第23話 百鬼夜行
調査団の眼下には白い大地が広がっていた。
「こんな大きさの、どうやって動いてるんだ?」
ディルクが剣を抜きながら呟く。
「まるで街がもう一つ浮いてるみたいね」
バーバラが半ば感嘆に近い言葉を漏らす。セリジスが後続の冒険者に念話魔法で通達する。
『これより、対象の調査にあたる。総員、高度を下げるぞ』
調査団は高度を下げ、白い巨躯の詳細を調べようとした。その時、最後尾の二人が白い人型の魔獣に喰われた。いきなりの襲撃に一同が驚愕する。
「魔獣、報告にあった白い奴だ!」
ディルクが叫んで高度を上げる。ほかの調査団もそれに倣う。
「魔力探知に引っかからない!何なのこいつ───」
逃げ遅れた魔法使いが魔獣に殴りつけられて絶命する。赤黒い血をまき散らしながらその死体は白い巨躯に小さなシミをつくった。
「もう三人もやられた、撤退すべきだ───」
セリジスが撤退を提案した瞬間、甲高い、うめき声のようなものが響き渡った。
「な、何の音だ?」
ディルクが冷や汗を流す。尋常でない事態に自分たちが陥っている事実が否応なく彼らを焦らせる。
目の前に激しく発光する蒼い柱が立ち昇り、魔獣が出現する。その数はざっと数えても六十体は下らないだろう。
『ギルドマスター、ヘンリーが分析していたのと同じと思われる魔獣が出現しました』
『なにぃ?てことは、そいつが魔獣襲撃事件の原因の可能性があるな』
魔獣達が一斉にこちらに向かってとびかかってくる。
「くっ、総員後退!敵は魔力探知に引っかからないようだ、動きを目で追うんだ!」
ディルクの言葉を皮切りに、調査団は全速力で撤退を始めた。が、魔獣の数にじわじわと追い詰められ、また一人魔獣に空から引きずり降ろされる。
「はなせぇぇぇ!」
悲痛な声を上げた冒険者は無残にも上半身を喰い千切られてしまった。その断末魔はギルドに待機している冒険者達にも念話魔法を通じて届いていた。
「何だ今の───援護を送れ、ディルク達をこれ以上死なせるな!」
冒険者達が慌ててギルドを飛び出していく。
「シンシアさん、冒険者がどんどん飛び立っていきますよ」
俺が驚いて報告すると、シンシアはゴルドーを見た。
「ゴルドー、行ってあげて」
「ち、最初からそうすりゃ良かったんだ」
ゴルドーは文句を言いながら、勢い良く空へ飛んだ。
魔獣の群れの猛攻を何とかしのいでいた調査団だったが、また一人が魔獣に捕まってしまった。
「ジョシュ!」
セリジスが仲間を掴んだ魔獣に向かって突進し、その腕に刃を振り下ろした。
澄んだ金属音が鳴り、刃がセリジスの後ろへ吹っ飛んでいく。
『なんで刃が通らない?』
魔獣の拳がセリジスを殴り飛ばした。
「セリジスまでやられた!どうするの⁉」
バーバラが悲痛な悲鳴を上げる。残るは六名。限界まで高度を上げても、魔獣の攻撃がやむことはない。ここまで命に危機が迫るとはだれも予想していなかったのだ。
「前方から魔力反応確認!なんて大きな魔力だ、いったい───」
遠くの方で何かが爆ぜるのが見えた。
「爆発───」
その瞬間、調査団の真横をゴルドーがすれ違うように飛んで行った。その速度はディルク達はバランスを崩してしまうほどだった。
「速い、何者だ?」
ディルクが疑問を口にしたが誰も答えない。一刻も早くこの場から離れなければならないのだ。
ゴルドーは襲い掛かってくる魔獣を片っ端から爆発魔法で吹っ飛ばしていく。
「ここなら遠慮なく戦える。かかって来いよ魔獣どもォ!」
圧倒的な爆破で主導権を握ったゴルドーが吠える。
白い物体に起きた爆発を見てシンシアが頷く。
「うん、あれはひとまずゴルドーに任せれば大丈夫。私達は───」
その時、白い物体から高速で何かが射出されるのが見えた。
「なにか飛んできてるよ」
シンシアが剣を抜いて夜空へ飛びあがる。エルドと俺も飛び上がって、近くの建物の屋根に立つ。そこへヘレナとヘンリーが飛んできた。
「おい、シキモリ!状況は」
「ヘレナさん!今白い物体に冒険者とゴルドーさんが飛んでいきました。あの白いのは敵で、さっきこの街に向けて何かを撃ち放ちました」
俺の報告にヘレナが険しい顔になる。
「撃ち放った?住民の避難も今しがた始まったばかりだってのに」
「避難?上流階級の居住区域に?」
「図書館と二手に分かれてだ。上流階級の方はヴィグラッド長官と尋問官主体で避難指示を、こっちは憲兵隊が主体で避難を───」
「いつまで喋ってる、そろそろ到達するぞ!」
エルドが大声を出す。それにはっとして俺は空を見上げた。高速で飛来する物体は、いきなり減速を始め、甲高い唸り声をあげながら真上を通過した。
「鯨の声───?」
俺の耳には唸り声がそのように聞こえた。その唸り声はかなり大きく、アブロッサム全体に響き渡っているようだった。
「追いかけます!」
「なっ、待て!」
ヘレナが止めるのも構わずに俺は飛来した物体を追いかけるために、飛び立った。街を見下ろせるぐらいの高度にいる物体に追いつこうとした瞬間、眼下が蒼く光り輝いた。
「え?」
街の至る所から蒼い光の柱が立ち昇っている。背中にぞくっとした感覚が走り、俺はすぐにシンシアたちの下へ戻った。
「な、魔獣が」
そこかしこに魔獣がおり、シンシアたちと交戦しているではないか。
「カオスの言っていた百鬼夜行がこれなのか───」
魔獣がこちらに向かって突進してくる。指先に浮遊を圧縮して放つと、魔獣の身体が跳ねて後ろに倒れこんだ。
「効くのか、身を守ることはできそうだけど───」
「シキモリ君!」
髪の毛の逆立った女がこちらに呼びかける。彼女はとんでもない膂力で魔獣を蹴り飛ばした。
「誰ですか!」
「誰って、この姿は見せたことなかったっけ」
女が近づいてきて始めてだれか認識できた。
「ベスさん!?どうしたんですかそれ」
「魔力による身体強化、私はなんか髪の毛が逆立っちゃうんだけど。そんなことより、私達は図書館に行って住民の避難を援護しろって、師範───ヘレナさんが」
「分かった、すぐ行こう」
「頼んだよ、シキモリ君、ベス!」
魔獣を両断しながらシンシアが言った。
俺とベスは頷きあって図書館の方へ全速力で飛んだ。
カオスをおびき寄せる策を準備しようとしていた矢先に百鬼夜行が発動してしまった。カオスがどこにいるのかを探らなければならないし、住民も守らなければならない。
本音を言うと、俺だって守られる側の人間でいたかった。でも、シンシアさんが、ヘレナさんが俺に何かを託してくれている。それを放棄することなどできなかった。
オテントがゴブリンから助けてくれなかったら俺は今ここにいなかったかもしれないのだ。
見ず知らずの、魔力の無い人間である俺を信用してくれたみんなのために、百鬼夜行を沈静化させなければならないのだ。
「カオス、お前の思い通りにはさせないぞ」




