第37話 何やってたの?
本部に戻った俺とクレアは、建物内で尾道と美浜に会った。
「あれ、ほかのみんなは?」
「みんな食堂行った。何で飯が食えるんだあいつら」
尾道が心底嫌そうに言う。まあ、先程まで殺されそうになっていた人間とは思えないメンタリティだ。
「はは、処刑されそうになってたしな」
俺が笑うと、尾道と美浜がすごい剣幕で怒鳴ってきた。
「「笑い事じゃない!」」
「あ、ご、ごめん!」
自分の軽率さを恥じる。人が死にかけてたのを笑うなど人間としておかしなことだろう。尚更飯食ってる奴らもおかしくないか?
死にかけて喉を通る飯などこの世にあるのだろうか。俺も人のことを言えるかは分からないが、精神が強靭な人間が多い。心が折れてしまいそうな状況でも冷静な思考が頭を駆け巡る。分からないことをそういうものだと割り切って最善手をうつように精神が適応したのだろうか。
分からないことだらけの異世界に来て、元の世界では到底経験することのない事柄に触れ、人間のまだ知られていない機能が活性化したのかもしれない。人間の脳はほとんど使われていないという説もあるし、あながち間違いではないかもしれない。
「てかさ、あんた囮になった後さ、何やってたの?」
美浜に訊ねられて、俺はこっちの世界に来てからのことを思い出す。いっても二か月ほどしか過ごしていないが。
「えーと、ゴブリンに襲われたところをオテントに助けられて、そこから───」
「オテント?なんでテントにおをつけてんの」
「違う、オテントっていう冒険者───でしたっけ」
クレアの方を見ると
「冒険者でいいよ」
と眠たげに答えられた。
「っていう冒険者パーティだよ。ほら、お前らを助けてくれた人達いただろ?あの人たちだよ」
「ふーん、後でお礼しとかなきゃね。んで、その後は?」
美浜が続きを促す。何か怒られているような気分になってくる。まるで親に自分のした悪いことを言わされている子供のようだ。
「オテントのリーダーの故郷に行って、リーダーの妹と仲良くなって、シスターと朝ごはん作って───」
「「遊んでんじゃねぇか!」」
また尾道と美浜の怒号が響く。何人かの兵士がこちらに視線を向ける。怒りたくなるのも分かるが、すぐに怒鳴らないでほしい。
「遊んでばっかりじゃないぞ、遺跡でやばいゴーレムと戦ったり、俺らみたいにこっちの世界に来た奴と戦ったりしてたんだから」
「俺らと同じ?元の世界に帰る方法とかは聞いたのか?」
尾道が訊ねるが、俺は首を横に振って話を続ける。
「んで、街の人と仲良くなったり、彼女が出来たり───」
尾道と美浜が俺に飛びかかってきた。
「彼女ォ⁉ あたしらがひどい目にあってる時になに青春やってんの!」
「おいうらやましいな! 俺にもいい人紹介してくれ!」
「尾道は彼女いるだろ!?」
「メンヘラはいらん!」
もみくちゃになっている俺を無視して、クレアがその場から立ち去るのが見える。
「ちょ、クレアさん。止め───」
こちらをちらと見たクレアの冷たい目線に俺は前言撤回する。
「やっぱ帰ってもらって!」
「───助けようと思ったんですけど」
クレアはそう言うとどこかへ行ってしまった。何か、どうやっても越せない壁を作られているような気がする。年上なのにずっと敬語だし。
「ああ、それはどうも!」
尾道と美浜を押しのけて俺は立ち上がる。二人とも肩で息を切らせている。正直、俺もアブロッサムにいた時は、尾道達のことを忘れていたタイミングが何回もあった。
「青春してたことは謝る。ごめん。でも、お前らのことを忘れてたわけではないし、ちゃんと元の世界に帰る方法は探していくつもりだ」
「当たり前のことドヤって言ってんじゃないわよ。話を戻すけど、手掛かりはナシだったんでしょ」
