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第14話 人生一忙しい朝食

「シンシア?何やってんだこんな朝っぱらから」


 頓狂な声を上げたのはヘレナだった。その様にシンシアが眉間にしわを寄せる。

「それはこっちのセリフだよ、何やってんの?」


 ヘレナの出で立ちはレースの付いた黒いネグリジェであり、到底外を歩く恰好ではない。

「この時間は人がほとんどいないからな。散歩にもってこいなんだ」


 そう言いながらヘレナは懐からマッチと葉巻を取り出した。

「朝から吸うんですか?健康に悪いですよ」

「へっ、これしきで健康に害が及ぶほど軟弱じゃないんでね」


 ヘレナが葉巻を咥える。

「ねえヘレナ、そっちに朝ごはん食べに行っていい?」

「はあ?ダメに決まってるだろ!ただでさえガキどもの飯の支度で忙しいってのに、お前みたいなのの飯まで用意できるか!」

「朝だよ、静かに」


 シンシアがヘレナの口に人差し指を押し付ける。

「お前が───」

「じゃあシンシアに飯の支度を手伝わせればいい。こんなんでもクソの役ぐらいには立つだろ」


 エルドのとんでもない侮蔑の言葉に俺とヘレナはびっくりして顔を見合わせる。シンシアだって人間だ、心を持ち合わせた推定乙女は今頃心を痛めて───。

「まあ、力仕事なら大体私がやれば片が付くわね。こき使ってちょうだい!」


 シンシアが胸を張って言う。ここまで響いていないなら、エルドが言いすぎる原因も明白だ。

『エルドさんもだいぶマヒってるかもな、いろいろ』

 クレアさんがだいぶまともそうなのが救いだろうか。

「わかったよ、だったらお前ら二人も来いよ」


 ヘレナが俺とエルドを交互に見る。

「シンシアだけに面倒ごと押し付けるなよ」

「分かりました」

「おう、任せとけ」


 俺とエルドは当然、二つ返事で引き受ける。

「言ったな?」


 ヘレナがニヤリと笑う。空はだんだんと白み始めていた。






 太陽もすっかり上ったころ、修道院の厨房ではヘレナの怒号が響いていた。

「切った野菜を先に鍋に入れるんだ!おいバカ女、野菜をみじん切りにしろと言ったんだ、なんで調理台を細切れにしてんだ!

 エルド、火加減に注意しろよ!炒り卵の恨みは恐ろしいからな!ガキの注文通りに作れなかったらえらい目にあうぞ!」


 ヘレナ自身も指示を飛ばしながら、ほかの修道女と協力しながら配膳の準備を進めている。かくいう俺は葉野菜を水にさらし、それをちぎってさらに盛り付ける作業をおこなっている。簡単な作業だと思ったが、これを三十人分用意するとなるとかなり大変だ。

「シキモリ、シーザードレッシングを作ってくれ!レシピは手帳に載ってるから」


『シーザードレッシング!? シーザーサラダがこっちの世界に存在してるのか?

 いやそもそも鶏の照り焼きがあったし、シーザーサラダがあってもおかしくないか───うん、シーザーサラダはありえない』

 そんなことを考えている場合ではない。手を止めればヘレナからしっ責が飛んでくる。そういうもんだと割り切った方が賢明だろう。そもそも異世界にシーザーサラダがあろうがなかろうが、俺の人生に大した影響は与えないのである。

「レシピが書いてあるんだよな」


 サッと手帳を開いてシーザードレッシングのレシピを探す。そのページはすぐに見つかった。

「卵黄と油、酢を混ぜて白っぽくなったら───ってマヨネーズから作るのかよ! マヨネーズは単体で用意しててくれよ」


 急いで書いてある材料を分量通りに木のボウルにぶち込んで茶筅に似た道具でかき混ぜる。死に物狂いでやっていると、だんだんと白くなってきた。

「これでいいな、ったく、なんでシーザードレッシングがあってマヨネーズがないんだよ」


 ボウルに牛乳を入れてさらにかき混ぜる。

「頑張ってシキモリ君!私も頑張るよ!」


 シンシアが俺に激励を送ってくる。彼女はついさっき別の調理台を真っ二つにしたところだ。

「バカ女、後で弁償しろよ!」


 ヘレナが鍋をかき回しながら怒鳴る。

 こうして子供たちの朝ごはんの準備はドタバタしつつも順調に進んでいった。





 シスター達が配膳しに行ったあとの厨房には調理台の残骸と疲れ切った三人だけが残った。

「はあ、腕が───動かない」

「炒り卵───奥が深すぎるぜ」

「これをヘレナは毎日やってるのよね、尊敬しちゃうわ」


 しばらくしてヘレナが戻ってきた。

「悪かったな、エルド、シキモリ」

「私にねぎらいは!?」

「うるせー!お前のせいで調理スペース減ってんだよ、反省しろ!」


 ヘレナがシンシアに怒鳴った後、ため息をついた。

「はあ、朝からあんまり大声を出させないでくれ......」


 ヘレナもかなり苦労しているのが分かる。目の下のクマを見ればそれが如実に表れている。朝の散歩をなくせばマシになりそうだが、彼女のモチベーション維持に関わっているのだろう。

「お前らの分も作ってやるから、先に応接間で待ってろ」


 ヘレナがそう言ってエプロンをつけなおす。

「シキモリ、お前も手伝え」

「え、分かりました」


 正直、何としても早く席に着きたいのだが、ヘレナに頼まれては仕方がない。作ってもらう分際でワガママなど言っていられない。

「んじゃ、先に行ってるから」


 シンシアとエルドが厨房を後にする。それを確認したヘレナがこちらを向く。

「昨日の件、あいつらには伝えてないな」

「シンシアさんたちには伝えてないです」

「そうか。昨日の件について話を聞きたいと言っている人がいる。言っておくが拒否権はないからな」


 ヘレナの言葉に俺は首をかしげる。

「同じ尋問官の人ですか?」

「いいや。壁の内側にもう一枚城壁があるだろ?その内側にいる人だ」

「庶民の居住区域よりさらに内側───貴族階級とかですか」

「言ったら気負うだろ?だから言わない。お昼前にここに来い、シンシアたちには絶対バレるなよ」


 ヘレナがグッと顔を近づけて忠告する。

「わ、分かりました」


 俺はコクコクと頷く。バレたら殺されそうな雰囲気だ。

 ヘレナの表情が少し和らぐ。

「さて、あいつらの分もちゃんと作ってやるか」

「頑張りましょう」


 俺とヘレナは再び食材に立ち向かうのだった。

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