第28話 百鬼夜行の終結
突如としてアブロッサムに根を下ろした大樹に、アブロッサムに困惑が広がっていく。シンシアとヘンリーが大樹を見て啞然とする。
「あれも百鬼夜行かい?」
「さあ」
図書館に避難していた人々も、自分たちの住まう街に生えた大樹に不安を募らせる。クレアの治療を受けたヘレナが呆然とする。
「あれはなんだよ───」
「ここにあっちゃいけないもんだろ」
エルドはそれだけ言うと、斧を構えてシンシア、ゴルドーに念話魔法を繋ぐ。
〈あの木みたいの見えてるか?〉
〈当たり前じゃん〉
〈魔法の効きが異常に悪い。シンシア、エルド、お前らがとどめを刺す必要がある〉
〈とりあえず、やりあって確かめよう〉
シンシアがそう言った時点で、エルドは大樹に向かって飛びあがっていた。クレアもそれについていく。
同時に、シンシアも刃を交換してから大樹に向かって走る。外壁の上に立っていたゴルドーも援護に向かう。
「ここにいる奴ら全員を粘性生物に変えてからこの街を───」
大樹の幹の上部に腕と下半身を埋め込むような形で収まっているフレンズが笑いながら呟いたとき、大きな揺れが彼を襲った。下の方で煙が上がっている。
どうやら誰かが攻撃を仕掛けてきたようだ。
「そっちがその気ならやってやるよ!」
大樹の幹から無数の触手が生え、立ち向かわんとする者へと伸びる。
「触手の攻撃がきた」
エルドが二振りの斧を振るって触手を蹴散らす。
『攻撃は通ってはいるが、切断できないか。刃が滑るような違和感───』
「エルド、気づいた!?」
シンシアが触手を避けながらエルドに訊ねる。
「何に!」
「攻撃の感触変じゃない!?」
「それは思った!だが攻撃自体は通ってる、このままごり押すぞ!」
シンシアとエルドが一直線に大樹の幹に突っこんでいく。それを阻止せんと大量の触手が行く手を阻む。
「うねうね気色わりぃんだよ!」
「邪魔しないでください!」
ゴルドーとクレアの援護が炸裂し、触手が動きを止める。
「ありがと!」
シンシアとエルドが肉薄した瞬間、巨大な柱のようなものが伸びて二人をあっという間に遠くへ追いやってしまった。
「質量でごり押してきやがったか。魔法が効けば五分で片づけられるんだがな」
ゴルドーが少し焦ったような様子を見せる。
「そういえばシキモリ君は?」
クレアが地面を見渡す。誰かが地表付近を飛んでいる。
『この魔力はシンシアさんの妹、誰かを担いでる』
クレアがベスの所へ向かう。
打ち払われた後、ベスはまた俺を担いでフレンズから距離を取ろうとしていた。そこに、クレアがやってきた。
「大丈夫ですか?」
「シキモリ君が怪我してます、治してあげてください」
ベスは俺を乱雑に降ろして地面に横たえる。すると、クレアが俺の脛に手を当てて何かの魔法をかけた。じんわりとした温かさを感じると同時に、痛みが和らいでいくのが分かる。上体を起こすと、脛の傷がゆっくりと塞がっていくのが見えた。
「すごい、治ってる」
だが、クレアはかなり焦っている。
「なんで治りが遅いの、本気の治癒魔法なのに」
これで遅いのか。一週間でやっとこさ塞がりそうな怪我がものの二十秒ぐらいで完治するのだ。遅いことは何もない。
脛の傷が完全に塞がったのを確認した俺はすぐに立ち上がる。頭上を黒いローブを着た集団が飛び越えていく。先頭にヴィグラッドがいるのが見えた。
「あれをぶっ倒せば百鬼夜行は終わります」
「確証があるの?」
「さっきカオスとカオスのスキルを分離するとこまで行けたんで。まあ、油断してああいう事態になったんですけど」
俺の失態が招いたこの事態、自分が何とかしなくては。
「自分が何とかしなきゃって思ってるでしょ」
「え、なんでそれを」
