第33話 今際の壁際
すっかり日も暮れたころ、ユーヴェンスとオテントのメンバーは建物の間を縫うように飛行していた。俺以外は全員シンシアと同じ装備を身に着けている。煌めくワイヤーは魔鋼糸と言うらしい。相手側にも自分側にも巻き取れる優れものらしい。これと飛行魔法を組み合わせた三次元的機動がグリュプス解放軍のスタンダードな戦い方らしい。
俺も使いたかったのだが、魔鋼糸は魔力がないと使えないとのことで、泣く泣く断念した。どこぞの巨人漫画のようなカッコイイ機動ができると思ったのだが。それはシンシアたちに任せればいい。
「向こうの方に王城と貴族区画を囲む壁が見えるだろ?あそこの壁際に魔族の護衛がいるんだ」
「へえ、魔族の。ぶっ殺せばいいのか?」
ゴルドーの野蛮な問いかけをユーヴェンスは否定した。
「そんなことをしたら、もっと警戒が強くなる。まあ、日中に散々やったから今更かもしれないけど」
「あくまで偵察ですからね」
クレアがシンシア達に念を押す。
「スピードをあげよう」
ユーヴェンスが物理法則を無視するような機動を見せる。
「やっぱ慣れてると違うな」
「私達も追いかけるよ」
シンシア達も魔鋼糸で建物の間を縫うように、さらに素早く駆け抜けていく。俺も浮遊スキルでユーヴェンスに追随する。ほどなくして俺達は壁際の近くにやってきた。
「ここならバレないだろう」
ユーヴェンスは壁から少し離れた建物の上に着地した。むろん、俺達もそこに着地する。護衛の近くにわざわざ近づくこともないあろうが、いささか離れすぎではないだろうか。
ユーヴェンスに言おうかと思ったが、彼の額に滲む尋常ではない量の汗を目にして口をつぐむ。
「感じるか?」
「ビンビン感じる。護衛ってやつ、相当だね」
シンシアが剣の柄に手を添える。俺は何も感じない。おそらく魔力を感じ取っているのだろう
。
「魔力がやばい感じですか?」
「ああ、まだあんな魔族が残ってたとはな」
「シンシアが仕留め損ねたやつだろ」
「は、私のせいって訳?魔族の国から早々に引き上げたのはゴルドーでしょ」
またシンシアがゴルドーとクソどうでもいい言い争いを始めた。エルドはもう諦めたのか、ため息をつくだけだ。ちょっと諦めるのが速すぎやしないか。
「敵にバレたらどうするんですか」
俺が割と真剣な口調で言うと、二人はすぐに静かになった。にしても、ものすごい緊張感というかプレッシャーを感じるのは敵が目と鼻の先にいるという事実を理解しているからなのか、あるいは得体のしれない存在の発する存在感に、本能が警報を発しているからなのだろうか。
「俺達がこの国の中枢を奪還するにはこの壁を乗り越えないといけないんだが、それには魔力を駄々洩れさせてる魔人を何とかする必要がある」
「魔人がいないところから侵入すればいいのでは?」
「一度やったんだ。んで壁際に近づいた瞬間全滅だ」
ユーヴェンスの言葉に俺は絶句する。魔人のカバー範囲はものすごく広いらしい。
「シンシア、お前なら倒せそうか?」
「うん、あいつぐらいなら何とかなるけど、気になるのは壁の内側。なんか変な魔力がいっぱいあるんだけど」
シンシアがユーヴェンスの方を見て眉間にしわを寄せる。どういうことだといった表情である。
「壁の内側に行けたとしても、さらに魔人がゴロゴロいるところを突破して王城に行かなければだめなんだ」
「それを俺達にやらせようって訳か?」
「あくまで意見が聞きたいんだよ。手伝ってはもらうけど、自分たちの力で奪還するつもりだよ」
俺はそんな会話を聞きながら、ふと疑問を口にする。
「魔人ってどんなです?見た目とか」
「見た目だけは人と変わんないやつもいれば、化物みたいな面したやつもいる。見てからのお楽しみだな」
楽しめるかそんなもん。と言いたくなるのをグッとこらえて、頷くだけに俺はとどめた。
「そろそろ引いた方が良いかも」
シンシアが忠告する。
「俺も同感だ。こっちに魔力が近づいてきてる。奇襲喰らう前にずらかるぞ」
エルドも同意を示したところで、俺達はその場から撤退をした。
先程まで式守達が立っていた場所に一人の女が降り立った。
「ちっ、魔力の残滓すら残ってないのね。一体どんな子達がいたのか、知りたかったわ」
額から伸びた二本の角が月明かりに照らされて、妖しく輝いている。彼女が何者なのか、式守達はまだ知る由もなかった。




