第3話 はじめましてアブロッサム
エルドの背中で揺られていた俺はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。気がつくと、目の前に高い城壁がそびえていた。
「あ、あの、ここは?」
「ここは城塞都市アブロッサム、私の故郷だよ」
俺の質問にシンシアが懐かしそうに城壁を見上げながら答える。
「これは外側の壁だね。この内側に庶民の居住区域があるんだ」
シンシアはそう言うと一行についてくるように促した。門のところに向かうと、シンシアがひげ面の衛兵に声を掛ける。
「衛兵のおじさん、帰ったよ!」
衛兵は一瞬びっくりしたような顔を見せたが、その表情は次第に歓喜へと変わっていった。
「シンシアか?何年ぶりだよ、ええ?元気にしてたか?」
「元気してたよ。旅もひと段落ついたし、帰郷しようと思ってね」
旧知の仲なのか、かなり会話が弾んでいるように見える。
「エルドさんたちはここの出身なんですか?」
俺の問いかけにほかの三人が首を横に振る。シンシアが旅の途中で結成したパーティなのだろう、オテントは。
「おーい、みんな!早く早く!」
シンシアが一行を呼ぶので、すぐについていく。俺はエルドに断って背中から降りた。子供じゃあるまいし、おんぶされたままなのは気恥ずかしい。
門をくぐると、絵に描いたような異世界の街並みが広がっていた。
「なんとなく予想できていたけど、ここまで───」
俺が思わず漏らした一言をシンシアが聞きとめる。
「ここまで、何?」
「───良いところだとは思ってなかったんですよ」
シンシアにテンプレ異世界なんて言っても伝わるわけがないし、こうでも言っておけば角も立たないだろう。
「この街のこと何も知らないのに?適当言わないの」
シンシアが笑いながら軽く小突いてくる。
「露店がいっぱいだな、どこも繫盛してる」
「そうですねぇ、果物屋さん見に行きましょうよ」
エルドとクレアが露店の方に向かう。
「ゴルドーさんは行かないんですか?」
「───人が嫌いだから行かない」
「へ?」
「二回も言わせるな、そもそも私はお前のことを信用してねえからな。気安く話かけ───」
「わー、なんでそう突っかかるの。せっかく帰郷したんだから」
シンシアが目を丸くして俺とゴルドーの間に割って入る。
「帰郷つったって、お前の故郷じゃねぇか」
「ゴルドーの故郷はもうないんだから仕方ないじゃない」
「デリカシーの無さ!シンシアさん、それはまずいですよ」
どういうあれかは知らないが、かなりデリケートな話題なのだろう。啞然としているゴルドーの顔を見れば嫌でも察する。そんな時、買い物袋を抱えた一人のおばさんが声をかけてきた。
「あら、どこかで見たと思ったら、シンシアじゃない?」
「あー、ユガさん!お久しぶりです!」
シンシアがペコリと頭を下げる。
「七年ぶりじゃない?びっくりしたわよ、突然いなくなって。ご両親も心配してたし」
「......」
シンシアが何も言わなくなる。俺とゴルドーは思わず顔を見合わせた。
「親に何も言わずに冒険に出てたのか?お前やばいだろ、それは───」
「だってしょうがないじゃん、二十歳の娘が魔物ぶっ殺すのを生業にするのをまともな両親が認めると思う?私の両親がだよ⁉」
この人の両親だ。まともかどうか怪しいし許しそうな気もするが、憶測にすぎないので言わない方がいいだろう。
「お前みたいなのの両親がまともな訳あるか」
ゴルドーは構わず言い放った。まあ、さっき特大のノンデリをかまされた後であるわけだし、これでおあいこだろう。
「まあでも、外の世界で仲のいい子もできたみたいだし良かったわ」
ユガはそれだけ言って去ってしまった。シンシアが彼女との関係を紹介してくれない以上、話せることもないのだろう。
「ユガさんとシンシアさんはどういう関係なんですか?」
「ただのご近所さんだよ。小さい頃からお世話になっててね。あの人の旦那さんがやってるパン屋さんは評判が良くてね───いまから食べに行こうか」
シンシアの言葉に俺は首を傾げた。
「シンシアさんがここを離れて七年たってるんですよね。もうお店をたたんでるかも───」
「買い物袋の中に小麦粉が入ってたし、まだ作ってるんじゃない?」
「中見たんですか?」
「透視魔法で見たの」
シンシアがなんてことないように言う。透視魔法というプライバシーの欠片もない魔法が、男が一度は夢見たであろう魔法が目の前で使われたのだ。何としても教示願いたいところだが、俺は魔力がないらしいのでそれはかなわない。
「透視魔法なんていくらでも対策はあるし、ビビるもんじゃないぞ」
ゴルドーがニヤリと笑いながら言う。その瞳は淡く輝いている。
「まさかとは思うんですけど、透視魔法使ってます?許可ぐらい取ってくださいよ」
「───ちいせぇ男だな」
「ナニが?」
俺とゴルドーのやり取りをてんで気にしない様子でシンシアがエルドとクレアを呼び戻す。
こうして俺は『オテント』 とともに、市内散策も兼ねてユガ夫妻の経営しているパン屋へと向かうことになった。




