第43話 スラムの城へ
ひたすらにスラム街を歩き続けていると、耳にまとわりついていた喧騒がだんだんと遠のいていった。ごろつきたちも流石にここらではどんちゃん騒ぎも起こさないようだ。
人がいないわけではないが、明らかに雰囲気が違っている。一目見ただけでカタギではないことが分かる。最低限の身なりに人相の悪さはさながらやくざであった。全員が露骨ではないが視線を向けているのを肌で感じる。
「明らかに雰囲気が変わりましたね」
「うん、油断しちゃだめだよ」
シンシアが幾分か声を震わせながら言う。彼女も緊張するほどの場所なのだろうか。ずっと気を張り詰めていたのだろう。早く気を休められる場所に行かなければ。
そんなことを考えていると、俺達の行く手を阻むように、全身を青色のアーマーで包んだ人が立っていた。顔はフルフェイスヘルメットのようなものをかぶっており、表情はおろか、年齢や性別、そもそも人間であるかどうかの判別もできない。二足歩行だし、人間に近しい何かである可能性は絶対なのだが。
「お前ら、止まれ」
聞こえてきたのは、予想外にも声変わりのしきっていない子供の声だった。
「子供?こんな所で何を───」
その人間はボウガンのようなものをこちらに構えた。その肩からひょっこりと小さな頭が覗く。人間ではなさそうだ。
「お前ら、なんで全身を隠している。逆に目立ってるぞ」
「いや、君が言うかな。顔を隠しておいてさ」
「これは防具だ。お前らのとはわけが違う」
「ふーん、このローブだって私達の素性を守る防具だけどな」
シンシアが張りあいだす。人間は明らかにいら立っている。
「屁理屈はいいからさっさとローブを───」
「じゃあ、そっちがまず何者か言いなさいよ。それが礼儀ってもんでしょ、調子乗ってんじゃないわよ」
「───デーモ・ダリバット。女王に雇われて、ここら一帯の警備を任されている者だ。素性は明かした、今度はお前らが───」
デーモがそう言った時、シンシアが彼の後ろに立ち、ヘルメットを手にしていた。
「へえ、軽くて硬いんだ。面白い素材だね」
「いつの間に、返せ!」
「待って待って、その肩に乗ってるのは何?」
シンシアがデーモの肩に乗ってこちらに手を振っている珍妙な生物を指さす。
「知らねえよ。なんか勝手になついただけだ。ポポーラ、あんまり目立つな」
デーモがポポーラという生物に言う。するとポポーラはくるっと振り返って、小さな腕を懸命に振ってヘルメットを返すように騒ぎ立てる。
「わあ、そんなに怒らないで」
シンシアはデーモにヘルメットを返すと、ポポーラに顔を近づけた。
「元気いっぱいだね。おめめがクリクリでかわいい!」
「あまり近づくな! ったく、お前らは何しに来たんだ」
デーモの問いかけを受けたシンシアが俺の方を向く。俺は前に進み出て、デーモに丁寧にお願いしてみる。
「そちらに骨董品や世界の珍しいものを収集家している方がいると聞いていたのですが、その方とお会いすることはできますか」
「おまえ、年上だろ。気持ち悪い敬語使うな」
下手に出ればこれである。丁寧に接した俺がバカだった。
「悪かったな、気持ち悪い敬語で。さっさと案内しろ。俺達は客人だ」
そう言って俺はデーモの頭をひっぱたいた。生意気な子供にはこれぐらいしてもかまわないだろう。ここはスラム街、この程度は暴力の内にも入らないだろうし。
その後、外から見えないようにポケットから金貨を取り出し、デーモに渡してやる。
「もろもろはすっ飛ばしてくれよ」
「はあ、怒られるのは俺なんだぞ」
デーモがぼやきながら金貨を懐に突っ込む。
「偽物だったらあることないこと言ってひどい目に合わせるからな」
「好きにしな」
デーモが腕を振ってついてくるように促す。俺達は黙ってついていく。ふと、デーモの腰元についている装備を見たシンシアが首を傾げる。
「あれ、糸動飛機じゃない? なんでここの人が持ってるの?」
「ここに来た解放軍のやつからブン取った。そいつがその後どうなったか知りたいか?」
「───死んでないなら」
シンシアがためらうも、好奇心に勝てずに訊ねる。
「女王様の奴隷としてこき使われてるよ。つかよく糸動飛機だって分かったな。お前ら───」
まさか、解放軍と関りがあるとバレたか?
