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第12話 姉妹の仲直り

 ギルドに到着した俺は地面に降り立った。扉を開けようとした時、後ろから声をかけられた。

「あれ、シキモリ君?図書館ぶりだね」


 べスの声に俺は恐る恐る振り返る。このべスは本物だろうか。まさか本物どうかを聞くわけにもいかないし、確かめる手段もない。

「あ、うん久しぶり」

「図書館ぶりって言ってるじゃん。シキモリ君もご飯食べに来たの?」

「もう食べてる。ちょっと用事があって外に出てただけ」

「へえ、こんな時間に?」


 べスが首をかしげる。偽物に誘い出されたなど口が裂けても言えないし、そもそもその後の事件は黙っておくようにヘレナから言われている。

 どう言い訳したものか苦心していると、ベスが手を伸ばして俺の眉間に触れる。

「難しい顔してるけど、何かあったの?」

「いや、何もないよ!さ、入ろう」


 ギルドに入ろうとしたところで、シンシアたちの存在が不味いことに気が付く。

『やべ、ベスの偽物に連れ出されたところをエルドさんとクレアさんに見られてた。あの二人だし、絶対にこっちに話しかけてくるよな。まだ偽物のことは黙っておかなきゃだし───』

 べスの顔を見る。彼女はこちらを怪訝そうな表情で見つめている。

「あ!そういえばいまギルドにシンシアさんがいるんだった!」

「え、姉さんが?」


 ベスの表情が露骨に嫌悪感を醸し出す。いけると確信した俺はさらに畳みかけることにした。

「しかも、べろべろに酔っぱらってパーティメンバーと喧嘩までしてるんだよ」


 シンシアの株はダダ下がりかもしれないが、情報を守るためにはこれしかない。

「はあー?ほんっとあの人は、ガツンと言ってやらなきゃ」


 すっかり怒ってしまったベスがギルドの扉を開ける。

『帰らないの⁉ 対応ミスったか?』

 俺は頭が真っ白になってしまった。いままでのほほんと生きてきた男子高校生がはかりごとなど無謀にもほどがあったのだ。まあ、一日の間に色々あったのにまともな精神を保っている時点で気にする点ではないだろう。

 あの女神とやらが精神の強度的なものをいじっているのだろうか。ぜひ住処から引きずり出して訊ねてみたいものだ。

「姉さん───」


 ベスがシンシアを呼び、そのまま固まる。俺もベスの肩越しにベスの見ているものを確認する。

「ぶっ殺してやらぁ!」

「やってみろよ、魔法ピカピカでぇ!」


 べろべろに酔っ払ったシンシアとゴルドーが取っ組み合いの大喧嘩をしている。酔っ払い云々はでまかせだったのだが、本当に酔っぱらっているとは。しかもかなりの悪酔い。

 皆が樽ジョッキを片手に二人の取っ組み合いを観戦している。

『エルドさんとクレアさんは───』

 ストッパーにはずの二人が見えないのであたりを見渡すと、エルドとクレアが太い柱に縛り付けられていた。

「うっそだろ、喧嘩を止められたくないから縛り付けたのか?シンシアさん、もう人間じゃないんじゃないか?」


 そんなことを呟きながら俺は二人のところへ走る。ベスも申し訳なさそうな表情でついて来る。

「さるぐつわまで?」


 縄をほどいてやると、エルドとクレアがため息をつきながらさるぐつわを取る。

「シンシアを止めようとしたんだがな、この有様だ」

「本当にうちの姉がすいません」


 ベスが勢いよく頭を下げる。ご飯を食べに来たのに悪酔いした姉の愚行の尻拭いをさせられるうら若き少女の苦難に涙を禁じ得ない。

「酒が入るといつもああだったから、飲ませないようにしてたんだが───」

「いつもあんな?」


 ベスの表情がみるみるうちに般若のごとき険しさを帯びる。堪忍袋の緒が切れるどころではない。

「し、深呼吸深呼吸」


 俺はとりあえずベスを落ち着かせることにした。これ以上騒がれると収集がつかなくなりそうな予感がしたからだ。しかし、ベスはつかつかとシンシアとゴルドーのところへ歩いて行った。

