第26話 水と油みたいなもの
怪獣の身体の下をくぐりながら攻撃を仕掛けるハイラは魔法の効きが悪いことに違和感を覚えていた。
『爆発の衝撃が怪物に一切届いてない、どういうこと?焦げはしてるから熱傷はついてるみたいだけど───私の魔法の威力がお粗末とかはナシにしてよ』
ハイラが怪獣の顔面の前に躍り出る。
「ヴァニシングショットォ!」
無数の黒い槍が怪獣の顔面に突き刺さっていく。
「刺さったね、じゃあ、これで───!」
「刺さってないぞ!」
ヘレナが大声で知らせてくる。
「刺さってるでしょ───うわ!」
怪獣が吠え、その衝撃波でハイラが吹っ飛ばされる。ヘレナは怪獣の顔の真下にいて、ハイラの攻撃に合わせて追撃するつもりだったのだ。
しかし、どういうわけかハイラの放った黒い槍が刺さっていない。ほんの少し浮いているのだ。
「攻撃がなんでか浮いてやがる、あいつが爆発させても威力が落ちてるわけだ」
ヘレナがハイラのところへ飛ぶ。
「そもそも魔法を弾く性質があの肉体にあるのかもしれん。あれに似たものがゴーレムに入っていたんだろ?」
「うん、でもアスターとドウェインの攻撃は多少通っていたし、シンシアさんに至っては両断してたから。シンシアさんに何とかしてもらった方が」
彼女らの後ろのほうではアスターとドウェインが剣に魔力を溜めている。あいつらの一撃に賭けるか、それともシンシアを呼ぶか。
そんな考えがヘレナの頭をよぎる。が、すぐに気を入れなおす。
「ふう、何がシンシアに何とかしてもらう、だ。本部で死んだ奴らの仇を取らないといけないんだ」
ヘレナが葉巻を取り出して加えて火をつける。それを見たハイラが顔をしかめる。
「こんな時に───」
「最後の一服だ。悪いがお前ら───」
煙を吹き出し、ヘレナが剣を構える。その纏う威圧感に背筋が冷えていくのをハイラは感じた。そしてこれが尋問官なのか、とも。
「命を賭けてくれ、私と一緒に」
ヘレナがそう言って、怪獣にとびかかろうとした瞬間、大きな魔力が近づいてくるのを感じた。
「ヘレナ、私も手伝うよ!」
シンシアがこちらに向かって飛んできていた。
「ちっ、せっかくカッコつけたのによ。おいシンシア、ヘンリーのとこ行って魔獣の弱点が見つかったか聞いてこい!」
「はえ!? 流石に無茶だよ!」
「弱点が知れた方が楽に倒せるだろ、早く行け!」
「ああもう、分かったよ!すぐ戻るから、死なないでよね!」
シンシアがまた別の方角へ飛んで行った。それを見届けると、ヘレナは魔獣へとびかかっていった。
『こいつに魔法が効きづらいのは、カオスの生み出したものだからだ。シキモリと同じで、奴は魔力の無い、別の世界から来たんだろう。そいつ本体ならまだしも、あの白いのが魔力に耐性を持つものだったとしてもおかしくない。魔法でどうこうできない性質を持っていても───』
ヘレナがそこまで考えてため息をつく。
『全く効かないってわけじゃない。もっと単純に考えよう。魔力が水なら白いのは油、水と油を一緒に入れただけでは混ざらないが、攪拌すればいずれ混ざる』
ヘレナが怪獣から繰り出される触手攻撃をかわしながら、腹側に潜り込む。
『一点に魔力を集中させ続ければ、白いのの魔力耐性を打ち消すことができるんじゃないか?』
触手と脚の隙間をくぐり抜けて、脚に魔力を集中させ、身体強化する。
「イチかバチか!」
怪獣の横っ腹にものすごい勢いでキックを刺した。衝撃波が辺り一帯を走り、土ぼこりを巻き上げる。
「エエ!? 物理でやるの⁉」
ヘレナがとった驚きの戦法にハイラが目をかっぴらく。気でも触れたのかと思ったが、何か策を見つけたのかもしれない。ヘレナと怪獣の間から、白く輝く靄が激しく噴き出していた。