「スラムレースを知ってるのか。糸動飛機は高値で取引されるし、出てる奴はみんなヤバい奴がスポンサーについてるんだ」
「───そう。そう、スラムレース、一回見た時から出てみたかったんだよ」
シンシアが取り繕うように答えたが───。
「スラムレースなんか無いぞ。こんな見え見えのカマかけに引っかかるとか」
デーモがバカにしたように笑う。
「解放軍の人間か?」
「違う、解放軍と関わりがあるだけの魔物狩りだよ」
「魔物狩り?お前、シンシアか?」
魔物狩りという言葉だけで、シンシアだということがなんで分かった?魔物狩りという言葉もそもそも初耳だ。
「昔の話ね。今は冒険者やってるから。デーモは私のこと知らないはずだけど」
「なに言ってるんだ。世界最強だって、俺のじいちゃんが言ってた」
「魔物を倒せるぐらいで世界最強になれるわけないじゃん。おじいちゃん、ボケがきてんじゃない?病院なり連れてきなさいよ」
「もう死んでるから大丈夫だ」
このクソみたいな会話はどうやったら止められるんだろう。収集家について聞いてみるか。
「収集家、名前はタバサとか言ったっけ。どんな人なんだ?」
「まあ、常識人ってやつだな。スラム街の外でも通用する人間だ。金貸しの商売はあくどいところもあるし、なにより骨董品やらの真贋にうるさくてな。偽物とわかった時点でマジ切れするから気をつけろよ」
デーモがこちらを不安にさせるような情報を寄越す。
ただ常識的に考えて、エメンタール遺跡に忍び込んで、かつあのゴーレムに襲われながら偽物の金貨を仕込むような大馬鹿者はいないだろうし、真贋の心配はしなくて大丈夫だろう。
「本物だし大丈夫だ」
「そうか。そろそろ着くぞ」
いつの間にか歩いているところが傾斜のキツイ石畳の道に変わっていた。ふと後ろを振り返ると、スラム街がきらびやかに輝いていた。そうでない、解放軍の活動領域とくっきりと境界線が出来ている。あの暗い街にも人が住んでいるのだろうか。
デーモの肩に乗っているポポーラがキーキー声を挙げながらこちらに手を伸ばしている。抱っこしてほしいのだろうか。
「だめだ、ポポーラ。あいつと関わるな」
デーモがポポーラの頭をつついて注意する。そうこうしているうちに、スラムの城は目の前にそびえたっていた。
「入るぞ」
デーモが扉を開ける。城の一階は普通のホテルのようなロビーだった。デーモが受付の女に話しかける。
「タバサ様に会いたいと言っているやつが五人、金貸しの依頼じゃなさそうだ」
「へえ、珍しい。特別室へ案内してあげて」
女が台帳に何かを記入する。
「お戻り次第、伝えておくわ。くれぐれも怪しい動きはさせないで」
「分かってる」
デーモがまた歩き出す。少し豪華な扉を開けると、滑車の付いた箱があった。ドアノブを引いて、中に入る。するとその箱はスーッと上に昇り始めた。
「エレベーターじゃん」
「思った。流石に俺らのとは仕様が違いそうだけど」
尾道と美浜が驚きを露わにする。しばらく上昇した後、ベルが鳴り、デーモが扉を開いた。その向こうには落ち着いた書斎のような空間が広がっていた。
「ここがタバサ様の真贋室だ。くれぐれも中の物は触るなよ」




