第41話 イントゥ・ザ・スラム
薄暗い曇天のなか、俺達は街の間を縫うように飛んでいた。任務内容はゼパル団の戦闘員の活動領域の透明感、潜伏している建物の調査である。場合によっては攻撃、制圧も行う。
「明確に奴らのたまり場になってるところには近づかないこと、この人数じゃ返り討ちにされるわ」
先頭を行く兵士が忠告してくる。
「なんだ、意外と慎重なんだな。爆弾とかでぶっ飛ばせばいいんじゃないか?」
シンシアに背負われた尾道が笑いながら言うが、別の兵士が反論する。
「そんなことしたら、他のゼパル団の奴らに感付かれるだろ。そんなことになったらマジの泥沼だぜ?」
この国の事情を聞きかじった程度の尾道は曖昧に頷いてやり過ごした。
さて、どのタイミングで仕掛けようか。三人の兵士をやり過ごすタイミングが来るのを待つのが得策だろう。地下街では気絶させるなりしようという作戦だったが、こちらが明らかに敵と認識される可能性は省いた方が良いというゴルドーの判断があった。
そもそもこの国で俺達が戦う理由とすれば、敵に寝返ったメガネを連れ戻すことぐらいか?シンシア達もユーヴェンスと知り合いだからここに留まっているようなものだろうし。
「にしても静かね、ゼパル団どころか人っ子一人歩いてない」
先頭の兵士が言った瞬間、となりの建物の窓から撃ちだされた矢に頭を貫かれた。
「敵の攻撃、散開しろ!」
先頭の兵士が落ちていくのを見ながら、もう一人の兵士が指示を出す。あっという間に静かな街が戦場と化した。そこらじゅうの建物から赤い布を巻いたゴロツキが湧いて出る。
空が飛べて良かったと心底思う。徒歩であったならばひとたまりもなかっただろう。そして今は大チャンスである。兵士以外全員がそれを理解していた。シンシアが念話魔法を繋ぎ、スラム街がどちらの方にあるのかを指示してくれた。俺達はその指示を受けて、二手に分かれて行動を開始した。
「兵士がやられてるんであれだけど、おかげでスラムに行くタイミングができた」
シンシアが言う。にしても、何の気配も感じなかった。あんなの避けられるわけがない。
俺は頬を伝う冷や汗を拭って生唾を飲み込んだ。タイミングが違えば俺が頭を貫かれていた可能性だってある。ふと尾道の方を見ると、彼は青ざめた顔で、唇をキュッと結んでいた。人の死を目の当たりにした人間の反応としては正解だろう。
尾道が俺に向かって何か言っていたが、よく聞き取れなかった。ゼパル団に注意しながら、街を縫うように飛び、俺達は別れたゴルドーと美浜と合流した。ゴルドーの服がゲロまみれになっている。彼女に背負われた美浜が大粒の涙を流しているのを見るに、よほど兵士が死んだのがショックだったのだろう。
そしてさほどショックを受けていない自分が嫌になる。目の前で人が死ぬことなんて経験したこともないし、自分がどんな感情を表出するかも今は想像できない。兵士が死んだところを思い出しても何も思わない。
決してイキっているわけではない。人として大事な何かがこっちの世界に来て欠如してしまったのではないかと不安になっている。そして元の世界に戻った時、普段通りの生活を送れるのかも。
言いようのない不安を振り払うように俺は頭を振った。何があろうと俺は俺だ。
そんなことを考えているうちに明らかに容貌の違う区画が見えてきた。
「あそこがスラム街ですか?」
「そう、着いたら糸動飛機を廃棄しなきゃね」
「なんでですか?」
俺の問いにシンシアが何言ってんだといった顔で答えてくれる。
「これつけてたらグリュプス解放軍だとバレちゃうじゃん。これ解放軍の専用装備じゃないの?」
「あ、確かに。いや、でも───」
捨てて大丈夫なのだろうか。ここぞというタイミングで糸動飛機が役立つ場面があったりするかもしれない。何か大きめのマントなりローブなりで隠せないだろうか。
「まあ、ついてから考えよう。今はスラム街に入ること優先!」
足元はいつのまにか整然とした通りから、露店、ストリートファイト、浮浪者なんでもござれのスラム街へと景色を変えた。ひどい臭いが下から漂ってくる。
「うわ、くっさ」
「ひどいでしょ、人も環境もひどいところだから、覚悟しなよ」
シンシアが真剣な面持ちで言う。程なく、俺達は人のいない路地に降り立った。相変わらず生ごみや糞尿の入り混じった臭いが鼻腔をかき回す。胃袋に手を突っ込まれているような感覚になる。口で吸えば匂いも多少マシになるだろうか。まあ、口で吸って訳の分からない病気などもらっても困るので、鼻で我慢しよう。いずれ慣れるだろう。
「なんでこんな目に───」
尾道が鼻を押さえながらぼやいている。目の前で人が死んで、その後にこんな臭いところに来たのだから、そう言いたくなる気持ちも分かる。
「んで、これからどうする?」
ゴルドーが訊ねると、遠くの方で怒鳴りあう男の声が聞こえてきた。
「ああいう荒事も頻発するだろうし、糸動飛機は隠す方向で行こう。スラムの住人の連帯が強かった時に、新参者の私達の情報を敵方に伝えられたりすると面倒だから」
「なら一切の素性を隠す方法のが良さそうですね」
「敵方っていうのは、式守の言ってたスラム街の女王ってやつですか?」
尾道が訊ねる。それにシンシアが頷く。
「そう、現状スラム街に私達の味方はいないからね。極力顔を人に見せないこと、いいね」
「は、はい」
「分かりました」
尾道と美浜が暗い声で返事をする。それを見たシンシアは、糸動飛機を外し、自分達の姿を隠すための布を探しにスラム街のメインストリートに繰り出していった。




