第13話 新しい一日
宿に着いた俺は部屋に戻るなり、ベッドに飛び込んだ。今日はドッと疲れた、何も考えられない。
「風呂も入れないか?」
エルドが呆れたような口調で言う。
「こっちにも風呂があるんですか?」
「そりゃあ、風呂入らないと臭いだろ」
「ですよね、入りますよ」
俺はそう言うとベッドから降りる。すると、エルドがこちらにタオルと着替えの衣服を投げてよこす。
「ここの浴場は広いらしいぞ」
エルドがそう言いながら部屋を出る。俺も一緒に部屋を出て、階段を降りる。ロビーの向かいに浴場はあった。脱衣所は日本にある銭湯と大差がなかった。
「元居た世界とほぼおんなじですね」
「へえ、お前みたいにこっちの世界に来た奴がいたのかもしれないな」
他愛のない会話を交わしながら、浴場に入る。
「何から何まで一緒です。なんで富士山が描いてあるんだ?風情もクソもないだろ、この世界の富士山に」
壁一面に描かれた富士山も、今は落書きにしか見えない。
「早く寝たいんで湯舟にはつからないです。エルドさんはどうしますか?」
「俺も今日はいいや」
エルドと並んで頭を流し、石鹼で頭と体をガッと洗い流すと、足早に浴場を退出。こちらの世界のシャワーはシャワーというより、滝行に近いものであった。鏡の横についているスイッチを押すと、かなりの量の温水が継続して流れてくる仕組みになっているようだ。
ロビーに戻ると、ちょうどシンシアとベスが宿に戻ってきたところだった。ベスもこの宿に泊まるのだろうか。
「シキモリ君にエルドじゃん。風呂どうだった」
「普通だな」
「普通っすね」
「たかが安宿だし、しょうがないわよね」
従業員に聞こえるような声で言わないでほしい。デリカシーが欠如しているのは変わっていないようだ。
「あ、私今日は実家に泊まるから」
シンシアはそういうと言うとベスの手を引いて宿を出ていった。去り際、ベスが俺に向かって手を振ってくれた。こういうことをされるとうれしくなってしまう。男同士だと適当に解散することが多いのだ。
こちらの世界で友人と呼べる人が出来た、と言っていいだろうか。シンシアさんたちはどちらかというと、頼りがいのある先輩のように捉えている。
部屋に戻ると、今度こそベッドにダイブする。ふかふかのベッドに身体が、心が沈み込んでいく。目の前がだんだんと暗くなっていく。
鳥がチュンチュン鳴いている。窓から差し込む朝日に俺は眠りの底から引きずりあげられた。
目をこすりながら身体を起こすと、エルドがどこかへでかける支度をしていた。
「あ、起こしちまったか?」
「いや───自分で起きました」
覇気のない声で俺は訊ねる。
「どこか行くんですか?まだ朝早いですよ、薄暗いし」
「日課の鍛錬だよ、一緒に来るか?気持ちいいぞ」
エルドが笑って言う。
正直、二度寝したい。でも一日ぐらいこういう日があってもいいだろうと思い立ち、思い切り背伸びする。
「行きます、今支度するんで」
俺はベッドから降りると、洗面所で顔を洗い、口をゆすぐ。供えられているタオルで水を拭うと、靴を履く。
「お待たせしました」
「よし、行くか。朝早いから、あんま音たてるなよ」
こうして俺とエルドは宿を出て、歩きだした。アブロッサムの早朝は肌寒く、人っ子一人歩いていない。
「ちょっと寒いですね」
「そうだな、昼間になればちょうどいい気温になると思うが───」
俺とエルドは足を止めた。目の前には芝生の広場が広がっていたがすでに先客がいた。
「あれ、シンシアさんじゃないですか?」
「ああ、珍しいな」
芝生の中央でシンシアが二振りの剣を振るっていた。その動きは大胆かつ繊細で優美、滑らかな曲線的な動きと、鋭く直線的な動きの組み合わせはある種の舞のように錯覚させた。
ただの剣技をここまでに昇華するのに、どれほどの努力を積み上げたのだろうか。見事な脚さばきによって生み出される回転斬りも、陽光が刃に反射して天使の輪のような神秘性を帯びている。
「ふう、結構疲れた。かなり体力が落ちてるなぁ、強いやつと戦ってないし鍛錬もサボってたから当然っちゃ当然なんだけど」
シンシアが滴る汗をぬぐいながらぼやく。
「シンシアさん、おはようございます」
「は、シキモリ君じゃん!びっくりしたー、おはよ」
どうやらシンシアは俺とエルドに気が付いていなかったらしい。
「お前が鍛錬やってるの久し振りに見たぞ」
「魔獣の襲撃事件あったでしょ?またいつあんなのが出てくるか分かんないじゃない。そういう時に備えて鍛錬してたの」
「二年のブランクはどうだ?」
「いうて魔物も魔獣も討伐はやってたから、ブランクとかありませーん。てかあんたは何、シキモリ君を連れ出して。もっと寝させてあげなよ」
「こいつの意思でここにいるんだよ、シキモリは」
シンシアとエルドがやいのやいの言い争いだす。
『なんですぐ言い争いになるんだ』
俺は仲裁する気にもならないので、とりあえずラジオ体操をすることにした。お馴染みのリズムを口ずさみながら体を動かすと、どんどん温まってくるのを感じる。
「へえ、ダンスやるんだ」
「俺らもやってみるか」
シンシアとエルドが隣に立って、マネしだした。
「ダンスじゃなくてラジオ体操ですよ」
「ラジオさんが作った体操なんだ、初めて聞いたね。てかこれ結構効くね」
「なかなか、体がほぐれるじゃないか」
ラジオ体操はシンシアとエルドに好評だったみたいだ。自分が認められたようでちょっとうれしい。ありがとう、ラジオ体操を創った人。
そんな時、誰かが向こうから歩いてきた。
「珍しいね、こんな時間に」
シンシアが少しだけ警戒する。その人影はどんどん近づいてきて、驚きの声を上げた。
「シンシア?何やってんだこんな朝っぱらから」
頓狂な声を上げたのはヘレナだった。




