第29話 彼なりの決断
俺が目を覚ますと、既に空は明るくなっていた。隣ではシンシアが寝息を立てている。
「う、寝てたのか───」
俺が上体を起こした瞬間、首筋に冷たいものが当てられて俺は悲鳴を上げた。
「はは、起きたか」
ヘレナがコップを持って立っていた。
「あ、おはようございます」
「おはよう。調子はどうだ?」
「どこも痛くないです。それよりカオスは?」
「我々の方で拘束しているよ。流石に市民と会わせるわけにはいかんだろ」
確かに市民は真っ先にカオスをリンチするだろう。自分たちの生活を滅茶苦茶にしたカオスには相当な恨みを持っているはずだ。大切な人を失った人もいるだろう。
「それが最善ですね。にしても、被害は大きいですよね」
「まあ、あんだけの大立ち回りだ。アブロッサムが更地にならなかったことを喜ぶべきだな。死者はかなり多いし、行方不明者も多数いる。瓦礫に巻き込まれた奴、それに白いのにされた奴。カオスからことの顛末は聞いててな」
カオスはどうなってしまうのだろうか。
「カオスの処遇は?」
「当面は当局で身柄を押さえておくだろうな。今は街の復興が優先だ」
ヘレナはそう言うと、俺にコップを渡し、シンシアの鼻をつまんだ。
「んがっ!へっ、な、なに⁉」
シンシアがバタつきながら起き上がる。
「シンシア、いつまで寝てるんだ?」
「ヘレナ、ひどいことするじゃん」
シンシアがヘレナにドン引きする。横目で俺を見ると、身体をこちらに寄せて耳打ちしてきた。
「私に対してなんで当たりが強いの?」
「さあ、ツンデレなんじゃないですか」
俺は適当に答えると、立ち上がって大きく伸びをする。心地よい陽ざしに身体が喜んでいるのが分かる。身体を軽く動かそうと思い、ヘレナに訊ねる。
「ちょっと歩いてきていいですか?」
「あんまり遠くに行くなよ」
ヘレナから許可をもらった俺は、瓦礫の間を歩き始めた。瓦礫を担いだエルドがこちらに呼び掛けてきた。
「おはよう、シキモリ!動いて大丈夫なのか!」
「おはようございます!動いて問題ないです!手伝った方が良いですか!」
「兄ちゃんはゆっくり休んでてくれ!なんせ英雄だからな」
エルドが何か言うより早く、彼の隣に立っていたおじさんがこちらに駆け寄って俺の手をとる。
「いやー、若いのに立派だよ。みんな、英雄が目を覚ましたぞ!」
おじさんが呼びかけた途端、わらわらと人が集まってきて、口々に感謝の言葉を投げかけられた。
「あ、いや、俺一人では倒せなかったので───」
「シンシアだろ、あいつも立派だよな。いきなりこの街から出ていったと思ったら、急に戻ってきた挙句にこの街救っちまったもんなぁ。親父さんも天国で鼻高々だろうよ」
おじさんが感慨深げに言う。一瞬しんみりした雰囲気になったものの、アスターたちがこちらにやってきたことで、その雰囲気はぶち壊されることになる。
「おーい、シキモリー!」
アスターがゼエゼエと息を切らせながら俺の肩を掴む。
「なあ、あんた俺のパーティに入らないか⁉」
「俺、もうオテントに入ってるから───」
「そこをなんとかぁ」
「はは、どこもシキモリを勧誘しようと躍起になってるな」
エルドが笑いながら言う。
「勧誘?」
「憲兵隊、冒険者ギルド、貴族お抱えの冒険者パーティ、治安なんとか局がお前の獲得にノリノリらしいぞ」
「ええ───」
「シキモリがいたぞー!」
突然大声で名前を呼ばれて、俺は思わず走って逃げだした。どうせ勧誘だろう、オテントという居場所がある俺に受ける必要はない。
「はは、いいぞ!」
「怪我しないようにね!」
