第35話 地下街チェイス-1
「お前ら、ゼパル団の人間じゃねぇだろうな」
サーヴェイが突き付ける剣の切っ先を見ながら、俺は前にもこんなことがあったな、などと思っていた。それはそうとペテロは後で大目玉を喰らうんだろうな。
「違います。そもそもこの国の人間じゃありませんし」
「ゼパル団もこの国の人間じゃねぇぞ」
あ、ミスった。いや、まだ挽回できるはず。
「ゼパル団とやらに捕らえられてた友達を救出したのは俺達です」
俺の言葉にサーヴェイの眉がぴくッと動く。
「異世界人とやらを助けた奴らがいるとは聞いていたが、お前らだったのか。───ユーヴェンスに聞いた」
サーヴェイが剣をおろす。
「旧知の仲の友人が助太刀しに来てくれたってな」
サーヴェイの表情がほんの少しだけ和らいだように感じた。確証が持てないほどの機微であった。彼はペテロの方をキッと睨みつける。
「ペテロ、お前も自分の部隊を持ってんだろ。それなりの立場の人間だという自覚を持て。分かったか」
「は、はい!」
ペテロが背筋を伸ばして、大声で返事をする。それを聞いたサーヴェイはうるせぇなとぼやきながら工房を出ていった。
「と、いうわけで、ここを見せるのはあんまりよくないから───カフェに行こう!」
ペテロが焦りながら俺とクレアの背中を押して工房の外に出す。ともあれカフェがあるのか。娯楽は地上とそこまで変わらないのだろうか。
「カフェですか、いいですね」
クレアが顔をパッと輝かせる。喉でも乾いていたのだろうか。実のところ、俺ものどがカラカラだ。水は本部に荷物ごと置きっぱなしにしている。
「んじゃ、お茶しにいこっか」
また三人は連れ立って歩き出した。
「サーヴェイさんはどういう人なんですか?軍出身ですか?」
「いーや、スラム街出身って噂。これ言ったらボコボコに殴られるらしいから、言っちゃ駄目だよ」
まあ、カタギではない雰囲気は感じていた。スラム街にいたような男がどのような経緯でグリュプス解放軍に入ることになったのだろうか。衣食住のために?それとも譲れない何かのために?
歩みを進めながら、思案にふけっているとクレアが顔を覗き込んできた。
「また考え事してるんですか?」
「別に考える必要もないことなんですけどね」
「考える必要のないこと?ふふ、最高じゃないですか。どうでもいいことに頭を働かせていると気分が良くなってくるんです。自分の意志が無くなっていくような心地いい気分。分かります?」
「うーん、そこまで意識したことは無いですね」
俺が答えるとクレアが物憂げな表情で呟いた。
「意識したら疲れるよ」
彼女の言葉をどう捉えればいいのか、俺には判別付かなかった。ただやけにクレアの物憂げな表情が脳裏に焼け付いて消えなかった。
「そろそろ着くよ」
ペテロがそう言った時、向こうの方で男が二人、糸動飛機でかっ飛んでいるのが見えた。
「あれ、やけに急いでるな」
ペテロが目を凝らす。すぐ後に剣を抜いた兵士が糸動飛機で飛んで行った。なにか起きたのだろう。瞬時に判断したペテロが魔鋼糸を射出、兵士の後を猛然と追った。
さて、困ったものである。案内役のペテロがどこかへ飛んで行ってしまった。おそらく前の方を横切った味方の所へ行ったのだろう。土地勘のない人間二人を置いて。
「クレアさん、どうしますか?追いかけた方が良いんですかね」
「うーん、困ったね。糸動飛機だっけ?は一応つけてるから追いかけられるけど。追いかけていいのかな?」
「そうですよね───いや、ペテロさんは待機とも言ってなかったわけですから、追いかけても文句は言われないのでは?」
俺が言うと、クレアは肩をすくめた。
「シキモリ君が決めて」
「え、じゃあ追いかけましょう」
「へへ、これでグリュプスから出て当分は贅沢できるな」
「兵士から分捕った糸動飛機のおかげで逃げの難易度がダンチだぜ」
人相の悪い二人の男が糸動飛機を操り、空中を疾走する。彼らが小脇に抱えている袋から金貨が零れる。
「お前ら、止まれ!」
後ろから追手の兵士の怒号が飛んでくる。
「ガキじゃねんだから、とまるわけねぇだろ!」
右側を飛ぶ、小太りの男が後ろの兵士に向かって金貨を投げつける。
「うわっ、何を!」
兵士がバランスを崩して地面に転がる。
「おい、金貨を目つぶしに使ってんじゃねえ!何のために盗ったんだよ!」
左側を飛ぶ禿の男が怒鳴る。
「やかましいわ!こんだけありゃ、大したことはねぇ!」
「それもそうか、とりあえず扉を目指すぞ───」
真横をとんでもないスピードで何かがすり抜けていった。
「な、なんだ?」
そのすり抜けていった何かがこちらを向いている。両手に剣を握っている。
「兵士か、二手に分かれるぞ!」
小太りと禿がそれぞれ二手に分かれる。
「あ、ずっる!」
ペテロが叫んで小太りの方を追う。小太りは建物の隙間を縫うようにして逃げることを選択したようだ。
「糸動飛機は簡単に扱えるけど、慣れてない状態でそんな入り組んだところは飛べないよね」
ペテロが速度を落とすことなく建物の間をに突入する。
「はあ、ぐっ、危なっ───」
小太りの動きが明らかに悪くなる。建物の壁にぶつからないように慎重に飛んでいるからか、姿勢も安定せずにフラフラしている。
建物の壁に箱型の鞘が音を立てて擦れ、火花が散る。
追うペテロは、加速と減速を巧みに繰り返し、壁を蹴って体勢を整えながら驚異的な速度で小太りに追いついた。
「止まりなさい!」
「止まらねえよ!」
小太りが大通りに出て、腰元にぶら下げた箱型の鞘から剣を抜いた。ペテロも剣を抜き、小太りの真下に回り込む。
「ひっ!」
小太りが悲鳴を上げた瞬間、ペテロが脚を斬った。相手が武器を抜いた時点で剣筋から容赦が消えていた彼女は、小太りの右肩に刃を殺さない程度に軽く突き立てて、袋を確保した。
ジャラジャラと金属がこすれる音が聞こえる。
小太りが地面に転がったのを見て、ペテロも地面に降り立ち、小太りの前に立つ。
「このお金は?」
「知らねえ、拾ったんだ」
「そう、それはご苦労様。後ですっからかんになるまで吐かせるから」
懐から拘束具を取り出し、小太りを拘束すると信号弾を打ち上げた。色は赤と青。それぞれに事件発生と怪我人がいるという意味がある。
「あとはもう一人───あ、客人!」
ペテロがカフェの近くに置いてきたシキモリのことを思い出した。
「とりあえずもう一人を捕まえること優先!」
ペテロが自分に気合を入れるかのように言って大通りを糸動飛機で移動する。小太りとのチェイスを制したペテロであったが、一方のシキモリとクレアは禿とのチェイスに大苦戦を強いられることとなる。




