第18話 異常事態
エメンタール遺跡の中は、思っていたよりも整備されていた。天井から垂れる雫の音が幻想的な雰囲気をぐっと引き立てる。ひんやりとした空気の中、遺跡にはアスターとチョメルの言い争う声だけが響いていた。
「全っ然魔物がいないじゃない!どうするのよ!」
「どうしようもありませんよ、そんなの。魔物の生態だって恒久なものじゃないんですから」
「だとしても少なすぎよ!」
俺は隣を歩くドウェインに聞いてみる。
「魔物の数が少ないんですか?」
「この前来たときはスライムやらゴブリンやらがかなりいたんすけどね、今日はめっきり出てこないな」
「奥の方に群れてるんじゃない?」
スライムやゴブリンか、俺がこちらに来てすぐに襲われたゴブリンはここから来たのだろうか。中々安定していそうな住処を出て草原に何をしに行ったのだろう。食糧の調達ならこの森で事足りるだろう。
しばらく歩き続けたが、特に魔物が出てくることはなく、俺たちは最奥部に到着した。
「うっそだろ、魔物が一匹も出てこないなんてことあるのかよ」
「一応ゴブリンの死体は転がってるけど」
ハイラが指さす方に、無残に引き裂かれたゴブリンが二、三匹転がっている。
「うげ、剣で斬られたようには見えないな。強い力で引きちぎられてるのか?」
アスターが近づいて死体を確認する。俺も怖いもの見たさで近づいてみるが、すぐに目をそらす。飛び出た内蔵があまりにもリアルすぎた。虫もたかっており、今朝食べたものが全部出てしまう予感がした。
「んで、こっちのゴブリンは頭をぶっ潰されてる。ここで何があったんだ?」
アスターの額にじんわりと汗が滲む。表情には不安も。
「チョメル様、今日は一旦帰りましょう」
「えー、なんでよ」
「尋常な死に方をしてないでしょう、ゴブリンが。詳しく調査する必要があるんですけど、チョメル様に何かあったらまずいんで」
「......まあそうね。魔物もいないし今回はこれで終わりにしましょう」
チョメルが頷く。そして俺の方を向いて何か言おうとしたとき、その場の全員が明確に異常事態に陥ったことを認識した。内蔵が浮き上がるような感覚が全身を駆け巡る。下から吹き抜ける風にきりもみしながら下に落ちていく。俺は咄嗟に浮遊スキルを発動して体を安定させる。
「なんだよ、いきなり!」
上を見上げると、今さっきまで立っていたであろう位置に大穴が開いているのが見えた。そこから今どこかに落とされているのだろう。その穴が瞬時にふさがる。
『塞がった、いったいどういうギミックなんだ』
それもそうだが、アスター達を先に救出しなければならない。
「飛行魔法とか使えますか⁉」
落ちていくアスター達を追いながら大声で訊ねる。
「使える!」
そう返事が聞こえたので、俺はスピードを上げてチョメルを抱きかかえる。
「これは何なの、こんなこと一度も───」
「まずは安全に着陸するのが優先!」
パニックに陥ったチョメルを落ち着かせるかのように言うと、アスター達の方を確認する。彼らも飛行魔法で何とか姿勢を制御することに成功したようだ。
三人とも焦燥感に包まれているようだ。ガキの遊び場みたいなダンジョンにこんなギミックが仕込まれていたのだ、焦るなという方が無理な話だ。
下を見ると、地面がすぐそこまで迫っていた。
「そろそろ降りられそうです!」
「分かった!」
巨大な縦穴を抜けた俺たちは、広い空間に出た。ただ広いだけの部屋の中央に、鎧を着た巨大な人型の何かが跪いている。
「おいおい、ありゃあなんだよ」
ドウェインが啞然としながら呟いた。人型が唐突に動き出した。立ち上がった人型は十五、六メートル程はあるような気がする。とにかくテナントビルぐらいの大きさの人型が立ち上がり、地面に転がっていた剣を拾い上げた。
