第19話 カオスの痕跡
「エメンタール遺跡にこんな奴がいたなんて───嫌な感じがするわね」
煙が晴れて、シンシアが姿を現す。追ってクレアも姿を現した。
「シンシアさん、クレアさん、どうしてここに?」
「ああ、爆走する馬車の中に君がいたからさ。何か厄介ごとに巻き込まれたんじゃないかって心配でついてきたの」
シンシアが何でもないことのように言う。あの速さの馬車にどうやって追いかけたのだろうか。少なくとも電車ぐらいの速度はあったと思うが。
「まさか、走って来ました?」
「流石に飛行魔法使いましたよ。その抱えてる子けが人ですか?」
クレアがチョメルを指差して訊ねる。
「この人は気絶してるだけなんで大丈夫です。それよりも壁に叩きつけられた人がいて」
「ああ、まだ生きてるみたいだしその人優先しますね。シンシアさんはあのゴーレムを何とかしてください」
クレアはそう言うと、壁に叩きつけられたままのハイラの所へ飛んで行った。アスターが信じられないと言った様子でこちらにやってくる。
「いまゴーレムって聞こえたが、冗談だよな。ゴーレムっつたら、でかくて三、四メートルぐらいだろ」
「ダンジョンの新階層の主だし、どんな奴がいても不思議じゃないよね」
シンシアがあくび交じりに言う。緊張感のない人だ、今もこうして敵の攻撃が迫っている───。
「あれ、白いのの攻撃が来てない」
アスターがゴーレムを見る。ゴーレムの胴体にバッサリと袈裟斬りに傷がついていた。
「降りてきたときに牽制で斬っといた」
「えぇ、牽制であの威力なのか───」
アスターがバケモノを見るような視線をシンシアに向ける。
「なにその視線、私がバケモノみたいな扱いしないでよ!」
「フツーにバケモノだろ! なんで牽制で瀕死になってんだ!」
そんな言い争いを眺めていると、ゴーレムがまた立ち上がる音が聞こえた。
「シンシアさん、ゴーレムから出てる白いやつ、昨日の魔獣と関連があるかもしれません」
「分かった。ゴーレムの体の中に何かいるみたいだから、そいつごとぶった斬っても大丈夫?結構強めの一撃でも倒しきれなかったんでしょ?」
シンシアがアスターを見る。
「合技・獅鷲神斬破でも鎧にひびを入れるのが精いっぱいだった」
「は?変な技名。まあかなりの魔力は感じたからね。私も気合い入れてやらないと」
シンシアが魔力による身体強化を行うと同時に、彼女の全身が藍色に煌めく炎のようなオーラに包まれた。途端にアスターの顔が引きつる。
「あ、あんた魔力量イカレてないか......?」
「オーラが出てると魔力量が多いんですか?」
俺の質問にアスターがため息をつく。
「何で知らないんだ、今は離れること先決だ!」
そういわれては仕方がないので、アスターと共にシンシアから距離を取る。ハイラとドウェインを担いだクレアも合流する。
「お禿さんと女の子交換してください」
クレアが言うが、構っている暇はない。
シンシアが右手の剣を逆手に持ち変える。刃を魔力で強化し、さらに疑似的な刃を生み出し刀身を伸ばす。ゴーレムが剣を振るうが、一瞬の藍色の閃光が走り、腕ごとぶった斬られて地面に墜ちていく。最大の武器を失ったゴーレムの身体から無数の触手がシンシアを絡め捕らんと襲い掛かるが、その一切を彼女は斬り捨てた。
「んじゃ」
シンシアがゴーレムに向かって超スピードで飛び、触手を薙ぎ払いながらその胴体に近づいていく。白い触手はシンシアを諦めて、自身の胴に巻き付いて補強する。
藍色の光刃が弾けて部屋中を駆け巡る。と同時に空気が震えるほどの衝撃と轟音が発生した。シンシアの蒼き一閃はゴーレムの胴を泣き別れにするにはとどまらず、壁に深い斬跡を残すに至った。
