第1話 異世界転移って夢でしょう?
異世界転移ものの小説は面白い。何かと煩わしい現世から手軽に逃避するような感覚に浸ることができるから。転移後にチートスキルが付与されていれば完璧だ。
バスの車内は喧噪に包まれている。それもそうだ、今日は待ちに待った修学旅行だ。騒がない学生がいるだろうか。俺は本にしおりを挟んで閉じると、窓の外に目を向けた。修学旅行を煩わしいものと捉えているわけじゃない。ホテルでバカ騒ぎするために体力を温存しているのだ。
『今日から泊まるホテルはそれなりのグレードらしいからな。堪能するためにも体力は温存しておかないと』
車窓の向こうには白い砂浜と青い海が広がっている。
「式守見ろよ、きれいな海、泳ぎてぇー!」
隣に座っているクラスメイトが俺の肩を叩いて感嘆の声を漏らすと同時に、バス内の意識が海に向く。クラスメイト達が好き放題言っているのを聞いていた俺は、唐突に視界がぐらつくのを感じた。
『眩暈?酔ったのか......?』
俺は目を瞑って頭を振った。大きくバスが揺れる。目を開けると、きれいな海は消えさり、平原を走っていた。一面に広がる原っぱに俺は混乱する。
『海は?道路は?』
夢でも見ているのかと思ったが、それは違うことにすぐ気が付いた。
「何これ!」
「スマホ圏外になってんだけど」
クラスメイト達が困惑と恐怖半々といったリアクションをみせている。バスが急停止する。まあ、停めるよな。バスの無線も繋がらないだろうし。停めたところでどうするのか、という問題はあるが。
運転席から誰かが立ち上がる。白いベールのような、古代ローマ人のような衣服に身を包んだ女が目に映る。
『運転手⁉おっさんが美女に変わってる!なんか光ってるし!』
俺やクラスメイトのざわめきを鎮めるかのように女が右腕を上げ、指を弾いた。その瞬間、俺の隣のクラスメイトが光の粒になって消えた。彼だけではない、ほかの座席の生徒もかなり消えているようだ。
「先ほど消したのはスキルを持っていない方たちです。今残っている皆さんはスキルを持ち、この世界で生きる権利を与えられたということです。良かったですね」
女が何でもないことのように言う。
『随分と雑に間引いたな』
俺がそう思った瞬間、女はこちらを見て口を開いた。
「雑、ですか。合理的な配慮だと思ったのですが」
「心が読めるのか」
どうせ夢だ。すべての行動は俺の中で完結する。しかも異世界転移もののような感じ、ロールプレイするしかないだろ。
俺は勝手に結論づけて続けようとしたが、それは一人の男に阻止された。
「あなた、さっきスキルと言いましたね?」
見ると、小太りで眼鏡をかけたクラスメイトが眼鏡をやたらとクイクイさせて立っている。
「私は詳しいんですよ。ステータスオープンと唱えればウィンドウが開いてスキルの説明があるんでしょう?私は詳しいんですよ。そのスキルを使ってこの世界に跋扈するモンスターを倒せばいいんでしょう?私は詳しいんですよ」
『詳しい詳しいうるさいな。ていうか、あいつの声初めて聴いたかも』
俺がメガネの動向を眺めていると、背中をつつかれた。振り返ると、クラスの中心的存在の尾道が声を潜めて話しかけてきた。
「あいつの言ってるスキルとかステータスって何のことだ?」
「ほら、RPGとかでHPとか攻撃力とか聞いたりしない?ここがゲーム世界っぽいってことを言ってるんだと思う」
俺の説明に尾道は、分かったんだか分かってないんだか曖昧なうなずきを見せて、背もたれに背を預けた。
「クラス委員長の尾道君でも知らないことがあるんですねぇ。私が見本を見せてあげますよ。ステータスオープン!」
メガネが唱えた瞬間、彼の目の前に青いウィンドウが開き、テキストメッセージが表示される。
「こんな感じですよ」
メガネが鼻高々に女を見るが、彼女は表情一つ動かさない。
『こっちの世界を知り尽くしてるやつにイキってどうすんだよ』
そう思いながら心の中でステータスオープンと唱える。ロールプレイするしかないなどとのたまったが、いざ口にするとなるとどうも恥ずかしい。
心のなかで唱えるだけで青いウィンドウは開くようで、俺はすぐにテキストを確認する。
〈浮遊スキル〉:浮遊
シンプルだなおい。情報が少なすぎるだろ、もっとこう、なんかあるだろ。俺が呆れていると、メガネがこちらにすり寄るようにしてテキストを読む。
「ほお、浮くんですかそうですか、この無能がッ!」
突然の怒鳴り声に俺は顔をしかめる。使ってもないスキルをもって無能と断定されるとは心外だ。
「そういう君は?」
「私のスキルは全知です。全てを見通し、あらゆる事象を知りえる男です!」
メガネが勝ち誇ったように前方の女を指さす。
「あれはこの世界の女神です。私たちにスキルを与えたのも彼女で───」
メガネが喋っている途中だが、俺は後ろを振り返る。
「とりあえずバスから降りた方が良くない?いつまでもここにいたってしょうがないし」
「そうか?まったく状況掴めてないし、出ない方がいいと思う」
尾道が窓の外を見ながら言う。
『それもそうか。この場で俺たちがどういう状況に置かれているのか分かってるのは俺とメガネぐらいだろう』
俺は女が消えているのに気が付いた。
『クラスメイト消すだけ消してどっか行きやがった。消された奴は別のところにいるのか?それとも───』
俺は最悪のパターンを想像して思わず身震いした。
残っているクラスメイトは十人ほど、食料と飲料は各々持ち込んだお菓子や水などもあるのである程度は大丈夫だろう。寝床も快適とは程遠いが、リクライニングを倒せば何とかなるだろう。
「一旦外に出ましょう、ここは異世界です。今までの常識が通じるとも限りません」
メガネが真っ先にバスから降りようとする。俺もそれに続く。
「降りて大丈夫なの?
「いつまでもここに留まっとく訳にはいかない───のかな?」
ほかのクラスメイトもそれに続く。俺はまだ知らなかった、この後に待ち受ける災難を。