「まさかとは思うんですけど、私達敵認定されてます?」
その答えは人型が自らが剣を振るい証明した。俺たちは散り散りになって、人型の振るった剣の軌道から離れた。
「当たったらひとたまりもないな」
あれはゲームでいうダンジョンの裏ボスに相当するだろう。ロクな準備も済んでない状態だと防戦一方になるだろうが、アスター達は大丈夫なのだろうか。
人型の認識が俺とチョメルに向く。
猛烈な勢いの突きが繰り出される前に、俺は人型の身体に接近し剣の攻撃を封じた。チョメルを抱えている以上、剣を避けるよりそもそも使えない位置に陣取る方が安全だと判断した。
人型が俺を追っている隙にアスター達が猛攻を仕掛ける。
「アイシクルショット!」
ハイラの手に展開された魔法陣から尖った氷塊が高速で射出される。それらは甲高い破砕音を立てて人型に直撃し、鎧にひびを入れた。
「アスター、ドウェイン、鎧を破壊して!」
ハイラの指示と同時にアスターとドウェインが剣を構えて、人型に向かって一直線に飛ぶ。
「獅子神爪!」
「鷲翼神爪!」
二人の軌跡が一つに重なり、赫く輝き空間を満たす。そしてその光は強大な一つの力をはらんでいく。
「「合技・獅鷲神斬破!」」
赫い輝きが人型と衝突し、凄まじい衝撃を放つ。人型が耐え切れずに後ろに倒れこんだ。剣を振りぬいたアスターとドウェインが壁に着地して倒れた人型を見る。
「胴体泣き別れにするつもりで振ったが───」
「鎧をかち割るだけで精一杯か」
「それで十分です!ハイラさん、畳みかけてください!」
倒れ込んだ人型を見て俺はチャンスと捉えた。俺の言葉にハイラが頷いて魔法を発動する。
「ヴァニシングショット!」
無数の黒いエネルギーの槍が倒れた人型の、鎧のひび割れた部分に突き刺さる。
「マナチェンジ・ボムストライク!」
ハイラがまた魔法を唱えた瞬間、人型に突き刺さった槍が大爆発を起こした。
「出たぜ、ハイラの必殺技」
俺の隣にやってきたアスターが教えてくれる。
「発動した魔法の性質を変化させて爆発させるんだ。大体これで決着がつくんだが───」
煙の中から白い触手が猛スピードで伸び、ハイラを壁に叩きつけた。ハイラは壁にめり込んだまま動かなくなる。
「ハイラ!」
ドウェインが叫んでハイラの方に向かう。アスターも焦りの表情を浮かべる。人型が甲高い叫び声をあげた。
「白い触手───もしかして」
俺はあの白い触手に既視感を覚えていた。抱えているチョメルは泡を吹いて気絶している。ハイラもやられたし、ここにいるのは得策ではないだろう。かと言って逃げ道もないのだが。
人型が立ち上がる。割れた鎧の隙間から、白い触手が無数に伸びている。
「まさか、カオスのアレか」
俺が呟いた瞬間、ドウェインが触手に巻き付かれて吊るされる。
「ドウェイン!」
アスターが援護に入るが、そこに触手が迫る。
「危ない!」
俺は咄嗟に浮遊を圧縮して放ち、アスターに迫る触手を弾いた。触手から新しい触手が伸び、こちらを捕えようと迫りくる。
「くっそ、自分の身を守るので精一杯だ!あんたもチョメル様を守り切ってくれよ!」
アスターの言葉に俺はビックリした。
「安全は保障するって言ったのはそっちでしょ!」
「そうだったな、俺が奴の気を引く。その間に落ちてきた穴を昇れ、いいな!」
アスターが防戦一方から攻勢に出る。その瞬間、物凄い音とともに穴から瓦礫が降り注いだ。
「うわ、今度はなんだ」
「新手の敵か?」
思わず動きを止める。土煙の中に人影が見える。二振りの剣を持った影が。
「エメンタール遺跡にこんな奴がいたなんて───嫌な感じがするわね」




