第21話 姿を現す混沌
カオスは根城であったエメンタール遺跡の新階層に戻ると、そこで異変に気が付いた。自身のスキルを知るきっかけだったゴーレムが死に絶えているのだ。
「あ、ああ」
カオスは声にならない声を出してゴーレムに駆け寄る。ゴーレムの中にいた自身の友達は辛うじて生きていた。
「あああ、何があったんだ!誰にやられたんだ!君がやりたいと言った百鬼夜行がもうすぐ発動されるのに!」
友達を自身に吸収し、何が起きたのかを友達の記憶を介して探る。自分よりも若い子供と金髪の女が脳裏に焼き付く。
特に若い子供の顔には見覚えがあった。
「こいつ、尋問官といたガキじゃないか!高校生ぐらいか?嫌いだ嫌いだ、高校生は嫌いだ!俺に向かって石を投げてきたからなぁ、何にもしてない俺に、ちょっと他と違うだけの俺にぃ!」
シキモリとヘレナと対峙したときの言葉遣いが噓のように粗暴になっている。思い出したくない過去がフラッシュバックしたせいで取り乱しているのだろうか。それに呼応するかのように、彼の身体から白い粘性物質が激しく噴き出した。それらは暴れ狂い、カオスのいる部屋を破壊しかねない勢いにまでなった。
「イレギュラーになるなんて言ったけど、こういうことじゃないんだよなあ。百鬼夜行に対してのイレギュラーじゃないと。そう思うだろう?」
カオスが白い粘性物質に向かって訊ねる。粘性物質が何かを答えることはなく、本人の激情に呼応することだけ。それが友達の役割なのだ。
「あ、宝物庫!」
カオスが友達を伸ばして扉を破る。当然中はすっからかん。すでにギルドの調査団が金銀財宝を回収していたのだ。
「ママにあげるお宝が!ないないないない!あのガキが盗んでいったのかぁ!?リュックもない!向こうに帰れないじゃないか、女神さまが帰してくれるのに、リュックがなかったら帰っても意味がないじゃないか!作業着がないと怒られちゃうよぉぉぉぉ!」
カオスが頭を抱えて地面にうずくまる。それを友達が包み込み、新たな生物として融合し肥大化していく。
これはシキモリが浮遊スキルを応用したのとは全くの別物である。カオスのスキル『粘性物質』はカオス自身の感情に大きく影響を受ける。彼の感情がフレンズのキャパシティーを超えたために、そのキャパを更新するための生態変化をフレンズは起こしたのだ。
もはやカオスは人間ではなく、フレンズと完全に融合した粘性生物へと姿を変えた。
彼は遺跡を突き破って空へと舞い上がった。夜空には満月が浮かんでいた。
当たりもすっかり暗くなったころ、俺はヘレナさんに事の次第を伝えて、協力を仰ごうと修道院に向かっていた。その道中でベスと出会った。ベスは俺を認識するとこちらに猛然と走ってきた。
「シキモリ君!」
「ベスさん、どうしたんですか?」
「どうしたもなにも、この街に戻ってきたときに姉さんにおんぶしてもらってたから心配してたんだよ。あの後高熱が出るわ丸二日寝込むわで、もう死んじゃうのかと」
ベスが声を震わせる。
「ベスさん、そんな大げさな───」
「ユガさんも心配してたし」
ベスの口から出た予想外の名前に俺は首をかしげる。
「ユガさんって、パン屋の?」
「そう、私がユガさんからの差し入れを宿屋に持ってったんだから。エルドって人に渡したけど。他にも肉屋のノルンさんも花屋のサシャさんも心配してて───」
「えーと、あんまりこの街の人と関わってないと思うんだけど、なんで俺の名前が広まってるの?」
「魔獣の襲撃事件あったでしょ?その時にシキモリ君が助けた人がいると思うんだけど、その人が君のこと褒めまくってたみたいでさ、それに修道院で朝食作るの手伝ったんでしょ?若いのに献身的でいい子だって一瞬で広まってたよ」
「ありがたいことだけど、朝ごはん作っただけで献身的は言いすぎじゃ」
俺がそう言うと、ベスはビックリしたように言い返してきた。
「修道院の業務がどれだけヤバいって噂になってるか、知らないの?昨日も二人過労で死んだのよ」
ヘレナさんはそんな所で激務をこなしながら尋問官の任務までこなしているのか。葉巻を吸わないとやっていられないんだろう、と変に納得した。
「確かに、朝ごはん作るだけでもへとへとだった───」
あの時のことは思い出したくない。しんどすぎるから。
「あ、エメンタール遺跡に新階層があったんでしょ?私が生まれる前からあったダンジョンだけど、なんで今更新階層が見つかったんだろうね。なんかやばいゴーレムもいたみたいだし、白いにょろにょろ生えてたんでしょ?」
「そこまで知ってるの」
ギルドはあの財宝以外に興味はないだろうし、ヘレナさんやヴィグラッドさんがカオス関連のことを口止めをしなかったのは意外だった。
「うん、なんか貴族のお付きの冒険者が喧伝してたよ」
「ああ、アスターさんたちか」
「ヴィグラッド男爵の令嬢も心配してたわよ、あなたのこと。この街にきて一週間も経ってないのに人脈すごいね」
ヴィグラッド男爵?あの人男爵なのか、ということはチョメルはヴィグラッドさんのご令嬢!?
怪我でもさせてたら、顔向けできなくなっていただろう。
「そうだ、時間があればだけど、この後ご飯行かない?」
ベスがからの嬉し誘いがあったが、今はそういう状況ではない。
「ごめん、今日はもう食べちゃった」
「そう、残念」
ベスは口を尖らせてそう言った。
「ま、また予定が空いたら行こう───」
「明日」
「へ?」
「明日絶対にご飯に行くから、約束だからね!」
ベスは一方的に約束を取り付けられて俺は面食らう。
「落ち着いて。今色々立て込んでて、それが終わったら毎日でもご飯に行けるようになるから」
「噓じゃない?」
「噓じゃない」
ベスが俺をじっと見つめる。その見透かすような目に俺はシンシアに似たものを感じた。
「分かった。噓ついたら好きじゃなくなっちゃうからね」
「それどういう───」
俺がベスの発言の真意を訊ねようとしたとき、地面が大きく揺れた。体感では震度4ぐらいだろうか。
「な、なに?地面が揺れた?」
「こっちで地震を経験するとは......。あ、もう収まったから大丈夫だよ」
念のため浮遊スキルで飛び上がる。街に被害が出ていないか確認するためだったが、俺は全く予想外のものを目にした。街の向こう側に、白く巨大な何かが浮かんでいるのが見えた。それは岩や樹を落としながらこちらに向かっているようだった。
「え、なんだあれ。地面から───」
「ねえ、大丈夫なの!?」
ベスがそう言いながら、空に上がってくる。
「飛行魔法使えたんだ」
「当たり前でしょ、ヘレナさんに鍛えてもらってるんだから。ていうか、あの白いのなに?」
ベスが白い物体を指さして訊ねてくる。
「ベスはギルドにこのことを伝えて。俺はシンシアさんたちに伝えてくるから」
「お姉ちゃんなら何とかしてくれそうだもんね、分かった」
ベスがギルドの方へ飛んでいくのを見届けると、俺も宿屋の方へ向かった。嫌な予感を胸に抱きながら。




