第17話 貴族サマとダンジョンへ
何とか出口を見つけて外に出た俺は目の前に広がる光景に息をのんだ。馬車が行き交い、背の高い邸宅が密集しているその様は、まさしく一等地と呼ぶにふさわしかった。
壁一枚でここまで街の様相が変わるのに驚いていると、目の前に馬車が止まり、窓から銀髪の女の子が顔を出した。
「ちょっと、アンタ何やってんの!庶民の居場所はここじゃないわよ!」
甲高い声に顔をしかめそうになるが、相手がどんな立場の人間か一目瞭然なのでにこやかに返事をする。
「すいませんでしたー」
そうしてその場から立ち去ろうとしたのだが、また呼び止められる。
「待ちなさいよー!」
振り返ると、その貴族と思わしき女の子がこちらに歩いてきていた。後ろには疲れた顔をした護衛三人がいた。おてんばに付き合わされて難儀なことだ。
「何ですか」
「あなた、人の話を最後まで聞きなさいよ!せっかく馬車に乗せてあげようと思ったのに」
女の子がプリプリ怒る。それを後ろの護衛が諌める。男二人に女一人、三人とも随所に宝石をあしらった装備を身に着けている。泥のようにどんよりとした顔とは正反対だ。
「チョメル様、そのようなことはもうおやめになった方がいいかと」
「そうですよ、あっしたちの時だって御父上にきつくしっ責されたじゃないですか」
「ダンジョンに潜るのだって一苦労なんですよ、チョメルちゃんすぐ突っ走るんだから」
「うるさいわね、あなた達は黙って私を守ってればいいの!」
チョメルと呼ばれた銀髪の女の子が護衛を一喝する。こんなことに付き合わされるつもりもない訳で、俺は立ち去ろうとする。
「んじゃ、そういうことで」
「決めたわ!あなたもダンジョン攻略に連れていくわ、そこで功績を上げれば仲間にしてあげるわ」
実に面倒くさいことになりそうだ、こっちはカオスに対する一手を考えなければならないというのに。
護衛の一人、金髪のロン毛が近づいてコッソリ耳打ちする。
「お貴族サマはああなると聞く耳持たないから、来てくれないか?俺たちが安全は保障するから」
「俺、ダンジョンなんか潜ったことないですけど」
「大丈夫、ガキの遊び場みたいなダンジョンだから」
男の言葉に俺は仕方なく頷く。そのダンジョンとやらがカオスの根城になっている可能性も無きにしも非ずなので行っておいて損はないだろう。
「分かりましたよ。行けばいいんでしょう、行けば」
俺はそう言って馬車の方に歩き出す。いざとなれば浮遊スキルで逃げればいい。
「ふふ、物分かりが良いわね」
チョメルが威張るように言う。言い返してやりたい気持ちをぐっと抑えて馬車に乗り込む。見るからに年下だろうが、相手は貴族だ。高校の先輩後輩のような単純な上下関係には収まらないのだ。
打算的だが、貴族とのつながりを得られるのは得かもしれない。金銭的な面から、ネームバリュー的な面でも。
馬車は中々広く、座席は座り心地もよかった。俺の後に、坊主の男とウルフカットの女、最後にチョメルが馬車に乗り込んだ。護衛が先に乗り込むあたり、あまり慕われていなさそうだ。
ロン毛の男が乗ってこないあたり、馬車の操縦をやらされているのだろう、それ専門の人間を雇えばいいものを。
馬車が勢い良く走り出す。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。あっしはドウェイン、こっちはハイラ、馬を動かしているのがアスターで、あっしら三人で冒険者やってんです。まあ、いまはこちらのチョメル・ヴィグラッドさまのお抱えなんですけどね」
ドウェインに俺は質問してみる。
「お抱えって、冒険者ってギルドに所属するんじゃないですか?」
「基本はそうですけど、実力が認められたりすると、貴族だったり有力者が冒険者の後ろについてくれることがあるんです」
なるほど、スポンサーがつくということか。
「じゃあ、その分危険なところにも行かされたりするんですか?」
「うーん、私達はまだそんなとこに行かされたことはないね。ずっとチョメルちゃんの護衛だけだね」
今度は俺の質問にハイラが答えた。しれッと貴族をちゃん呼びしていたが、突っ込んでも仕方がなさそうだ。当の本人もちゃん呼びされたことよりも、父親がいつまでも子ども扱いしてくることへ愚痴っていた。
「お父様ったら、危ないからエメンタール遺跡以外のダンジョンに行っちゃダメっていうのよ。私だって十七歳よ。自分の身は自分で守れるわ」
同い年か、父親が子ども扱いする理由がよくわかる。
「今から行くのがそのエメなんとか遺跡ですか?」
「ええ、そうよ。魔物が出るから、ちびらないようにしなさいよ」
「魔物出るんですか?あ、そもそもなんですけど、魔物と魔獣の違いって何ですか?」
俺の頭に浮かんできた疑問を投げかけてみる。意外とすぐに答えが返ってきた。
「凶暴性の違いかな、明確に人の領域もしくは人そのものに危害を加えようとする魔物を魔獣として分類しているね、ギルドは」
ハイラが肩をすくめて言う。
「ま、全部魔物に統一しちゃっても問題ないと思うけどね、私は」
馬車の窓から外を見ると、ものすごい速さで街並みが後ろに下がっていくのが見えた。
「速すぎません?」
「ん?貴族用の幹線道路が整備されてるから大丈夫よ。交通事故も年に一度あるかないかぐらいよ」
「もう街を抜けます!」
外からアスターの声が聞こえてくる。その声を聞いて窓の外を見ると、すでに街並みは消えて、草原が広がっていた。
馬の脚が速すぎる、というのが率直な感想だった。馬に詳しくなくても、人が五人乗った馬車を引いてこの速度が出せるのは尋常でないことが分かる。俺の世界にいた馬と同一な訳がないのだが。
まもなく馬車は森に入った。道路の舗装が良くないのか、先程と比べるとかなり揺れるようになった。
「エメンタール遺跡に到着しました!」
馬車が動きを止める。ドアを開けて、外に出ると森の澄んだ空気が肺いっぱいに広がる。鳥のさえずりが心地よい。件のエメンタール遺跡も苔むした石造りの遺跡で、寂寞さと荘厳さを併せ持つ神秘的なイメージに支配されそうになる。
「さ、早速中に入りましょう。チョメル様、くれぐれも先走らないでくださいよ」
アスターの忠告を受けたチョメルが彼の足を蹴っ飛ばす。
「いって!」
「はあ、いっつもこれなんだから言わなくていいだろ」
「チョメルちゃん、ナイフ渡すよ」
ハイラがチョメルにナイフを渡す。この遺跡はナイフで対処できる魔物が多いのだろうか。俺は素手で大丈夫なのだろうか。
一抹の不安を抱きながら、俺はチョメルたちと一緒にエメンタール遺跡へ足を踏み入れるのだった。