「おい、あれシスターの魔力だぞ、何をしようってんだ?」
アスターも困惑した様子で怪獣の横腹を見る。
「うおおおおおお!」
ヘレナが渾身の力を振り絞った瞬間、怪獣の横腹がグニッとへこみ、その巨躯が大きく横によろめいた。腹に残った魔力の残滓を見たヘレナがハイラに叫んだ。
「マナチェンジ!」
その叫びが届くか届かないかのタイミングでハイラはすでに魔法を発動していた。
「マナチェンジ・ボムストライク!」
ヘレナの魔力の残滓が一瞬、輝いたかと思うと、炎の花を咲かせた。怪獣は苦しそうな雄たけびを上げて横ばいになった。横腹には大きな穴が開いており、内蔵が露わになっている。
「今が!」
「最大のチャンス!」
凄まじいほどの赫い軌跡が一直線に怪獣に向かって伸びる。
「「合技・獅鷲神斬破!」」
エメンタール遺跡の時とはけた違いの威力となっているアスターとドウェインの合技が怪獣に炸裂する。赫い光が弾けて、夜空を真っ赤に照らす。
しかし、怪獣が自らの触手で増強した腕に阻まれていた。
「ああもう、何やってんの」
ハイラが焦ったように動こうとしたとき、アスターとドウェインから念話魔法が繋がれた。
〈マナチェンジでこいつをぶっ飛ばしてくれ!〉
〈いい具合に脱出するから!〉
「バッカじゃないの⁉ 死んだら恨むからね!」
ハイラは一切の躊躇なくマナチェンジ・ボムストライクを発動し、アスターとドウェインの魔力を爆発に変えた。
世界が光で満たされる。一瞬の静寂の後、轟音と共に巨大な火柱が立ち昇った。凄まじい衝撃波に宙を舞っていたハイラとヘレナが吹っ飛ばされて地面に激突する。
アブロッサムに肉片が降り注ぐ。
「はあ、はあ、やってみるもんだな───」
ヘレナが荒く息をつきながら上体を起こす。右脚があらぬ方向に曲がっている。
「無茶な身体強化をしたからな。もう魔力もすっからかんだ」
「いったーい、頭から血が出たんだけど!」
近くの瓦礫の陰からハイラがヨタヨタ歩いてきた。
「げ、右脚グロ」
「言ってくれるな。アスターたちは?」
「辛うじて魔力が確認できるから生きてるんじゃない?こっちに向かってるよ」
二人が空を見上げると、アスターとドウェインをかついだ筋骨隆々の男がこちらに飛んできていた。
「あいつは、シンシアと一緒にいた、たしかエルドだ」
エルドは地面に降り立つと、アスターとドウェインを地面に放り投げた。
「お前ら、特攻仕掛けたのか。大したタマだ」
エルドが感心しているのか呆れているのか分からないようなリアクションを取る。
「ハイラ、お前躊躇なさすぎだろ」
「もうちょっと止めてくれるとばかり」
「そっちが言ったんだからやってんでしょーが!あれやってなかったらでっかい魔獣倒せなかったんだから」
アスター達がぎゃいぎゃい騒ぎ出す。
「ヘレナ、クレアの所に連れていく。そこで治療してもらえ」
エルドがヘレナをお姫様抱っこする。
「それはそうと、あんたはあの爆発に突っ込んだのか? そうじゃなきゃアスターたちを救うことはできないはずだが」
「飛び込んださ、かなりの威力だったがな」
エルドはそう言うと大きく笑ってクレアのいる避難所に向かって高く飛び立った。
突如起きた大爆発に俺とカオスは動きを止めた。
「はあ、あれをやったのかよ。怪獣並のサイズだったのに?俺のものまた壊された」
カオスが頭を搔きむしりながら嘆く。
「切り札を失ったのか?なら百鬼夜行もそろそろお開きにしないか?」
「するわけないだろ、フィナーレにはまだ早いんだよ!」
カオスの繰り出す触手がうなりを上げる。