クレアに心を見透かされてぎくっとなる。この人は心を読む魔法を使ったのだろうか。
「君はもうオテントのメンバーなんだから。みんなであいつを倒すんだよ。ヘレナさんや他の動ける人たちがあいつを倒そうと頑張ってる。君と同じぐらいね」
「そうですね。念話魔法を繋いでもらえますか、あそこにいる全員と」
「分かった」
クレアが念話魔法を繋いだことを確認すると、全員に呼びかけた。
「奴に効果的に攻撃を叩きこむには魔力を介さない必要があります!」
〈それだけじゃない、魔力を極端に集中させる方法もある!私が実践済みだ!〉
〈私も見てたから、間違いないよ!〉
ヘレナが言ったことにハイラが付け加える。
〈しかし、飛行魔法を使っているとどうやっても表面に魔力が流れてしまう。魔力がない君一人であれを倒せるか?〉
ヴィグラッドが訊ねる。その言葉に俺ではなくベスが答えた。
「お姉ちゃんなら行ける、でしょ!」
〈魔力の一極集中、ギリギリだけど大丈夫!シキモリ君、行くよ!〉
シンシアから頼もしい返事が返ってくる。心臓が跳ね上がる。これが失敗すればアブロッサムは崩壊する。そんな事態は絶対に止めなければ。
俺は決意を胸に、シンシアのもとへ飛んだ。
「シキモリ君、準備は良い?」
「もちろんです。体がぶっ壊れてもついていきます!」
我ながら変な覚悟の決まり方だと呆れてしまう。本体が表出しているかどうかは分からないが、あまり重要な問題ではないだろう。すでに死に体だったところからのこれである。幹を粉砕すればそれで決着がつくだろう。
「みんなは援護に回ってくれるから、私達はカオスをぶっ倒すことに集中しよう」
「分かりました、じゃあ行きましょう!」
俺とシンシアが大樹の幹に向かって作戦を開始した。当然、触手の抵抗があったが、エルドたちの奮戦で一本たりと寄せ付けなかった。
太い柱のような触手が二本、こちらにものすごい速度で迫ってくる。
「いったん二手に!」
「はい!」
シンシアの指示でそれぞれ一本づつ相手するように動く。シンシアは触手の上を、スピードスケートの如く滑走するように飛行し、さらに迫る触手を圧倒的な剣捌きで細切れにした。
俺は触手の周りを回転するように飛び、最高速度を維持したままシンシアの横に並んだ。二人は目を合わせると再び前を見据えた。二つの軌跡が幹へと凄まじい速度で伸びる。
こちらに近づいてくる二人を見たフレンズは最後の抵抗を試み、いくつもの触手を繰り出すが、その全てが崩れ去っていく。
「なんだ、どうなってるんだ───」
フレンズが慌ててありったけの触手を自身の体に巻き付けて防護する。
「これで百鬼夜行はお開きだ!ベタベタ野郎!」
俺は渾身の力を込めて、スキルをも全開にした拳を突き出した。シンシアもありったけの魔力を集中させた刃を突き出す。
「いっけぇぇぇ!」
ベスが叫ぶ。
二人の一撃はフレンズの防護をいとも簡単に貫き───。
閃光がアブロッサムを照らし、轟音と共に大樹が破裂したかのようにはじけ飛んだ。
フレンズがボロボロになって崩れ去り、カオスの肉体だけが破片と共に夜空に舞う。
「───やったのか?」
ヘレナがおそるおそる呟く。
「倒した、カオスを倒したァァ!」
「あいつら、やりやがった!」
皆が喜びの声を上げる。
「お姉ちゃん、シキモリ君!信じてた!」
「うまくいって良かったわ!」
ベスとクレアが抱き合って喜ぶ。
墜ちていく俺の腕をシンシアが掴む。疲れた顔のシンシアだが、その眼はキラキラと輝いている。
「やったね、シキモリ君」
「はい、シンシアさん───」
俺は力を振り絞って返事をすると、深い意識の底へ潜ることとなった。
夜空の向こうは既に白み始めていた。それは百鬼夜行の終結の知らせでもあった。