「俺達が乗ってたバスあるだろ?俺達が元の世界に帰るためのヒントがあるかもしれないな」
尾道の言葉に俺はふと疑問を抱く。
「バスって今どこにあるんだ?こっちの世界の人間に動かすことができるとは思えないけど」
「あたしたちが捕まった時以来見てないわよ。大方スクラップにでもされてんじゃない?」
美浜が希望の欠片もないことを言う。だとしてもその残骸から何か手掛かりが見つかるはず。シンシアやエルド、ゴルドーレベルの怪物でなければ、まさか跡形もなく消し飛ぶことはないだろう。
「取り敢えず、バスを見てないか色んな人に聞き込みしよう。流石にバスみたいなデカブツ、一切目に入ってないなんてありえないだろ」
俺がそう言った瞬間、襟をぐいと引っ張られて俺は尻もちをついた。
「何の話をしてやがる」
サーヴェイがペテロと並んで立っていた。
「ペテロさんと、サーヴェイさんでしたっけ。泥棒の件は」
「取り敢えず牢屋にぶち込んだから、あとは取り調べ担当に任せればいいよ。それで、バスってなに?」
ペテロが俺の肩に手をまわして訊ねてくる。
「バスは俺達がこっちの世界に来たときに乗ってきた乗り物です」
「こっちの世界?ああ、異世界人とか言われてたね」
ペテロがすぐに納得してくれた。この吞み込みの速さなら、俺たちの言うことを信じてくれるかもしれない。
「それで、俺たちの乗ってきたバスに元の世界に帰る方法の手がかりがあるかもしれないんです」
「そもそもバスがどんな形してるかも分からねぇ。そこから説明しろ」
サーヴェイがごもっともな意見を言う。簡単に伝えれば十分だろうか。
「長方形で、胴体の下部に黒丸が三つついてる大きいやつです」
俺の雑な説明にサーヴェイが顔をしかめる。あまりにも抽象的だったか?しかし俺の心配とは全く違った言葉がサーヴェイの口からこぼれた。
「スラム街に入っていったって報告にあったやつか」
「げ、あれですか?」
ペテロも露骨にいやそうな声をだす。
「スラム街にあるならそこに取りに行くしか───」
「バカ言うな」
尾道に言葉をサーヴェイが遮る。
「スラム街とは折り合いが悪いんだ」
どっちの意味でだろう。サーヴェイ自身が、それともグリュプス解放軍がなのか、聞いたら殺されそうなので黙っておこう。
「既にスラム街はゼパル団との協力関係に、あるいは手中に収まっているかもしれないの。そんなところに私達がのこのこと行ったら......ね」
ペテロの説明に美浜が肩をすくめる。
「私たちだけで行けばいいんじゃない?」
「お前らが逃げたことなんて、とっくに相手に伝わってる。倫理もへったくれもないスラムで捕まってみろ。面のいいお前なんてマワされてそのまま捨てられるぞ。運が良くてスラム街の女王の奴隷にされるか、あるいはゼパル団に引き渡されるだろうな」
サーヴェイが顔色一つ変えずに美浜に向かって言い放つ。あまりにも容赦ない言葉に美浜は口をぽかんと開けて固まっている。
「あんた、そんな言い方は───」
「とにかく、グリュプス解放軍はスラム街には近づけないの。バスとやらになにかあるのかもしれないけど、諦めてもらえる?」
尾道の抗議をペテロが遮る。
「そんなにヤバいやつがいるんですか?」
俺はサーヴェイに聞いてみる。この人もシンシアほどではないだろうが、相当の実力者のはずだ。そんな人間がスラム街に入るのを拒むなんて───。
「壁の向こうから魔族がやってこないとも限らん。そうなれば、どれだけの兵士を失うことになるか分かるか?無駄死にはするのもさせるのも嫌いなんだ、俺は」
サーヴェイはそう吐き捨てると階段を登って行った。
「あれでも、君らのこと心配はしてるから、気を悪くしないでね!」
ペテロがそんなことを言いながらサーヴェイの後を追っていった。残された俺たちの心にはぽっかりと穴が開いたような気がした。




