第36話 地下街チェイス-2
ペテロを追いかけていた俺とクレアは地下街を飛んでいた。
「ペテロさん、どこまで行ったんですか?」
「分からない」
その時、向こうの方から赤と青の煙が立ち昇ったのが見えた。
「煙、火事か?」
「にしては随分と楽し気な色だね。多分信号弾じゃないかな」
俺の予想をクレアが否定する。真下にいた兵士が頭を押さえながら、こちらに向かって呼びかける。
「泥棒が左方向に向かって逃げた!」
「分かりました!」
俺は咄嗟に返事をする。
「何で返事しちゃったんですか。私達、この機械での戦い方知らないんですよ」
クレアが呆れながら言ってくる。魔法のワイヤーを壁に射出して飛行魔法を使うだけだろう。それに所詮泥棒なら、俺達が無理に危ないことをする必要はない。
「戦わなくても、兵士が来るまでの時間さえ稼げばいいんですよ」
「どうせ戦うことになるでしょう───」
俺とクレアは進路を左に取った。遥か前方の方に、飛んでいる人影が見えるような気がする。「ん、あれか?」
「ああ、何か飛んでますね」
「泥棒も糸動飛機を使えるのか?それとも兵士が泥棒なのか?」
「どっちでもいいです。速度上げましょう」
クレアがぐんと速度を上げる。俺の横を通り抜ける時、ふわりといい香りが俺の鼻をくすぐった。糸動飛機に随分と慣れているように見えるが。
「はい!」
俺もクレアの後を追う。
禿の男はサッと後ろを振り返る。仲間がどうなったのかここからは判別ができない。追手が来ていないかどうかだけが重要だ。地下街は広いようで狭い。ルートさえ構築してしまえばあっという間に外へつながる扉に到着することができる。
「はあ、はあ、追手は来ていなさそうか───いや、来てやがる」
かなり遠くの方に二人、こちらに迫る人間の姿が見える。ここまで距離があれば大丈夫。そんな考えが彼の頭をよぎる。
「───いや、常に最善策を」
禿は敢えて地面に降り、走って路地に入り込んだ。そして上がる息を鎮めようと息をひそめる。程なく、真上を二人の兵士が飛んで行った。片方は糸動飛機をつけているように見えなかったし、もう片方も兵士とは程遠い服装をしていた。
「あいつら、兵士じゃないのか?」
独りでに呟いた禿は額に滲む汗を拭きながら路地を走り出した。
「前の方にいた人、姿が見えないんですけど!」
「飛んでる以上、嫌でも目立つでしょう。落ち着いて探せば見つかると思います」
俺とクレアは見失った人を探してあたりを見渡す。背の高い建物が多く、陰に隠れるようにして移動されれば見つけるのがかなり困難になるだろう。
「クレアさん、魔力探知でさっきの人の場所って判ったりしますか?」
「やってみる」
クレアが目を閉じて集中しだす。
「うーん、ちょっと難しいかもしれません」
「え、何でですか?」
「これですよ」
クレアが糸動飛機を叩く。
「これの魔鋼糸が反応してしまうから」
「ああ、ここ糸動飛機をつけた兵士が多いですもんね。怪しい動きしてるやつとかも判らないですか?」
俺の問いかけにクレアが怒ったような声を出す。
「魔力探知は得意じゃないんです。ましてやそんな細かいのはゴルドーにしかできません!」
「分かりました、一旦ペテロさんの所に行きましょう。流石にこの地下街じゃ分が悪すぎます、土地勘のある人と一緒に動かないと!」
俺とクレアは一度引き返そうとしたとき、路地から禿げた男が飛び出してきた。そいつは糸動飛機を装備していた。
「兵士?」
男が小脇に抱えている袋からキラキラしたものが零れ落ちたのが見えた。飛び去る男を見つつ、袋から零れ落ちたものを確認する。
「これ、金貨か?てことはあいつが泥棒か!」
俺は振り返ってクレアに伝える。
「前を飛んでるやつが探してたやつです!」
「探す手間が省けましたね」
クレアが全速力で男を追いかける。一方の禿もクレアが追ってくることに気が付いた。
「あいつ、兵士でもないのになんで俺を追ってくるんだ?いや、そんなことはどうでもいい」
禿が前をまっすぐに見る。彼の視線の先には地上に出る階段に続く扉がある。
「国から出れば、ゼパル団におびえることもなくて済む。とにかく地上に上がらないと───」
「あなた、泥棒ですか?」
すぐ真横にクレアが並ぶ。一切の気配の無さに禿の目が動揺に揺れる。
「い、いつの間に───」
「質問に答えてください」
その言葉にこもった威圧感に禿が気圧される。
『何なんだこいつ。こんな奴がグリュプス解放軍に?』
しかし、彼もすぐに落ち着きを取り戻す。
「答えるかよォ!」
禿が決死の覚悟で剣を抜いて振り抜いた。
「わあ!」
クレアが驚いて禿から距離を取る。刃先のかすった頬から血が流れる。
「こんな所で───!」
禿が前を向いた瞬間、彼の目の前で王冠と剣のローブが翻った。
「よお、泥棒。ずいぶんな急ぎようだな」
サーヴェイが剣の柄で禿の後頭部を殴りつけた。
「あがっ......」
禿が地面に転がる。すぐそばに降り立ったサーヴェイが黄色い信号弾を打ち上げた。任務終了、あるいは事件解決を示す色である。
「あ、さっきの」
クレアがサーヴェイに近づいていく。サーヴェイは彼女をちらと見るが何も言わないで金貨の入った袋を拾い上げる。
「クレアさん!」
すぐに追い付いた俺にサーヴェイが質問が投げかけられた。
「ペテロはどこだ!」
「分からないです、僕らもペテロさんを追いかけようかと思って───」
「サーヴェイさん!」
噂をすれば、ペテロがこちらに向かってきていた。
「おい、お前ら二人は本部に戻れ。この件は解放軍に任せろ」
サーヴェイが俺とクレアに向かって言う。当然、これ以上首を突っ込むつもりもない。
「分かりました、行きましょうクレアさん」
俺とクレアはサーヴェイの示す方に向かって飛んだ。遠くの方に剣と王冠の描かれた旗が建てられている建物が見える。地下街のチェイスはかなり刺激的だった。魔力の無い人間には糸動飛機を使うことはできないのだろうか。
『本部に戻ったら試してみよう』
ほんの少しのワクワクを胸に俺はクレアとともに本部に戻るのだった。