百鬼夜行から二ヶ月が経った。深い傷を負ったアブロッサムも着実に復興を進めていた。庶民も貴族も関係なく、住民一同が力を合わせて元通りの生活を取り戻そうと尽力している。オテントもその例外ではない。皆が自分にできることを全力でやった。
ある昼下がり、俺はとある場所にヘレナと来ていた。目の前の鉄格子の向こうにはカオスが座っている。
「久しぶりだね、私のことは忘れたと思っていたんだけど」
「忘れるわけないよ、同郷の人間だし。今日はリュックを返しに来たんだ」
ヘレナに鉄格子を開けてもらい、カオスの所へ歩み寄る。そして背負っていたリュックをカオスに手渡す。
「瓦礫の下にあったから汚れてるけど」
「残ってただけでも奇跡だよ」
「中身は全部入ってる」
カオスがリュックを開けてノートを取り出す。そしてそれを俺に差し出した。
「これはもう必要ないんだ。君の方で処分してもらえないかな」
「分かった。俺はこれから元の世界に戻る方法を探すんで、もし見つかったらまた教えにくるんで」
「いや、私はこの世界で罪を償い続けるよ」
カオスが首を振って断る。彼なりの決断を覆すつもりは俺になかった。
「君なら元の世界に帰ることができそうだね」
「何を根拠に」
カオスの言葉にわっずかながら頬が緩む。殺しあっていた人間と会話していてこんなことになるとは、不思議な感情が心の内を渦巻いている。
「じゃあ、俺はいくよ」
「リュックを返してくれてありがとう。達者でね」
俺はヘレナと一緒に外に出た。照り付けるような日差しに思わずため息が出る。
「眩しいな」
「どこか日陰に入りたいですね」
ヘレナとそんな会話を交わしていると、ベスが大きなかごを持ってこちらに走ってきた。花柄のフリルワンピースに身を包んだベスはとても魅力的に映った。
「ベスさんだ」
「シキモリ君、ヘレナさん、おはよ」
ベスは挨拶もそこそこにかごを持ちあげて見せた。
「お昼ご飯、まだでしょ?一緒に食べよ」
「ああ、ヘレナさんも一緒なら───」
「あー、私まだ仕事があるんだった。お前らだけで楽しんでくれ」
ヘレナはずいぶんな棒読みで言い放つと、音もなく消えてしまった。
そういうわけで、俺とベスは小高い丘、『星降りの山』にいた。広めの布を敷き、二人向き合って座る。日差しはきついが、そよ風が吹くたびに涼しい気分になる。
「今日はね、頑張ってパンいっぱい作ってきたんだ」
ベスがかごのふたを開くと、さまざまな種類のパンが勢ぞろいしていた。
「おお、これ全部ベスさんが?」
「ふふん、すごいでしょ。シキモリ君のために作ったんだから」
「いただきまーす!」
砂糖をまぶしたドーナツに肉と葉野菜、炒り卵を挟んだサンドイッチ、シンプルなバターパン。ベスの作ったパンはどれも絶品だった。
「もう、そんなにがっついて。喉に詰めないでよ」
頬を少し赤らめたベスがパンをかじりながら言ってくる。いつ食べられなくなるのか分からないのだ、食べられるだけ食べておきたい。
「それにしても街も元通りになってきたし、シキモリ君のおかげだね」
「俺だけじゃないよ。みんなで守ったんだ」
「謙虚だね」
「謙虚って、みんなに手伝ってもらったのは事実だし。俺一人じゃどうにもならなかったよ」
「ま、私も頑張ったし。晩御飯も食べに行こうね、ご褒美ってことで」
ベスがいたずらっぽく笑う。その表情に俺は笑って答える。
「そうだね、約束してたし」
「お姉ちゃんにお小遣いもらお」
その後もそよ風の吹く心地よい空気のなかで、俺とベスは談笑しながら昼食を楽しむのだった。




