第38話 交渉材料
バスに向かうという方法を否定された俺達は取り敢えず今後のことを話し合うべく、食堂に向かった。食堂は薄暗い雰囲気だったが、陰鬱ではない。落ち着いた照明にほんのわずかな喧騒が、隠れ家的な料理店を想起させた。
兵士たちが何人か食事をとっているが、クラスメイト達の姿は見えない。もう食事をとり終えてどこかへ行ってしまったのだろうか。
「取り敢えず注文するか。でもお金がない───」
無意識にポケットをまさぐると、金貨が数枚出てきた。
「ああ、これエメンタール遺跡で見つけたやつか。でもさすがに使えないよな」
掌で鈍く光る金貨にはドラゴンの刻印が施されている。相当古いものだろうし、ここで使えるとは思えない。
こういうのに詳しい人間がいたりしないだろうか。
「そんなところで突っ立って、まるで物乞いみたいだ」
後ろから最低な例えと共にユーヴェンスが歩いてきた。チェーンのついた丸眼鏡をかけた兵士を隣に連れている。
「物乞いはないでしょう、さすがに」
「はは、冗談さ。君ら異世界人は無料で食堂が使えるようにしてあるから、お金の心配はいらないよ」
ユーヴェンスが笑って言う。情報伝達の素早さというか、根回しが半端ではない。
「そうなんですね。ありがとうございます」
礼を言った時、ユーヴェンスの隣にいた兵士が俺の方に歩み寄って、掌の金貨をつまみ上げた。
「んん?これは───」
舐めるような視線に俺は少し後ずさる。
「ナーサリー」
ユーヴェンスの諫めるような声に、ナーサリーと呼ばれた兵士がハッとして俺に金貨を返す。
「すいません、随分と珍しい、というか貴重な金貨だったもので」
ナーサリーが謝るが、その眼は金貨に釘付けだ。
「そ、そんなに貴重なものなんですか?」
「ええ。立ち話もなんですし、座りましょう」
ナーサリーはそう言うやいなや近くに座っていた兵士をぶん投げて席を確保した。
「はあ、歴史好みが発動したな。夜が更けるかもしれんな」
ユーヴェンスが俺に向かって、肩をすくめながら言う。いつの間にか尾道と美浜は別の席について食事をとっていた。
「あいつら、逃げやがって───」
「はいはい、こちらに」
文句の一つでも言ってやりたかったが、ナーサリーに腕を強く引っ張られてそれどころではなくなってしまった。
「俺も付き合うから、がんばれよ」
ユーヴェンスが隣に座って俺を励ましてくれる。励ます暇があったらこの時間を終わらせてほしいのだが。
「まず、この金貨は遥か昔に滅んだ超大国のものです。名はグリンブル王国、強大な軍事力と圧倒的な統率力、政治力で世界中を支配していたといいます。何故か滅んだんですけどね。
一説によると王位継承権を巡った争いが国中に広まって───失礼、本筋ではなかったですね。とにかくこれは世界中の収集家がこれを探すほどのお宝です。私も現物を一度見せていただいたことがありますが、ここまで状態のいいものは初めて見ました。
さて本題です。あなたはこれをどこで見つけましたか?」
「え、えと、エメンタール遺跡っていうところで───」
「聞いたことない遺跡ですね、詳しい特徴を。外見でも、中にいた魔獣の種類や数、階層とか、なんでもいいので覚えていることを全部教えてください!」
ナーサリーのまくしたてるような質問に俺は言葉も出ない。助けを求めるようにユーヴェンスを見る。するとユーヴェンスはため息をついて俺の代わりに答えてくれた。
「彼はアブロッサムってところから来たんだ。うんと離れてるだろ、ましてや異世界人だ。いきなり質問攻めにするな」
「はえ、そんなところから。確かに混乱させちゃいますよね───というかこっちの歴史なんかに興味ないですよね」
ナーサリーの気分が目に見えて落ち込む。彼女には悪いが、歴史よりも優先することがこちらにはある。
「これ、価値でいえばどんなもんですかね」
「うっ、金銭的価値で計るのは好まないのですが───」
「分かりやすい指標だろ」
露骨に嫌そうな顔をしたナーサリーにユーヴェンスが促す。
「はあ、これ一枚で一生遊んで暮らせるかと。まあ、買える人間なんていないんですけどね!ふはは、崇高な歴史を薄汚い金に換えようとする金の亡者め───」
ナーサリーが喚いているのを尻目にユーヴェンスが俺に耳打ちする。
「頭おかしいんだよ、こいつ」
「まあ、見れば分かります」
「そうだよな。ま、あそこまで歴史に詳しいのはナーサリーかタバサぐらいだもんな」
「タバサ?」
聞きなれない名前に俺は訊ねてみる。
「タバサは、骨董品とか珍しい物を集めたり金貸しをやったりしてる、あまりいい噂の聞かない男だ。今はスラム街の女王のところで───」
「スラム街!?」
「おいまさか、案内しろとか言わないよな。絶対しないからな、確実に面倒なことになるから」
ユーヴェンスが身を引く。珍しい物を集めていると言っていたし、バスもタバサが所有している可能性がある。彼をこの金貨で釣ってバスを譲り受ける。仮にタバサがバスを持っていなかったとして、スラム街の女王とやらに近しいところにいるのなら、それなりに人脈もあるだろう。
バスの所有者に話を通してもらうことも可能だろう。あとはスラム街に向かう手段を考えなければならない。
俺一人でスラム街に向かうのは怖すぎる。シンシア達は連れていくとして───今回は異世界から来た俺達の問題だし、あの人達を巻き込むのは筋違いか。
ということは、スキルの使い方も分かっていないクラスメイト達だけで向かわなければならないのか?
そもそもここは地下街。地上に上がるのに許可がいるかもしれない。ゼパル団から助けられた立場だったとしても、警戒はされているだろう。勝手に出ようものならスパイ扱いされてサーヴェイあたりにぼこぼこにされるかもしれない。
まずはみんなにスキルの使い方を教えるのが先決か。




