第27話 フィナーレは最悪らしい
鞭のようにしなる触手を浮遊で受け流しながら俺はカオスとの間合いを詰める。相手は中距離、遠距離にめっぽう強い。なら間合いに入り込んで殴り合いに持ち込めばいい。
どんな形になろうと身体能力は普通の人間と変わらないはずだ。スキルの拡張性が以上に広いだけの人間だ。
「触手ばっかりじゃ俺を倒せないぞ」
俺はカオスの顔面を渾身の力で殴りつけた。するとカオスは顔を押さえて喚き散らかした。
「お前本当に俺と同じ世界から来たのかよ!なんで平気な顔して人を殴れるんだ!」
「何を弱者ぶってるんだ!お前のせいで死んだ人間がいるんだぞ!」
「知らないよォ!勝手に死んだんだろ!なんで俺に責任を押し付けるんだ!」
話の通じなさに俺は猛烈な苛立ちを感じていた。果たして本気で言っているのか、こちらをからかっているのかは分からない。
「いい年こいてママ呼びしてるしさ、いくらなんでも子供すぎないか?高校生の俺に言われるって相当だぞ?」
「今、ママをバカにしたな!」
「ママじゃなくてお前をバカにしたんだよ。マジで話通じないな」
カオスはこちらの世界に来てからどうやって生きていたのだろうか。人とまともなコミュニケーションが取れるとは思えないし、エメンタール遺跡の近くでどうにか食糧を確保していたのだろうか。
いや、こんな奴のことなど考えなくていい。倒すことだけを考えよう。
「いい加減にしてくれ、もうお前に付き合ってられないんだ」
俺はそう言うと、浮遊スキルを駆使し、縦横無尽に空を駆けまわって攪乱する。
「自由でうらやましいなぁ、俺ァ元の世界じゃずっと脳みそどっかに縛られてたのによぉ」
カオスがさらに触手攻撃を強める。グルグルと弧を描くように飛び続け、カオスの触手が一か所に集まるように誘導する。
『いまだ』
俺は伸びる触手を一本掴み、束になった何本もの触手を一つに結びあげた。そしてカオスの間合いに全速力で飛び込み、強烈なキックをお見舞いした。浮遊スキルで蹴りの速度を加速させてからのインパクトだったので、脚の感覚がなくなりそうなほどに痛むが、これをくらったカオスだってひとたまりもないだろう。
後ろを振り返ると、腹を抑えたカオスがふらふらと下に落ちていくところだった。これで決着がついたのだろうか。
辺りを見渡してみる。魔獣の数はかなり減っている。百鬼夜行は収束しつつあるようだ。その分、魔獣から漂っている腐臭が街全体に広がっている。疫病だったりが発生しないか心配だが、それは後で考えよう。カオスに聞かなければいけない事がいくつかある。
地面にうずくまっていたカオスが地面に降り立った俺を見る。彼の姿は人間に戻っていた。
「お前、いつもあんなことしてたのか?」
カオスが恐怖に顔を引きつらせて俺に訊ねてくる。
「あんなことって───」
「普通の高校生があんなに戦えるわけないだろ!俺は意のままに粘性物質を扱うことができるけど、お前なんて浮くだけだろ、スキルを二つ持ってるのか?浮く以外に超パワーのスキルとか」
「スキルは浮遊だけだ」
「───それだけであの威力かよ」
カオスが腹をさする。腹には俺のキックでついたであろう痣がついていた。
「へへ、俺を殺すのか?人殺しだな」
「何をいまさら。魔獣だってもとは人間だったんだろ?」
片足を引きずりながら、俺はカオスに近づいていく。
「女神に会ったんだろ?向こうの世界に帰るにはどうすればいい」
「しらないよ、ただ帰してやるって言われたからね」
「魔王がどうとか言ってたのは───」
「覚えてない。工場から施設に帰る途中でこっちの世界に来たんだ。さっき色々私が言ってたみたいだけど、ほとんど覚えていないよ」
