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第2話 オテントって何ですか?

 バスから降りた俺たちは草原の感触をしっかりと踏みしめた。滑るようで少し踏み心地が悪い。尾道が顔をしかめて言う。

「この草キシキシすんだけど、気持ちわりぃ」

「この草、表面がワックスのようなものでコーティングされているようです」

「へえ、何でもわかるんだな。なら、ここから近い街とか分かるのか?」


 尾道の問いにメガネが首を横に振る。

「あくまでも目の前の物や事象のみ。どちらかというと美浜さんの方が適任だよ」

 

 メガネがしゃがんで草を触っている女の子を顎でしゃくる。

「美浜さん!」

「ん、なに?」


 気の強そうな声にメガネが気圧されたのが俺には見えた。尾道も眉をひそめてメガネを見ている。

「き、君のスキル『探知』で僕ら以外の人間がいる場所がわかるはずなんだけど」


『頑張れメガネ、ギャルは怖いだろうけど』

 心のなかでエールを送りながら俺は動向を見守る。

「スキルって言われても、どうやって使うの?」

「念じるんだよ」

「はあ?その───探知って念じるってこと?」


 美浜の疑問にメガネがうなずく。美浜は疑りの目をメガネに向けたのち、目を閉じた。

「うわ、なんか、3Dの地図を俯瞰してるみたい!」

「何かあるか?」


 尾道の問いに美浜が首を振る。

「それっぽいのはないけど、向こうの方に街があるよ」


 美浜が真っ直ぐ前を指さす。よくよく見ると遠くの方に町のようなものが見える。

「バス運転していったほうがいいんじゃない?動くかわかんないけど」

「法律を気にする必要はないしな。バスって運転の要領は普通の車と変わらないよな?」


 俺の提案に尾道が乗る。美浜も頷いている。ほかのクラスメイト達も異議を唱えない。メガネも異議を申し立てないところ、バスは問題なく動くんだろう。

 バスに向かって歩き出した矢先、美浜が大声を上げた。

「なんかの群れがこっちに近づいてきてる!数が多い、私達が行こうとしてる街と進路がかぶってる」

「なっ、まずいじゃねーか。早くバスに乗るぞ!」

「乗ったところで発進に時間がかかるでしょ!ロクに車も運転したこともないのに!」


 尾道と美浜が言い争い始める。メガネが俺を見る。嫌な予感が俺の胸をよぎる。

「囮に───」

「助けに来いよ、絶対に!」


 メガネが言い終わるより早く俺は走り出した。『浮遊』がどれだけのものかはわからないが、多少の時間稼ぎにはなるだろう。メガネに無能スキル扱いされたのは癪だが、あいつがいなければほかのクラスメイトは生き残れないだろう。なんてったって全知だからな。

 バスのエンジンがかかる音が聞こえる。

「スキルを使うには念じるんだったな?」


 俺は目を閉じて浮遊したい、と念じた。すると、段々と地面を踏みしめる感覚が弱くなっていき、足が空をばたついていた。目を開けると、草原が真下に広がっていた。

『う、浮いてる。若干前方向に進んでるし、ある程度の移動はできそうか?』

 吞気に考察していると、美浜の言っていた何かの群れを視認した。緑色の肌をした、小柄な生き物。

「ゴブリンだ!マジで緑色なのか───って言ってる場合じゃない、気を引かないと!」


 そう思った矢先、ゴブリンの群れが一直線に並び、仲間の身体の上に乗りながら橋を形成していった。

「知能高すぎるだろ!まさか、俺みたいなやつが前にもいたのか?」

 

 武器のすれる音が近づいてくる。囮を買って出ておいてなんだが、大後悔中だ。

『おれは何がしたかったんだ───』

 フッと影が落ちる。その数秒後、ゴブリンの橋が破裂音とともにはじけ飛んだ。

「へ?」

 筋骨隆々の大男がゴブリンの橋を消滅させたのだろうか、男の手には二振りの斧が握られている。

「シンシア!」


 男の怒鳴り声に俺は思わず耳をふさいだ。

「うるっせ───」


 自分の胸に藍色に煌めくワイヤーのようなものが刺さっていることに気が付いた。

「もう大丈夫!」


 そんな声が聞こえた瞬間、俺は誰かに抱きかかえられるような格好で地面に降ろされた。

「あ、え、助かった?」


 うわごとのように呟きながら救い主の顔を見る。金色の髪に透き通るような蒼い瞳。白い肌に薄い唇はさながら人形のようだ。

 両腰元に長方形の箱が付いており、おそらく剣の柄と金具が見えている。

「そう、助かった。危ないところだったね」


 大男が言っていたシンシアという女がこちらを見てニコッと笑いかける。

「怪我してない?」

「なんとか無事です、はい」

「念のためクレアに診てもらって」


 シンシアは俺を立たせると、誰かを手招きした。すぐにローブを羽織った眠たげな女が歩いてきた。

「怪我してなさそうですよ」


 どうやらクレアと呼ばれているらしい女は、俺を一瞥するなりそう言った。見ただけでわかるものか、と文句の一つ言いたいところだが、今のところ痛いところもないので彼女の判断は正しいのだろう。

「お前、こんなところで何やってたんだ」


 後ろから何かで小突かれ、俺は振り返った。次から次へと移ろう情報に俺は辟易し始めていた。

「何って囮です───よ」


 血の気がスーッと引いていくのが分かる。三白眼の女が無表情でこちらを見下ろしているのだ。

「囮?誰の」

「友人たちの。さっきのゴブリンの群れの注意を引こうとしたんですよ」


 おれの言葉に三白眼とシンシアが顔を見合わせる。

「ゴブリンの魔力しか感じなかったぞ?適当なこと喋ってんじゃねえ」

「あんまり強く言わないで、ゴルドー。というかこの子魔力がないね」


 シンシアとゴルドーが俺の顔をまじまじと見つめる。魔力という概念もある世界なのか、ここは。

「残滓も見えないし、魔力切れって訳でもなさそう」

「魔力のない子供か、見たことがない」


 大男が笑いながら言う。

「とりあえずギルドに連れて帰ります?」


 クレアの提案にシンシアが頷く。

「エルド、運んであげて」

「おう」


 エルドと呼ばれた男が俺を背中に担ぎ上げた。

「えっと、あなたたちはなんなんです?冒険者とか?」

「んーと、冒険者ではないんだけど───なんて言ったらいいのかな」


 シンシアが首をかしげる。

「さあ、冒険者ってことにしていいんじゃない。肩書きなんて大したもんじゃねえし」


 ゴルドーが面倒くさそうに言う。シンシアがその言葉に納得したかのように頷いて俺の顔を覗き込んだ。

「私たちはね《オテント》って名前のパーティ」

「オテントって何ですか?」

「私たちのパーティの名前だけど。難しいこと言ってる?」

「いや名前の意図を聞いているのであって───」

「細かいことは気にすんな!ガハハハッ」


 エルドが豪快に笑い飛ばす。その声の大きいことといったら。耳がキーンとなっている。

 こうして俺は《オテント》に窮地を救われ、行動を共にすることになった。色々話を聞くうちに、《オテント》がシンシアの故郷の街に帰ろうとしていたことも分かった。

 無論、俺もそこへ向かうのだが、その街でとんでもない事件に巻き込まれることを知る由もなかった。

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