上を見ると、『ユガのパン屋』 という何のひねりもない看板がぶら下げてあった。
「もしかして、ここですか?」
「そうそう、何にも変わってないな。安心するよ」
シンシアが戸を開くと、店主の気さくな声が店内に響いた。
「いらっしゃい───」
店主が厨房から顔をのぞかせてシンシアの顔を見て───すぐに顔をひっこめた。
「あの、おじさん? 」
シンシアが戸惑っていると奥からシンシアにそっくりな顔をした女の子が出てきた。
「───姉さん? 」
その女の子はそう呟いた。
「あ、ベス?ベスじゃない!しばらく見ないうちに───」
「どの面下げて帰ってきた!」
ベスが険しい表情で吐き捨てた。
「どの面って───この面だけど」
シンシアが啞然としながら訳の分からないことを口走る。非難されるとは微塵も考えていなかったようだ。
「怒られると思ってなかったみたいですよ。ホントに大人ですかあの人?」
俺の言葉にゴルドーがため息をつく。
「夢見がちで幼稚な女なんだよ」
「ここからは家族の時間だ。俺たちは外で待つぞ」
エルドに促されるままに、シンシアとベスを残して俺たちはパン屋を出て、なんとなしに歩き出す。
「あっちも気になるが、こっちにも話を聞かないとな」
俺を見下ろしながらエルドが言う。
「なんせ彼の名前も聞いてないですからね」
クレアが頷く。ゴルドーも相変わらずのキツイ目つきでこちらを睨んでいる。パーティの一員みたいなツラをしていたが、俺は一切の素性を明かしていない。
「僕は式守と言います。地球、いや日本というところから来ました」
「二ホン?聞いたことないな」
エルドが首をかしげる。
「どこら辺にあるんですか?」
クレアに訊ねられて俺はほとほと困ってしまった。
「どこら辺と言われても、この世界に存在する国じゃないので」
「なんですかそれ。妄想の話ってことですか?ちゃんと言わないとお姉さん怒りますよ」
「現実ですよ!恩人に冗談言うはずがないでしょう」
エルドとクレアが困ったように目を合わせる。とても信じられないといった雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「なあシキモリ。お前、何で魔力がないんだ?」
ゴルドーが半ば表情を緩めて訊ねてくる。
「僕がいた世界では魔法とか魔力という概念はありますけど、それを扱うことはできないんです。はやい話、おとぎ話です」
「へぇ、概念はあるのに魔法そのものがないのか。イメージとか概念の解釈が肝になってくるのが魔法なのにな」
「そっちでもそれは同じなんですね。
そもそも魔法を使うタイミングなんて、こっちじゃありませんから」
「魔法を使わないって、魔獣とかの対処はどうするんだよ」
「魔獣なんかいないですよ。一番危険なのは人間です───って、そんなことはどうでもよくて、元の世界に帰りたいんですよ」
その願望を口にすると、尚更焦燥感が湧いてくる。こっちと向こうの時間の進み方がどうなっているのか分からない以上、のんびりはしていられない。かと言って一人で見知らぬ世界から帰る方法を探すのも現実的じゃない。
オテントの協力が必要不可欠だろう。世界中を旅してきたこの人たちならばヒントを持っているはず。
「お前みたいに別の世界から来たってやつなんか見たことも聞いたこともないしな」
「何か帰るための算段があるんですか?」
クレアが訊ねてくる。ゴルドーやエルドと比べればまだ俺の話を信じてくれている方だろう。
「友人数人もこっちの世界に来てて、とりあえず合流しないことには何も始まらなくて───」
「お前を囮にして逃げたやつらか。そいつらはどっちに逃げたんだ?」
エルドも話を聞いてくれるようだ。
「僕が皆さんに助けてもらった所の近くにこことは別の町があるらしくて、そこに向かいました」
「私たちは土地勘がないからな。シンシアに聞くしかないな」
ゴルドーがパン屋の方を振り返る。すると、トボトボと歩くシンシアの姿が見えた。様子を見るに、仲直りは出来なかったようだ。明らかにテンションが下がっている。
だが今戻ってきたことは好都合だ。
「シンシアさん、協力してほしいことがあります」
俺の言葉に、シンシアが顔を上げる。




