第20話 企て
宿屋で目を覚ました俺は体をゆっくりと起こした。すぐそばでシンシア達が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「すいません、俺どんぐらい寝てました?」
「丸二日」
シンシアの言ったことに俺は啞然とする。
「そんなに───」
「高熱まで出して、うなされてましたよ」
クレアがあくびをしながら言う。
「つきっきりで看病したんですから、ああ眠い」
「なんにせよ目が覚めたことだし、軽く食うか?」
エルドが紙袋を見せる。
「後で頂きます」
俺はそう言うとまた横になった。ゴルドーが口を開く。
「ヘレナとヴィグラッドってやつから聞いたんだが、あんときの魔獣の襲撃事件にカオスってやつが関わってるんだろ?この街でそいつが何か企んでるらしいってことも聞いた。お前の見解を聞かせろ」
「しんどいのは分かるけど、猶予がないから」
シンシアにも促されて俺は必死で頭を回転させて仮説を立てる。
「カオスはこの街で百鬼夜行という現象を起こそうとしています。おそらく、あの時の白い魔獣やそれに類した魔獣を百体ほど、下手をすればそれ以上の数をこの街に放つものです」
「それを起こすに至る動機は?何もなしにそんなことする人間はいないと思うんだけど」
「ノートにみんなをぼくとおなじにする、とありました。 自分と同じにする、ということを踏まえれば、ヘンリーさんの所で見た白い腕の都合も付くと思います」
シンシアがポンと膝を叩く。
「カオスと同じになった人間があの魔獣って訳か。この街のおよそ百人がカオスの手にかかっているかもしれないの?」
「可能性、ですが。カオスはあとは発動を待つだけとも言っていました。発動のトリガーが何なのか判明していない以上、警戒し続けないと」
「手っ取り早い解決方法はカオスを捕らえることだな。とはいえ怪しい魔力は感じないからな」
ゴルドーが舌打ちをする。当然だろう、カオスは俺と同じ世界から転移してきた人間だ。こっちの世界の人間に対して、カオスは潜伏という点においてかなりのアドバンテージを得ている。
「リュックサックはありますか?」
「リュックサック?ああ、シキモリ君が回収しろって言ってたやつね。中身もいっしょに持ってきてるよ」
シンシアがリュックサックを俺の枕元に置く。俺はリュックのポケットを何の気なしに探ってみると、手に何かが触れた。取り出してみると、それはスマホだった。電源を入れてひびの入った画面をスライドすると、ホーム画面が開いた。
「あれ、ロックがかかってない?」
覚えられないか、と一人で納得した俺はメッセージアプリを開いてみる。主に母親とのやり取りが大半を占めている。仕事がいかに楽しいか、職場の人がどれだけいい人かが拙い文章で、異常なまでに献身的に記されていた。
仕事をまるで彼女であるかのように扱っているのが見て取れた。彼女のことを延々と褒めちぎるようなメッセージ。
しかしカオスの母親からの返信らしきものは一切見当たらなかった。母親はカオスのことを諦めていたのだろうか。
「カオスはこの世界に来る前は仕事が大好きだったみたいです」
「へえ?」
「母親との折り合いは良くなかったみたいですし、仕事を彼女のようなものだと思って、執着していたのかもしれません」
こんな邪推がスラスラと出てくる自分が嫌になる。ヘレナと一緒にあった時のカオスは健常者とそう変わらなかった。おそらく俺と同じように転移した際に女神からなにか細工をされたのだろう。
そして自身の持つ願望を叶える力も持たされて野に解き放たれた。
「ずっと隠れているつもりなら、向こうから出てきてもらいましょう」
俺はリュックサックから作業着を取り出す。仕事にあそこまで異常な執着を見せていたのなら、仕事で着ていた服にもそれなりの執着があるはずだ。
うまくいくかは未知数だが、そんなことを言っている場合ではない。
「何か策があるんだね、やろうか」
シンシアが頷く。
「おびき出した後は?そのままやっちまうか?」
「ゴルドーさん、武闘派すぎます。カオスに百鬼夜行の中止を約束させるんですよ」
「甘ッ!そんなんに応じるやつじゃねえだろ。やつのせいで犠牲者も出てるし、即刻殺した方がこの街のためになるだろ」
「そんなことしたら百鬼夜行が止められなくなるでしょ、それにカオスの死が百鬼夜行発動のトリガーになっている可能性だってあるんですから」
ゴルドーはまだ納得いっていないようだったが、これ以上は何も言ってこなかった。
「準備は慎重に行うべきだな。カオスに気取られた時点でご破算だ」
エルドがカーテンの隙間から外をうかがう。
「そうです。最小限の人員で準備を進めます、協力をお願いします」
こうして俺たちは百鬼夜行を止めるため、ひいてはカオスを日の下に引きずり出すための準備を始めるのだった。




