第44話 タバサとの交渉
書斎のような部屋で三十分ほど、デーモに監視されながらタバサが戻ってくるのを待った。
「遅いね」
「あまり悠長にしてる暇はないですけどね。こればっかりは仕方ないですよ」
シンシアが苛立ち始めるのを諫めた俺はちらと窓の外を見る。一層空が暗くなっている。近くで見たスラム街の細部は汚くても、離れたところから見る営みというものは不思議ときれいに見える。中学のころ修学旅行で行った神戸をふと思い出した。
エレベーターの扉が開き、燕尾服の男がこちらに小走りでやってきた。あの時、銀の燭台をかけた殺し合いををさせていた男だ。
「いやいや、かなりお待たせしてしまったかな」
男はハンカチで汗を拭きながら、こちらに軽く頭を下げた。俺も頭を下げる。
「タバサさんですか?」
「ええ、いかにも私がタバサです。お声を拝聴したところ、随分とお若いようですな。デーモとそこまで変わらないのでは?」
「たぶん、そうだと思います」
「───本題に入りましょう。さ、どうぞ。お連れ様も」
タバサがソファに座るように促す。断る理由もなく、俺達は着席した。
「本日は骨董品関連でお越しいただいたようですが、私の噂はどこでお耳に?」
「あー、風の噂で」
「ははあ、私も随分と知られるようになりましたなあ。昔は世界中を飛び回って名を売るのに必死になっておりましたから、こうやってその努力が報われるのは感慨深いもので───ああ、失礼、自分語りが癖になっておりまして。
それで、お持ちいただいたブツを見せていただいても?」
そう言われたので、俺はポケットから金貨を取りだしてテーブルに置く。
「これを」
「はい、ちょっと失礼しますね、ほお、はあ、うわああああ!」
突然タバサが大声をあげてひっくり返った。かと思いきや猛然と隣の部屋へ走り、きめの細かそうな布が敷かれた木のトレーと、ルーペを持って戻ってきた。
「なんと、こんなことが───いやはや、人生何があるか分かりませんな」
ぶつぶつと呟きながらタバサは金貨をつぶさに観察する。そして、ルーペを置き、顔を手で覆う。
「まさか本物のグリンブル金貨を目にするなんて」
「本物でしたか」
「ええ、間違いなく。真贋を見極める魔拡大鏡が本物と申しておりますゆえ。というか。そんなものを何という管理方法で持ち歩いているのですか!」
唐突に怒られて俺は困惑する。シンシア達も目をぱちくりさせている。
「え、あ、いや」
「これ一枚にとんでもない歴史的価値があるんですよ。ご存じない!?」
「し、知らないです」
俺が言うと、タバサは深呼吸をして、もう一度口を開いた。
「まさか、これを私にお譲りいただけるんで?」
「条件をのんでもらえるなら」
「はあ、金銭でしたらかなり長期間の継続的なお渡しになるのはご了承願いたい」
そんなに高いのか? 一括で用意できないほどの金額なのか、こっちの世界に紙幣があるのか分からないが。
「金銭ではないです」
俺はきっぱりと言い切った。お金も欲しいが、いまは欲をかいている場合ではない。
「ここに四角くて巨大な箱のようなものが届いていませんでしたか?」
「はて───ああ!」
タバサがポンと膝を叩く。
「たしかセントラルロードの中央広場に置いてあったような気が」
「中央広場か」
「すぐに取りに行こう」
尾道と美浜が立ち上がりかけるのをゴルドーが静止する。
「まだもらえるって決まったわけじゃない。落ち着け」
「いえいえ、グリンブル金貨をいただいたのですから、お好きなようにもっていってもらって構いませんよ」
そういうタバサはグリンブル金貨をなめるように見ている。うまいこと行き過ぎたな。もうちょっと頼みごとをしてみるか。
「あの、タバサさんはゼパル団とどのような関係なんですか?」
「へ、ゼパル団ですか。まー、ろくでもない連中ですわな。五年前に尻尾巻いて逃げおおせた負け犬集団だったんですけどね、二年ぐらい前に戻ってきたんですよ。しかも魔族とやらを引き連れて。魔族領域が近くにあるのは知ってましたけど、まさかそこまで逃げおおせているとは」
いくつか気になる点を拾い上げる。解放軍が掴んでいない情報を得られるかもしれない。
「魔族領域というのは?」
「聞いての通り、魔族が住まう領域ですよ。あんまり人が近づくことのない領域ですね。なんでもそこを統べる魔王がいたとか」
魔王という単語が出た瞬間、シンシアがびくっとした。
「何でもないよ、続けて」
「それで、戻ってきたゼパル団は恐ろしく強くてね。まあ主に魔族がだがね。あっという間に正規の防衛軍を壊滅させ、抵抗勢力を地下街においやってしまった。もとは千単位で兵士がいたんですがね、魔族によって半分以上がやられてしまったんですよ」
半分以上が? ほぼ壊滅じゃないのか、それ。それからずっと膠着状態なのだろうか。
「我々はゼパル団の味方に付いたんですよ。グリュプス解放軍は逃げ場がありますよ、地下街というね。でもスラム街には逃げ場はない訳です。生きたければ強い者に従う、スラムの女王が下した決断です」
「なあ、スラムの女王ってどんな奴なんだ?」
ゴルドーが割りこむように質問する。
「シルヴィア様ですか? お奇麗な方ですけど、ちと粗暴なところがありますなって、ちょおあ!」
ゴルドーがタバサにものすごい剣幕で詰め寄る。
「いまシルヴィアって言ったか?」
「え、ええ、胸ぐらを掴むのは勘弁を───」
「いますぐシルヴィアの所へ連れていけ」
「わ、分かりましたから手を離して」
ゴルドーが手を離すと、タバサはため息をついて襟元を正し、デーモに指示を出す。
「この方たちをセントラルロードの広場まで連れて行くんだ。さ、あなたは私に付いてきてください」
タバサがゴルドーに促して別の部屋に消えた、と思ったらひょっこり顔を出した。
「あなたのお名前を」
「シキモリです」
「覚えておこう」
「早くしやがれ!」
ゴルドーの怒鳴り声が聞こえてくる。タバサには同情する。ゴルドーとシンシアと言い争いをしていたときの事を思い出した。最近はそこまで喧嘩をする頻度は多くなかったのだ。さっきもシンシアは余計なことを言わなかったので、人は何時だって成長するのだろう。
クソみたいな学びを得た俺は立ち上がった。
「遂にバスに行けるな。何としてでも元の世界に帰るための手がかりを見つけ出すぞ」
「早くお母さんに会いたいしね」
尾道と美浜がそう言って立ち上がる。二人の声には活力がみなぎっていた。俺だってそうだ。
こんなにすんなりと事が運ぶとは予想外だった。だが、こういう時にかぎって何か面倒なことが起きるかもしれない。現にゴルドーから面倒ごとのにおいがプンプン漂っていた。妹関連なら、あまり強くは言えない。家庭の事情に首を突っ込むのがあまり意味がないのは、シンシアで身を持って体験している。
俺達はデーモに連れられてロビーに降り、来た道を戻りだした。目指す場所はセントラルロードの広場、そこにあるバスである。