シンシアの素の膂力と絶大な魔力による身体強化によって強化された斬撃を受けたゴーレムとその中に巣くう白い触手は、一切の余地なく絶命した。
「今、斬ったんだよな」
アスターが信じられないものを見たという風に呟く。かくいう俺も何が起こったかさっぱり分かっていない。目の前が藍色に光ったかと思ったら、鼓膜が破けそうなほどの爆音が鳴ってゴーレムが真っ二つになっていたのだ。
「倒したよー、降りておいでー!」
シンシアがこちらに剣を振っている。かと思いきや鼻を押さえて騒ぎ出す。
「ギャー、臭っさぁ!」
あの時の魔獣と同じく、強烈な腐臭が漂い始めていた。鼻押さえて俺とアスターはシンシアの所へ行く。すぐ後ろにクレアがいたが、両手がふさがっているために鼻を押さえることができず、大粒の涙を流していた。
この後、俺とクレア、アスターがアブロッサムに戻り、ことの顛末をギルドに伝えた。ちょうどギルドにヘレナがいた為、クレアに気が付かれないように情報を渡しておいた。アスターは自分のスポンサーであるヴィグラッド家に向かった。
そして時間が過ぎ日も暮れてきたころ、ギルドから派遣されてきた調査団、被害者の慰問と適当なことを言ってヘレナとシスターに扮した尋問官数名、そしてオーウェン・ヴィグラッドがエメンタール遺跡の新階層に到着した。
部屋の中央には金銀財宝がうずたかく積まれていた。
「これなんですか?」
「ん?奥の部屋にあったお宝だよ」
「ここにおいてて良いんですか?ギルドの調査団の人、お宝しか見てないですよ。アスターさんたちもヴィグラッドさんにこっぴどく怒られてますし」
俺は背伸びをしながら金銀財宝に近づいてその山を見上げた。金銀財宝の中に、ひときわ目を引く物があった。その正体に気が付いたときに、俺は無心で山を駆け上っていた。
「シキモリ君!?」
シンシアが呼び止めるがお構いなしに薄汚れた物を手にとって、今度は山を滑り降りた。シンシアがとクレアが俺の持つ物をまじまじと見つめる。
「マジか、何でこんなものが───」
俺の手にあった物、それはリュックサックであった。俺が元居た世界でよく見掛けた、定番のブランド品。
リュックのファスナーを開けて中身を取り出す。中には、工場で着ていたであろう作業服と空の弁当箱、キャンパスノートが一冊、それに財布と緑色の手帳だけだった。
「何やってんだ、お前ら」
ヘレナがこちらに歩いてきた。それを無視して俺は財布を開いて免許証を取り出す。そして写っている人物の顔を見て、深く息を吐く。写真はカオス本人のものだった。名前は高田太郎、四十八歳と読み取れた。キャンパスノートを取って開いてみる。
幼稚園児が描いたような絵の横に拙い字でこう書いてあった。
〈ぼくはみんなとちがうからみんなをぼくとおなじにすることができたらひとをころ〉
読み取れたのはここまでで、あとは判別できなかった。身震いが止まらなくなる。描かれている絵は昨日の魔獣とそっくりだった。〈みんなをぼくとおなじにする〉。読み取れた文字だけでもカオスが何をしようとしているか予測できてしまった。
「───ヘレナさん、絶対に奴を止めないとダメです」
「何を言って───」
ヘレナが怪訝そうな顔をする。俺が相当ひどい顔をしていたのか、シンシアがそっと寄り添ってくれた。
「疲れてるんじゃない?こっちに来てまだ二日でしょ、全部受け止めようとしてたら心が壊れちゃうよ」
「ありがとうございます、そのリュックだけ回収してもらっていいですか───」
それだけ言うと、俺は強烈な睡魔に身を委ねた。