カオスの口調が穏やかになっている。
「施設っていうのは、その、なんて言えばいいのかな」
「君の想像してるものさ。こっちに来てから頭の中に蠢いてた異常な靄がきれいに消えたんだ。君と同じ健常者になれたんだ」
カオスがそこまで言ったとき、足元から何かが這い出てきた。子供の形をした白いベタベタが俺の方に触手を伸ばしてきた。
「うわ!」
俺は思わず悲鳴を上げて後ずさる。
「オレの......百鬼夜行......カエセ」
ベタベタが絞り出すように言う。
「喋った!? ていうか、これがカオスのスキルか?独立してるのか」
「女神さまがこっちの世界に来るときにくれたんだ。私の中の靄を取り払ってくれる友達だっていってね。これは覚えてるんだ」
「私はね、ずっと私の持つ靄のせいで普通じゃないと言われて、まともな人生を歩めなかったんだ。なら私と同じ靄をみんなが持てば私は普通になってまともに人生を歩めるんじゃないかって」
「それがノートに書いてたやつなのか」
「ご名答、白いのは私の言ってた靄だね」
カオスがベタベタを見る。
「その願望をかなえてくれたのがこれだよ。何を勘違いしたか人を怪物に変えだしたんだ。何故かそれに私も違和感は覚えなかった。興味はあったんだ、みんなが私同じになったらどんなことが起きるのかと。争いが起きるのか、はたまた別のことが起きるのか。申し訳ないこと、なんて言葉じゃすまされないね」
カオスが俯く。正直、同情する気持ちは一切ない。だが、怒りの矛先はベタベタのほうに向いていた。
こいつが百鬼夜行を発動させた元凶なのだ。
「ニクイ......お前らばかり......シアワセに生きやがって」
ベタベタはカオスの心の本音ごと彼から離れたのだろう。さて、この白いのにどうやってとどめを刺そうか。
「あ、この白いの、殺していい?」
「はは、君ホントにいかれてるね。こっちの世界に適応するのが速くないかい?殺して構わないよ」
カオスから許可を得た俺は近くに落ちていた石を浮遊で浮かせ、こちらに引き寄せて掴んだ。
叩き潰して絶命させられるだろうか。考えていると、視界の端に巨大な白い物体が表れていた。
「あ、ゴルドーさんが相手してたデカブツ!すっかり忘れてた!」
俺が気を取られている隙に、ベタベタがカオスを取り込んで宙に舞う。それを認識した俺は浮遊で追いかけようとしたが、脚の痛みに倒れこむ。脛から血が溢れている。折れてはいないだろうが、かなりの大けがだ。
別に超人的な力を持っている訳ではないから、無茶をすれば、その分反動もある。
「調子乗りすぎたか、カオスは───」
空高く舞ったカオス、というより粘性物質が高らかに叫ぶ。
「フィナーレだァァ!」
フレンズが叫んだ瞬間、アブロッサム中の魔獣の死体がフレンズのもとに集まっていく。宙に浮く巨大な物体もバラバラに飛び散ってフレンズにくっついていく。フレンズがその身体をどんどん膨れさせる。
「いったんここから逃げないと───」
誰かが俺を担ぎ上げて飛び上がった。
「大丈夫、シキモリ君!」
「その声は、ベスさん!」
傷だらけのベスが俺を助けてくれたのだった。
「あれが百鬼夜行?とやらの元凶?フィナーレとか叫んでたけど」
フレンズが肉体を地面に伸ばして、根のように張り巡らせていく。
「そう、フィナーレは最悪らしい」
「ま、お姉ちゃん達がいるから大丈夫でしょ。クレアさんの所に送るから───」
触手がこちらに向かって伸びてくる。俺は浮遊で迎撃しようとしたが、間に合わない。打ち払われた俺とベスが地面に投げ出される。
すでにフレンズは姿を大きく変えており、アブロッサムに根を下ろす大樹のごとき存在感を放っていた。




