第15話 男爵のところへ
食卓に運んだのは目玉焼きと干し肉、サラダという、いたってシンプルだが食欲を刺激するものだった。
俺も運んでいる途中でつまみ食いしそうになったが、なんとか踏みとどまって配膳を完了させた。
「はー、これこれ。ヘレナの作るシンプルな朝ごはんが大好きなんだよね」
シンシアがフォークとナイフを手に取る。俺もすぐに席について手を合わせる。
「いただきます」
するとシンシアが怪訝そうな顔で訊ねてきた。
「君が来た世界じゃ礼拝を食前にするんだ」
「礼拝......まあ、そんな感じですね」
「そっちもシンプルなんだな」
エルドがフォークを手に取る。
「逆にこっちじゃどうするんですか?」
「食後に各々が自由に頂いた命に感謝する。これはどこに行っても同じなんだ」
シンシアがそう言ってから目玉焼きを口に入れる。
「興味深いですね」
俺もそう言って干し肉を口に放り込む。嚙めば嚙むほどビーフジャーキーだなという感想が湧き出てくる。目玉焼きには胡椒が振ってあるようだ。香辛料は一般に広まっているのだろうか。異世界での香辛料は高級品であるイメージを持っていたのだが。
聞いてみよう、自分だけでは知りえない情報を持っている人が何人もいるのだ。
「香辛料って結構流通してるんですか?」
「胡椒だけな。バセバルっていう東方の国で胡椒が異常繫殖したらしくてな、それを見境なく売りさばいたから胡椒の流通だけ異常に増えて値崩れ起こしたんだよ。ほかの香辛料は依然として高級品だ。ターメリックだの、クミンだの、コリアンダーだの、口に入れたこともねぇよ」
ヘレナが答えてくれた。今聞いた香辛料さえあればカレーが作れる気がするな。
「あー、カレーが食べたい。最後に食べたの一週間前だっけ。今聞いた香辛料全部ぶち込んだらできそうだしな」
「何言ってんだ。クミン一つとっても、麻袋一つ分を家が立つぐらいの額で取引するんだぞ。ごちゃまぜなんてもったいないことできるか───というより入手不可能だな」
「そんなブルジョワなもの食べてんの?良いところの生まれなの?」
シンシアとエルドが俺に対して若干引いているのを察した俺は慌てて補足する。
「俺のいた世界では香辛料は身近ではないにしろ、大体安価で手に入るんです。だからスパイスを活用した色んな料理があるんですよ。俺はあんまり詳しくないけど」
「ふーん、君がそっちの世界に帰る時についていこうかな」
シンシアがどこを見つめるでもなく呟いた。
まもなく、朝食を平らげた俺たちは、ヘレナさんに礼を言って修道院を後にし、宿に戻った。
「お前ら、私らを置いてどこ行ってやがったんだ?」
怒り心頭のゴルドーに詰め寄られて、シンシアが目を泳がせる。
「ほら、私の友達のヘレナ、わかるでしょ会ったことあるし。その子がね、手伝ってほしいことがあるからって言うからね、やってたんだよ」
「きょどりすぎだろ。友達に頼まれたんなら何も言わねぇが......」
「お腹空いたんですけど。どこかご飯食べられるとこ連れてってください......」
目をこすりながらクレアがもごもご喋る。
「じゃあ、修道院連れてくわ」
シンシアがクレアの手を取る。
「や、流石にヘレナさんに殺されますよ」
「ただでさえ迷惑かけたんだからな」
「う、冗談じゃん......」
シンシアがばつの悪そうな顔をする。
「じゃあ、パン屋さん行こう!」
「なんでもいいですから......」
クレアが立ったまま眠り込んだ。
「ええ、立ったままで寝る人ほんとにいるんすね......」
「しょうがないなあ、おぶっていくか」
シンシアがクレアをおんぶすると、ゴルドーと共に宿を出ていった。
「俺はひとっ風呂浴びて部屋でゆっくりするが、お前はどうする?」
「色々見て回りたいんで、街に出ます」
「分かった、あんまり遠くに行くんじゃないぞ」
エルドはそれだけ言うと、階段を昇って行った。
『あとは正午まで時間をつぶして修道院に行くだけだ』
宿をまた出て、あてもなく歩き出す。
庶民の居住区域と上流階級の居住区域を隔てる壁に設置されている詰所にて。
「ヘレナ尋問官はシキモリという男と接触したのだな」
「はっ、伝令から、ここに連れてくる、と届いております」
黒ずくめの男が椅子に腰かけた強面の男に伝える。黒々とした髪をセンター分けにし、身なりをきちんとした男がため息をつく。
「シキモリという男が何か知っていればいいのだが。偽とはいえ尋問官とやりあえた男、多少の興味もある」
「この国にはシンシアとともに入ったようです。シンシアも七年ぶりの帰郷ですか」
黒ずくめが書類をペラペラとめくる。
「外壁の守衛はシンシアと一緒に入った集団の氏名等の情報を書き出していないようです。
いい加減な仕事をしてますね」
「ボケが始まっているんだ、そろそろ引退してもらいたいが中々頑固じじいだからな」
男がよりいっそう深くため息をつく。
「君ももう戻って休みたまえ、昨日から一睡もしていないだろう?代わりに非番のやつを引っ張ってきても構わんぞ」
「お言葉に甘えて」
男の許しを得た黒ずくめがフッと姿を消す。男は立ち上がり、窓のそばに立つ。尋問官が所属する組織『治安強制局』のトップであり、七年前シンシアに婚約破棄された男爵の子息が彼である。
オーウェン・ヴィグラッド男爵がまだ見ぬ少年とよく知っているシンシアに思いをはせる。
太陽が真上に昇ったころ、俺はヘレナの言った通りに修道院に向かった。中に入ると、すぐにヘレナが出迎えてくれた。
「行くぞ」
ヘレナはそれだけ言うと、俺を厨房の奥にある物置部屋に案内した。脚の折れた椅子に掛けてある黒い服を手に取ると、ヘレナが地下室に続く扉のようなものを開いた。
「ついてこい」
指先に魔法で強い光を灯したヘレナに先導されて、地下室に入る。そのままどこかに繋がっているであろうトンネルを進んでいく。
体感で十分ほど歩いた頃、階段に突き当たった。
「足元気をつけろよ」
ヘレナの忠告通りに、気をつけながら階段を上っていく。やがて、大きな扉の前に到着した。
「目隠しをするが、辛抱しろ」
ヘレナが白い布を俺の顔に巻き付ける。よほど見せられないものがあるのだろうか。まさか拷問器具ではないと思うが、見えないとやはり心配である。
また十分ほど歩かされたのち、ヘレナが目隠しを取った。目の前には茶色いドアがあった。余計な装飾の一切ないただのドアだが、その向こうからは形容しがたい威圧感が漂ってきていた。
「男爵、連行しました」
ヘレナが言うと、低い声がドアの向こうから聞こえてきた。
「入れ」
ヘレナが気負うと言っていた意味が分かった。
『めちゃくちゃ貴族階級じゃんか、返答ミスったら処刑まであり得るぞ』
嫌な汗が全身を伝うのを感じる。




