第16話 俺と同じタイプ
「入れ」
部屋の主がそう言ったのを聞いたヘレナが扉を開ける。彼女の顔も心なしか緊張しているように見える。
応接間にしては簡素な造りの部屋の奥に、一人の男が腰かけていた。身なりからして貴族であることが窺える。ヘレナが扉を閉めると同時に男が口を開く。
「昨夜のことについて、いくつか聞きたいことがある」
「昨夜ですか......」
「ああ、失礼。私はオーウェン・ヴィグラッドだ。そこのヘレナ尋問官が所属している治安強制局の長官だ」
治安強制局、表立って動く憲兵などの警察組織とは毛色が違いそうだ。
「分かることなら」
「従順で助かるよ。ではまず昨夜君らが交戦した男について」
「確か、カオスと名乗っていました。浮浪者みたいな見た目でした」
オーウェンが手元の資料に目を落とす。大体の情報はそっちでつかんでいるのだろう。俺が呼ばれたのはあくまで確認、そして俺がそいつの仲間ではないかを探るためだろうか。
俺の斜め後ろに立っているヘレナの視線がこちらに向いているのが感覚でわかる。
「浮浪者か、奴の目的を聞いたか?」
「えーと、確か......『百鬼夜行』というのを計画してるようでした」
「なんだそれは?」
オーウェンがこちらを見る。ヘレナはこのことを報告していなかったようだ。
「はい、カオスと名乗る男が逃げる際に口にしていました」
「そのひゃっきというのは何かと聞いている」
「えーと、妖怪とか怪物が列を成して街なりなんなりを練り歩くことを言うんです」
百鬼夜行の説明として正しいのかどうかは分からないが、こう言うしかないだろう。この街で怪物を使って何かを起こそうとしているのは確実なのだ。
「───初耳だな、カオスと君は同郷か?」
オーウェンが訊ねてくる。こちらの世界に百鬼夜行という言葉はないようだし、俺と同じように、転移してきた人間である可能性が高い。
「その前に、ヘレナさんに聞きたいことが」
「私にか?」
ヘレナが怪訝そうな顔をする。
「カオスが白いベタベタを取り込んだり、投げたりしてたじゃないですか。あの時魔力は感じましたか?」
「───そういや感じなかったな。おそらくそういう特性の生命体なんじゃないか?何で人間の姿を形どってるのかはわからないが」
ヘレナの説をオーウェンが否定する。
「人語を解し、意思疎通が取れるほどの知能を持っている。これを人間と言わずしてなんという」
「では、なおさらカオスが何者なのかが分かりません」
オーウェンがこめかみを抑えて深く息を吐いた。
「魔力の隠匿がけた違いに卓越している魔法使いがこの街にいると想定した方が賢明か」
オーウェンの言葉に俺は意を決して反論した。
「カオスは魔法使いではないと思います。同行者に魔法使いがいるのですが、その人の魔力探知に引っ掛かりませんでした」
「魔力探知の範囲などたかが知れているだろう。どれだけ高名な魔法使いでも、自信を中心とした半径百メートルの探知が最大だ」
「この街のどこにも、と言っていたのでおそらくアブロッサム全域かと」
「───シンシアと一緒にこの街に入った者か。先の魔獣襲撃事件で魔物と交戦していたな。そいつらにも話を聞く必要がありそうだな」
オーウェンが立ち上がる。
「続きを」
「魔法使いの探知に引っかからなかったこと、至近距離にいたヘレナさんでも魔力がないことに気がつかなかったこと。これらを踏まえると、カオスには魔力がないと言い切って大丈夫かと。そもそも僕と同じタイプの人間でしょう」
「同じタイプ?」
オーウェンが眉をひそめる。俺は浮遊スキルを発動させる。
「魔力は感じます?」
「いや、感じない───どうなってるんだ?」
「僕は別の世界からこちらにやってきたんです。魔法が実在しない世界から来たので魔力がないのでしょう」
「別の世界?」
ヘレナが訝しげに呟く。オーウェンも理解しきれていないような様子だ。
「正直、僕も信じられていないんです。......カオスは発動を待つだけ、と言っていました。早急にカオスの仕掛けたものを見つけ出さないと」
「尋問官が捜索に当たっているが、何の手掛かりも得られていない。君の言うことを信じるとするならば、百鬼夜行が発動するのを止める方法は限りなく少なくなる」
オーウェンが俺の前に歩いてくる。自然と背筋が伸びる。
「カオスを確保し、百鬼夜行を阻止するしか道はない。このことはくれぐれも内密に。市井に情報が流れてパニックになるのは防がなければならないからな」
「分かりました」
オーウェンが俺からヘレナに視線を移す。
「ヘレナ、尋問官を招集しろ。この街に危害を加える者を炙り出す」
「はっ」
ヘレナが俺の腕を掴んで部屋をあとにする。
「ちょ、あ、失礼しました」
ヘレナが俺に天秤の形をしたロザリオを手渡す。
「これで内門は通れるはずだ。これを使って庶民の居住区域に戻れ。シンシアたちに今日のことは絶対に話すな。いいな!」
ヘレナはまくしたてるとその場から消えてしまった。想像以上の大事件になっていることに若干の胸騒ぎを覚えながら、俺は建物の出口を探した。




