第42話 スラムらしさってやつ
十分ほどだろうか、シンシアが人数分のローブを持って戻ってきた。
「ゴルドー、魔力抑えて。でかすぎるかも」
「分かった」
ゴルドーがローブを受け取りながら頷く。できるだけ見つかる可能性は少なくしておくんだな。スラムじゃ捕まっても交渉の余地はなさそうだし。
俺は受け取ったローブを羽織ってみる。頭から踝をすっぽりと覆うほどの大きさのローブは少し焦げ臭かった。暖炉の前で乾かしたりしたのだろうか。所々焦げ跡が付いている。
姿を隠した俺達はようやくスラム街に繰り出した。街にはいかにもといった風貌の男達が酒瓶を片手に賭け事にいそしんだりしている。こんな人の往来で大胆なものだ。他にも怪しげな液体の入った瓶を売る露店や、何の肉かも分からない、というか食べ物かどうかすらも怪しい何かを軒先に吊るしている店、野垂れ死んでいる人間、顔だけは小奇麗な少女達が眩しく、雑多に入り乱れている。
「現実とは思えないな」
「ああ、日本じゃこんな所ないもんな」
「あったらやばいでしょ」
あまりの非日常に、夢か現か分からなくなる。思わずあたりをきょろきょろとしていると、シンシアが肘で小突いてきた。
「おバカ、あんまりきょろきょろしない。外から来たって一目瞭然じゃない」
「あ、すいません」
「いい、堂々と歩いてればいいの。弱さを見せると付け込まれるよ」
シンシアの忠告に俺と尾道と美浜が頷く。異世界人のお守をするのは大変だろうな。
「できるだけシンシアさんとゴルドーさんの近くにいよう。俺達は並みの人間と変わらないから」
俺が言うのとほぼ同時に二人がシンシアの傍へすり寄った。
「あの女の子かわいい」
「売女だな。ガキだし変態親父に使われるんだろうな」
美浜が言ったことにゴルドーがどぎつい言葉で返す。
「キモッ、助けてあげようよ。一人ぐらいなら───」
「助けてどうする?お荷物が増えるのは勘弁だ。仮に自由に生きさせたとして、こんなスラムでどうやって生きていく?三日も持たずに野垂れ死ぬんじゃないか?」
「───救いがなさすぎない?」
「あるさ。おっさんの相手をする代わりにはしたの給料と衣食住を受け取る。それがスラムで生きるあのガキの『救い』だ。それを無下に奪うってんなら、お前は無責任な悪党だな」
ゴルドーの言葉に美浜は口をつぐむ。難しい問題だ。
よく、異世界物の小説で主人公が奴隷を解放する展開があったりするが、あれも主人公側に奴隷を確実に養いきる力があるか、あるいはそのように舞台が設定されているからできることなのだと思う。ただ奴隷を解放させるだけで満足していても、都合よくハーレムができたり、奴隷自身が生きる術を見つけられるといった確証は、現実では生まれない。奴隷と売女を同一視するのもどうかと思うが。
考えても答えは出ないだろう。当事者はそういうもんだと割り切って生き、そうでないものはその立場でなくて良かったと思い、あるいはそんなことも思わないで一生を過ごすのだろうか。
当事者だって必死であがくのではないだろうか、そうでないものも理解しようと努めるのではないか。
一生答えの出なさそうな考えに頭を使っていると、尾道の背中にぶつかってしまった。
「あ、ごめん」
「ああ、大丈夫」
進行方向に人だかりができている。背伸びして覗いてみると、男が二人ナイフを持って戦っていた。
「殺し合い、ですかね」
「あそこ見てみろ」
ゴルドーが指をさす方に、スラムの喧騒とは縁遠い燕尾服に身を包んだ男が立っている。彼の隣にある机の上には絢爛な装飾の施された、銀の燭台が置かれていた。
「あの人、スラムの住人には見えないですね」
「おそらくあの燭台を賭けた殺し合いじゃないかな。勝った方にあの燭台渡すんじゃない?ああいう気ぐるった賭け事もスラムらしさってやつかな」
シンシアはそう言うと来た道を戻り始めた。
「迂回しよう、関わり合いになったら絶対に面倒なことになる」
誰も異論はなくシンシアの後に続く。また路地に入り、別の通りに出る。さっきの通りより、道行く人の数は少なかった。
「君のお目当ての人はあそこにいるんじゃないかな」
シンシアが指さす方に、背の高い、朽ちかけた建物があった。
「スラム街を支配する王城だよ」
あそこにスラム街の女王、そしてお目当ての収集家がいるのか。
「エメンタール遺跡で見つけた金貨って持ってますか?」
「うん、一応持ってきてはいるけど。今は出さないよ」
シンシアが懐を叩く。こんな所で金貨を見せようものなら、とんでもないことになるだろう。金貨という単語が出ただけでも、複数の視線がこちらに注がれるのが感じられた。
「さ、先に進もう。さっさとやること終わらせて、スラムとおさらばしよう」
俺達は朽ちかけた建物を目指して歩き出した。
だが俺達は気が付かなかった。俺達を建物から見下ろしていた孤高の賞金稼ぎの存在に。