「ああ、安らかに眠れ、シンシアさん」


 俺はそう唱えることしかできなかった。

「あんたがいちいち───」


 ギャーギャー喚いていたシンシアだったが、自信を侮蔑のこもった瞳で見下すベスに気が付くやいなや身動き一つとれなくなる。

 ゴルドーもそのただならぬ気配を察知して、俺の近くに退避する。

「私は何も知らないぞ」

「通用するかそんなもん!」


 思わず突っ込んでしまったが、今はあの姉妹の行く末を見届ける方が大事だ。こう言っては何だが、カオスがどうのこうのとのたまっていた件を有耶無耶にできそうなのでかなり助かっている。

 ベスはじっとシンシアを見つめている。

「あ、ベス、これはね違うの。別に浮かれてるわけでも、ひどいことをした自覚がない訳でも───」


 ベスは立ち上がって言い訳しだしたシンシアの顔を掴んで、思いっきりテーブルに叩きつけた。

「こんのぉ───バカ女ァ!」


 テーブルが砕けて破片が飛び散る。

「ごべんなざいぃ!」


 シンシアが涙目で謝罪を叫ぶ。

「───はー、スッキリした」

 

 ベスはそういうと、俺たちの方に向かってサムズアップをしてきた。当然俺たちもそれを返す。ないとはおもうが、万一怒りの矛先がこちらに向いても困るからである。

 ゴルドーもちゃっかり逃げおおせている。あとでエルドさんあたりにしかってもらおう。






 シンシアがカーテンを巻いて正座させられている。服装もひどく露出していたのでそれを隠しているのだろうか。否、隙を見て窓から逃走しようとしたところを連れ戻されたのである。カーテンはその際の抵抗の証である。

「まったく、これ以上変なことしないで。お姉ちゃんは恥なんて概念がないのかもしれないけど、私はすっごく恥ずかしいから!」

「ごめんなさい」


 まるで立場が逆転している。ベスがシンシアを呼ぶとき、姉さん呼びからお姉ちゃん呼びに変わっている。過程はどうあれ、姉妹の間でのわだかまりは多少解消されたのだろう。仲直りと言っても大丈夫だろう。かなり雑だが、女の喧嘩にしては丸く収まった方だろう。

「いい?基本はお酒を飲まないこと!お祝い事のときは節度を守ること!」

「はい、肝に銘じます......」


 シンシアもすっかり縮こまっている。

「ふっ、ちっちぇーな」


 ゴルドーが鼻で笑う。どの立場で笑っているんだあんたは、と言いたくなるのをぐっとこらえて、シンシアとベスの会話に集中する。

「もうこれっきりだから。お姉ちゃんが出ていったことに怒るのも、申し訳なく思うのも───思ってた?」

「思ってたよ。そんなことした自分に耐えられなくて、無理に明るく振舞ってたけど───」

「まあいいわ。母さんももうボケて私のこともお姉ちゃんのことも覚えてないし」

「そうなの......喧嘩別れだったなぁ、最後ぐらい笑ってるとこ見たかったなぁ」


 シンシアの声が震える。俺はエルドたちに目線を送る。いつの間にか冒険者たちはどこかへ消えていた。喧嘩が終わって野次馬根性が消え失せたのだろう。

 俺たちはギルドの外へ出て、宿に向かう。さっきまでとはうってかわって、夜空には満点の星が瞬いていた。

 頭の中にカオスの言っていた『百鬼夜行』という言葉が渦巻く。彼は果たして俺と同じで、転移してきた人間なのか、それとも───。

 いずれにせよ、この街でなにかとんでもない事件が起きるのは間違いないのだ。カオスの居場所を突き止め、『百鬼夜行』の全容を吐かせる必要がありそうだ。

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